子供達に押し出された巨人 〜最新のコンピュータシミュレーションによる太陽系外惑星系における謎の解明〜

【概要】

近年の太陽系外惑星探査では1つの恒星の周りに複数個の惑星が存在する「多重惑星系」の発見例が増加しており、「ホットジュピター(灼熱巨大ガス惑星)の近傍には他の惑星が観測されない」という観測的特徴が明らかになってきました。ところが、惑星系形成理論は、この特徴の起源を説明できず、重要な謎として注目を集めていました。名古屋大学大学院理学研究科の荻原正博・博士研究員らの研究グループは、多重惑星系の形成過程を模擬した最新のコンピュータシミュレーションを実行した結果、ホットジュピターはその軌道の外側に形成した地球型惑星によってその軌道が内側に追いやられ、最終的には恒星と衝突して飲み 込まれるというメカニズムがあることを発見し、このメカニズムを「クラウディングアウト(押し出し)」 と名づけました。そして、このメカニズムを惑星系形成理論に導入すると上記の「ホットジュピター近傍での惑星欠乏」を自然に説明することが可能であることを示しました。この結果は、観測的な謎への解決案を提示したという直接的な成果だけでなく、「ハイブリッドシナリオ」という新しい惑星系形成シナリオの有用性をはじめて実証したという観点でも非常に重要であり、今後の惑星系形成理論を大きく進展させる可能性のある新たなフロンティアを提供したことになります。この成果は英国物理学会出版の発行する米国科学論文誌 「アストロフィジカルジャーナル・レターズ」電子版に11月6日に掲載されます。



恒星に落ち込もうとする巨大惑星と,その外側を回る地球型惑星のイメージ図.クリックで拡大.
(Copyright:宮本アシタ/荻原正博/名古屋大学)


【背景】

1995 年の太陽系外惑星(系外惑星)の初発見以降、様々な手法で系外惑星の探査が行われてきており、 現在ではおよそ 750 個の恒星の周りに 1000 個近くの系外惑星が発見されています。この 750 個の恒星のうちおよそ 170 個の周りには複数個の惑星(以下、多重惑星系と呼ぶ)の存在が確認されています。この多重惑星系の場合には 1 個しか惑星が発見されていない場合と比較してより多くの情報を得ることが可能となります。特に、惑星系が生まれた起源を特定する際には、複数の惑星の軌道の情報は非常に有用です。
上記の惑星に加え、2009 年に打ち上げられたケプラー宇宙望遠鏡は、2300 個を超える系外惑星候補(候補であり別の観測手法では未検証)を発見しており、それらの候補の中にも多くの多重惑星系があります。 これらの多重惑星系の観測数が増加するに従って、それらの系が共通して持つ特徴が見いだせるようになっ てきました。その中で重要でかつ顕著な特徴として「ホットジュピターの近傍には他の惑星が観測されない」ことが注目されています(図1参照)。しかし、この特徴の起源については観測的および理論的双方の立場から合理的な説明がなされておらず、その原因は不明でした。

観測的見地:一般的に系外惑星探査では中心の恒星に近い軌道を持つ惑星ほど観測が容易であり、ホットジュピターの近傍領域(例えば恒星から 0.1 天文単位程度までの領域)に惑星が存在した場合に はそれは現在の観測技術で観測されて然るべきです。

理論的見地:惑星系の成り立ちを解明することを目指す惑星系形成理論の研究では、ホットジュピターのような巨大ガス惑星のすぐ外側の軌道には惑星の材料物質となる固体が集中し、そこで惑星が効率的に形成することが期待されます。



図1:観測されている惑星系とホットジュピター近傍での惑星欠乏.(クリックで拡大)
参考として(a)に太陽系の軌道配置を示しています。観測されている多重惑星系は(b)のようにホットジュピターを含まず、複数の地球型惑星からなる例が多いです。ホットジュピターが観測されている場合には(c)のように、他の惑星が観測されていません。(Copyright: 荻原正博/名古屋大学)

【研究の内容】

名古屋大学大学院理学研究科の荻原正博・博士研究員らの研究グループは、ホットジュピターの存在が近傍の他の惑星の形成に何らかの影響を及ぼし、その結果として「ホットジュピター近傍での惑星欠乏」という観測的特徴が作り出されているのではないかという仮説を立て、惑星系形成を模擬するコンピュータシミュレーションを実行することでこれの検証を行いました。その結果、1)ホットジュピターの外側の軌道で効率的に地球型惑星が形成すること、2)その地球型惑星はホットジュピターと重力的に相互作用を起こし、 ホットジュピターの軌道を内側(中心の恒星方向)へ押し出すこと、3)ホットジュピターは恒星と衝突して恒星に飲み込まれ、最終的には地球型惑星のみが残ることを発見しました(図2参照)。



