リリース

衝突シミュレーションで探る氷衛星エウロパの構造

木星の衛星のひとつであるエウロパは氷殻で覆われており,その下には海があると考えられています.そのため,生命が存在する可能性がある天体として注目されています.パデュー大学(米国)の脇田茂 研究員らによる研究チームは,エウロパ表面の「多重リング盆地」と呼ばれる地形に着目し,国立天文台が運用する「計算サーバ」を用いて天体衝突シミュレーションを行うことで多重リング盆地の形成過程を調べ,エウロパの氷殻の厚さを導きだしました.計算の結果,硬い層ともろい層から成る少なくとも約20キロメートルの厚さの氷殻を考えると,多重リング盆地の地形をよく説明できることが明らかとなりました.氷殻の厚さはエウロパでの生命居住可能性を議論する上で重要な情報であり,今後の進展が期待されます.
この研究成果は Wakita et al. “Multiring basin formation constrains Europa’s ice shell thickness” として,2024年3月20日付けで Science Advances に掲載されました.(2024年3月22日 プレスリリース)

歳差運動するM87ジェットの噴出口―巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠―

Zhejiang Lab(中国)、国立天文台、東京大学宇宙線研究所、総合研究大学院大学、工学院大学などの研究者らによる国際研究チームは、東アジアVLBIネットワークをはじめとする観測装置を用いて、楕円銀河M87の中心から噴出するジェットの運動を詳しく観測しました。過去20年以上にわたって得られた多数の画像を分析しまとめた結果、ジェットの噴出方向が約11年周期で一般相対性理論が予言する歳差運動(首振り運動)をしていることを発見しました。本成果は、M87の巨大ブラックホールが自転(スピン)していることを強く示すとともに、強力なジェットの発生にブラックホールの自転が深く関与していることを裏付けるものです。研究成果は、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載されました。(2023年9月28日プレスリリース)

3本の腕でガスを吸い込む三つ子の赤ちゃん星

ソウル国立大学のジョンユァン・リー 教授、法政大学の松本倫明 教授らの国際研究チームは、3つの原始星からなる星系 IRAS 04239+2436 についてアルマ望遠鏡を用いて高い解像度で観測し、ガスの詳細な構造を調べました。その結果、衝撃波の存在を示す一酸化硫黄分子が発する電波輝線を検出し、その分布が細長くたなびく大きな3つの渦状腕を形作っていることを発見しました。観測から得られたガスの速度情報を、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」および「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションと比較することにより、3つの渦状腕は3つの原始星にガスを供給する「ストリーマー」の役割も担っていることがわかりました。これまでストリーマーの起源については未解明でしたが、観測とシミュレーションのタッグによってストリーマーの起源を多重星のダイナミックな形成過程からはじめて明らかにしました。
この研究成果は Jeong-Eun Lee et al. “Triple spiral arms of a triple protostar system imaged in molecular lines” として米国学術雑誌 The Astrophysical Journal に2023年8月4日付で掲載されました。(2023年8月4日 プレスリリース)

天文学的要因が左右する更新世前期の地球の気候と氷床量変動

東京大学大気海洋研究所の渡辺泰士特任研究員(研究当時)・阿部彩子教授、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの伊藤孝士らによる研究グループは、気候モデルを用いた大規模な数値シミュレーションにより、現代との違いが特に顕著である約160-120万年前の氷期・間氷期サイクルをコンピュータ上で再現する事に成功しました。シミュレーションからは、天文学的外力が従来の認識よりもはるかに精妙に地球の気候に影響を与え、現代との差異を生んでいることも分かりました。将来、この方向の研究が進む事で、地球の気候に関する天文学的外力の役割や氷床と気候変動の仕組みが更によく理解され、地球の歴史や未来の変化をよりよく把握できることが期待されます。
この研究の成果は,2023年5月15日付で国際学術誌 Communications Earth & Environment に掲載されました。(2023年5月15日 プレスリリース)

貴金属に富んだ星々は 100 億歳―世界最高解像度の天の川銀河シミュレーションに成功―

私たちが暮らす太陽系を含む天の川銀河は、宇宙が誕生した 138 億年前の数億年後から形成されてきたとみられています。しかし誕生から形成の過程は謎に満ちており、今でも解明されていないことがたくさんあります。
東北大学大学院理学研究科の平居悠 研究員(日本学術振興会特別研究員 - CPD (国際競争力強化研究員)/ノートルダム大学物理天文学科)らは国立天文台、計算基礎科学連携拠点、神戸大学と共同で、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いて、天の川銀河ができる様子を世界最高解像度でシミュレーションすることに成功しました。その結果、金、プラチナなど鉄より重い貴金属の元素を多く含む星は、100 億年以上前、天の川銀河の元となった小さい銀河で形成されたことを明らかにしました。また、本シミュレーションで形成された星の元素量、運動は天の川銀河の星の観測と一致しました。今後、国立天文台のすばる望遠鏡(注1)などでの観測が進むと、貴金属に富んだ星を指標として、長年の謎であった 100 億年以上前の天の川銀河形成史を辿れるようになることが期待されます。
本研究成果は、英国の学術誌「Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)」で、2022 年 11 月 14 日(英国時間)にオンライン公開されました。

中性子星の合体で合成されたレアアースを初めて特定

宇宙における金やプラチナ、レアアースなどの起源は天文学・宇宙物理学の長年の未解決問題です。起源天体としては中性子星の合体現象が有力視されていましたが、そのような現象で実際にどのような元素が合成されたかは明らかになっていませんでした。東北大学大学院理学研究科の土本菜々恵 大学院生(日本学術振興会特別研究員)らの研究グループは、中性子星合体からの光のスペクトルを解読するため、全ての重元素の性質を網羅するように調べ、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いて詳細な数値シミュレーションを行った結果、ランタンとセリウムという一部のレアアースが、中性子星の合体で実際に観測された赤外線スペクトルの特徴を説明できることを明らかにしました。これは個々のレアアースが中性子星の合体で作られた初めての直接的な証拠であり、宇宙における元素の起源の理解を大きく進めるものです。本研究成果は、Domoto et al. "Lanthanide Features in Near-infrared Spectra of Kilonovae" として、2022年10月26日付で天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』電子版に掲載されました。

スーパーコンピュータが見つけた天の川銀河の変動史を知る鍵

国立天文台 JASMINE プロジェクトの馬場淳一 特任助教らの国際研究チームは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いたシミュレーションによって、私たちが住む天の川銀河の中心付近に存在する棒状構造の形成が引き起こした変動の歴史について、新しいシナリオを打ち出しました。棒状構造が形成後まもなく、ガスが銀河の中心領域に流れ込み、そこで爆発的な星形成が起こり、新たに「中心核バルジ」が形成される一方、棒状構造ではガスが枯渇し星形成が急停止するということが明らかになりました。このような棒状構造の形成に伴う星形成活動の領域による違いの影響は、星の年齢構成の違いとして情報が刻まれるため、位置天文観測機「Gaia(ガイア)」や 2028 年打ち上げ予定の赤外線位置天文観測衛星「JASMINE(ジャスミン)」の観測データによって棒状構造の形成時期の解明に向けた研究に役立てられます。本研究成果は、Junichi Baba et al. “Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling” として、2022 年 3 月に英国の『王立天文学会誌』に掲載されました。( 2022 年 9 月 9 日プレスリリース)