図2:コンピュータシミュレーションによって明らかになったプロセス.(クリックで拡大)
(a)惑星系形成の初期に、恒星の周りを取り巻く円盤状のガス中にホットジュピターと微惑星と呼ばれる数キロメートルサイズの固体天体が存在すると考えられています。(b)ホットジュピターの外側の軌道で微惑星が合体・成長することにより、地球型惑星が成長していきます。(c)地球型惑星がある程度成長すると、周囲のガス物質の影響から中心にある恒星の方向へと地球型惑星の軌道が移動し、これらがより内側にあるホットジュピターの軌道も中心星方向へ押し込んでいきます。これをクラウディングアウトと呼びます。(d)結果的にホットジュピターは恒星と衝突してしまい、円盤ガスが散逸して無くなった最終状態では、地球型惑星のみが残ります。(Copyright: 荻原正博/名古屋大学)

上記2で述べた現象はこれまでの研究では確認されていない新しい物理メカニズムであり、これを荻原正博・博士研究員らは”crowding out(クラウディングアウト)”と命名しました。本研究の成果を発表した論文の題目は”Crowding-Out of Giants by Dwarfs”ですが、これは個々の質量はホットジュピターの約百分の一しかない地球型惑星(dwarf、いわば子供)がホットジュピター(巨人)を追いやるという現象を端的に表すものとなっています。これはホットジュピターにとっては「皮肉な現象」と言えます。なぜなら、ホットジュピターの存在がその外側軌道に地球型惑星が効率的に形成することを助けますが(上記1参照)、 ホットジュピターは誕生する過程において助けたその子供達によってその軌道から追いやられてしまうのです。
本研究結果は「ホットジュピター近傍での惑星欠乏」を自然に説明することが可能です(図3参照)。つまり、ホットジュピターの外側に地球型惑星が形成した場合にはホットジュピターは「クラウディングアウト」により恒星と衝突してしまい、地球型惑星のみが観測されます。一方、周囲の環境によってはホットジュピターの外側で地球型惑星は十分な大きさまで成長できない場合も考えられます。このとき「クラウディングアウト」の効果は弱く、最終的にはホットジュピターと火星サイズ以下の小さな地球型惑星が共存することになります。この場合は、現在の観測技術では小さな地球型惑星を観測することができず、ホットジュピターのみが観測されることになります。
尚、本研究におけるコンピュータシミュレーションの一部は、国立天文台・天文シミュレーションプロジェクト所有の計算機を利用して行われました。



図3:ホットジュピター近傍での惑星欠乏」を説明する点の解説.(クリックで拡大)
ホットジュピターの外側軌道で成長する地球型惑星の大きさは、初期に存在する材料物質(微惑星)の量に依存します。 (a) 材料物質が多い場合には、クラウディングアウト効果によりホットジュピターの軌道が他の地球型惑星に押し出されます。このとき、複数の地球型惑星が観測されます。 (b) 材料物質が少ない場合には、ホットジュピターの外側に形成する地球型惑星が小さく、これらは効率的にホットジュピターの軌道を押し込むことができません。結果的に、ホットジュピターは残り、これが観測されますが、その外側軌道に存在する地球型惑星は小さいため、現在の観測技術では発見できません。従って、ホットジュピターのみが観測されます。(Copyright: 荻原正博/名古屋大学)

【成果の意義】

惑星系形成理論において新たなフロンティアを提供:本研究で考えている舞台は、新たな惑星系形成モデル「ハイブリッドシナリオ」の中で自然に発生します。これまでの惑星系形成理論では 1960 年代から 80 年代にかけて構築された「コア集積モデル」「重力不安定モデル」のいずれかを土台としてきましたが、双方とも太陽系内の惑星の形成を首尾一貫して説明することができないという重大な問題を抱えています。これを解決する第3のモデルとして、2009 年に名古屋大学の犬塚修一郎教授は「ハイブリッドシナリオ」を提唱しました。本研究はハイブリッドシナリオを実際の惑星系形成過程の具体的な計算に適用した世界初の研究となりますが、幸運なことに初めての取り組みにおいてそのモデルの有用性が示されたことになります。 本研究を皮切りにし、今後の 21 世紀の惑星系形成理論ではハイブリッドシナリオを追求した研究が数多く行われることが推測され、それらの研究により惑星系形成理論の諸問題を解決するブレークスルーがなされることが期待されます。本研究はそれらの研究の先駆けとなります。

新たな物理メカニズムの発見:本研究で実行したコンピュータシミュレーションにより、惑星の形成段階に作用する新しい物理メカニズム「クラウディングアウト」を発見しました。今後はこのメカニズムを取り入れた更なる研究が行われることが期待されます。

多重惑星系における謎を解明:本研究の結果により、これまで未解明であった「ホットジュピター近傍での惑星欠乏」の起源を説明することができます。

今後の観測への理論的予測の提示:本研究では、ホットジュピターの近傍に共存し得る惑星の質量に上限を与えることもできており、今後の観測で発見されるべき惑星の姿を予測しています。これは、将来の観測計画を立案する上で有用です。


【論文名】

題目:Crowding-Out of Giants by Dwarfs: An Origin for the Lack of Companion Planets in Hot Jupiter Systems
著者:荻原正博、犬塚修一郎、小林浩
掲載誌:アストロフィジカルジャーナル・レターズ(英国物理学会出版)電子版に 11 月6日に掲載予定

【研究チーム】

荻原 正博 名古屋大学大学院理学研究科 博士研究員(一般向けウェブサイト「理の惑星」運営)
犬塚 修一郎 名古屋大学大学院理学研究科 教授
小林 浩 名古屋大学大学院理学研究科 特任助教


【用語説明】

クラウディングアウト:小さい地球型惑星による巨大ガス惑星の押し出し。押し出された巨大ガス惑星は恒星に衝突して飲み込まれる。

太陽系外惑星:太陽以外の恒星の周りに存在する惑星。近年盛んに研究が行われている。

ホットジュピター:恒星の極めて近くを周回している巨大ガス惑星。灼熱木星型惑星、灼熱巨大ガス惑星などとも呼ばれる。

ケプラー宇宙望遠鏡:2009 年に打ち上げられた米国 NASA の人工衛星であり、太陽系外惑星系観測専用の宇宙望遠鏡である。残念ながらトラブルにより 2013 年に観測を停止した。

地球型惑星:地球のような岩石を主成分とする惑星。

天文単位:太陽と地球の平均的な距離。約 1.5 億キロメートル。

コア集積モデル:恒星を取り巻くガス円盤中で数キロメートルの微惑星の合体・成長により固体惑星が成長する惑星系形成モデル。固体惑星(固体コア)が 10 倍の地球質量程度の質量まで成長すると、大量のガスが急速に固体コアに流れ込み巨大ガス惑星が形成される。現在の惑星系形成の標準的モデルだが微惑星の形成過程に困難があり、未だ種々の問題点を含んでいる。

重力不安定モデル:恒星を取り巻くガス円盤から短時間・かつ直接的に巨大ガス惑星が形成する惑星系形成モデル。その他の地球型惑星は、ガス惑星からガス成分が取り除かれたものであると想定する。しかし、地球型惑星の形成過程をうまく説明できない。

ハイブリッドシナリオ:恒星が形成した直後にその恒星の周りのガス円盤から巨大ガス惑星が「重力不安定モデル」に従って形成され、その後に巨大ガス惑星軌道の外側領域で微惑星及び岩石惑星が「コア集積モデル」に従って形成されるとする惑星系形成シナリオ。近年発展した星形成の理論に基づいて提案されたが、 結果的にコア集積モデルと重力不安定モデル双方の問題点を解決する仕組みになっている。本研究では、初めに形成される巨大ガス惑星は恒星に衝突して飲み込まれる場合があることを予言しており、その場合は太陽系の形成シナリオにもなり得る。


【この研究に用いられた計算機について】

本研究の計算の一部には国立天文台・天文シミュレーションプロジェクトが運用する「計算サーバ」が用いられました(左の写真,Copyright: 国立天文台天文シミュレーションプロジェクト).計算サーバはスーパーコンピュータなどには馴染まない,小規模ながら長い計算時間を必要とするシミュレーションや,将来的にスーパーコンピュータで大規模並列計算を行うための入門的計算を行うことを目的として作られた計算機群です.平成 25 年 11 月 1 日現在では合計 64 台の計算ノードと呼ばれる計算機で構成されていて,1 つのノードには 4 つのコアを持つ CPU が 1 つ搭載されています.この一つ一つの計算ノードが家庭用のパソコンとほぼ同等なものです.この計算サーバは市販されているパーツから CfCA の運用メンバーの手で組み立てられました.
今回の研究で行ったシミュレーションは,1 回の計算につき 1 コアを用いて約 2 ヶ月の計算時間を要しました.このようなシミュレーションを複数のコアを同時に用いて約 80 回行い,そのうち 3 つのシミュレーション結果が本論文としてまとめられました.

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【関連リンク】

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名古屋大学 物理学教室
理の惑星