AIとスーパーコンピュータで広大な銀河地図を解読―宇宙の成り立ちを決める物理量を精密に測定―

アリゾナ大学天文学科 小林洋祐 博士研究員(2021年まで東京⼤学国際⾼等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(以下カブリIPMU)大学院生及び特任研究員)、京都⼤学基礎物理学研究所 ⻄道啓博 特定准教授(兼:カブリIPMU客員科学研究員)、カブリIPMU ⾼⽥昌広 教授、名古屋大学素粒子宇宙起源研究所 宮武広直 准教授からなる共同研究チームは、現在世界最大の銀河サーベイであるスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(SDSS)から得られた銀河の3次元分布(地球から見た奥行き方向および2次元角度方向)のデータと、宇宙の大規模構造の理論模型を比較し、「宇宙論パラメータ」と呼ばれる、宇宙の性質を決める基本的な物理量を測定しました。これを行うために、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いて様々な宇宙論パラメータを仮定して宇宙の構造形成シミュレーションを実行し、その大規模データを人工知能(AI)技術のひとつであるニューラルネットワークに学習させることで、任意の宇宙論パラメータに対する理論計算を高速かつ高精度に実行できるソフトウェアを開発しました。つまり、今回の解析は銀河地図の観測とあらゆる宇宙論モデルのシミュレーションとの比較と同等になります。直接数値シミュレーションを用いてこの操作を行うには、現実的な時間では完了できないほど膨大な計算量が必要です。ニューラルネットワークに基づくモデルを用いることで、世界で初めてこのような解析が可能となりました。その結果、ダークマターの総量、および現在の宇宙の凸凹の度合いを表す宇宙論パラメータを、先行研究を上回る精度で測定することに成功しました。今回の手法は、カブリIPMUのリードで現在開発が進んでいるすばる望遠鏡超広視野多天体分光装置Prime Focus Spectrograph (PFS) による広天域銀河サーベイのデータにも適用することができます。本研究成果は、2022年4⽉20⽇に⽶国の物理学専⾨誌「Physical Review D」にオンライン掲載されました。

新しい高精度シミュレーションが明らかにした星団形成の現場

東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授らは、独自に開発したシミュレーション手法を用い、これまでより星の運動を正確に解いた星団形成シミュレーションを行いました。その結果、星同士の重力相互作用によって大質量星が星団の中心から外縁部へと弾き出される時に、星団中心部分に集まる密度の高い分子雲の一方に穴を開け、星団の中心から一方向に広がる電離領域が作られました。また、ガイア衛星の観測データとの比較により、オリオン大星雲の大質量星の運動が、シミュレーションから予測されるものと一致していることを示しました。
 本研究は「SIRIUS」プロジェクトの一環として、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いて行われました。今後は、この新規開発コードを用いたより大規模なシミュレーションを行い、未だ形成過程の解明されていない大質量星団の形成過程を明らかにしていくことが期待されます。
 この研究成果は、M. Fujii et al. “SIRIUS Project. V. Formation of off-center ionized bubbles associated with Orion Nebula Cluster”として、英国の『王立天文学会誌』に2022年6月8日付で掲載されました。(2022年6月8日プレスリリース)

惑星のゆりかごに降り積もる灰―天空の「降灰」現象の発見―

鹿児島大学の塚本裕介 助教らの研究チームは,惑星の種となる固体微粒子の「ダスト」(数ミリメートル程度に成長した塵)が惑星のゆりかごである「原始惑星系円盤」に降り積もる現象を,国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いたシミュレーションによって発見しました.研究グループは,この現象を火山噴火における降灰との類似性から,「天空の降灰現象」と名付けました.地球上の火山噴火による降灰は,人々の生活に大きな影響を与えますが,今回発見した天空の「降灰」は,円盤の外側領域で惑星の種を成長させるメカニズムとなる可能性があります.また,今回の発見は,形成期にある原始星周囲でのダストの成長と運動を最新のスーパーコンピュータによる3次元シミュレーションによって世界で初めて解明し,それが惑星形成に重要な役割を果たすという,星と惑星形成についてのまったく新しい理論的理解への道を開くという点でも重要です.この研究成果は,Yusuke Tsukamoto et al. ““Ashfall” induced by molecular outflow in protostar evolution” として,米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に 2021 年 10 月 15 日付けで掲載されました.( 2021 年 12 月 14 日プレスリリース)