【概要】
国立天文台 JASMINE プロジェクトの馬場淳一 特任助教らの国際研究チームは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」※を用いたシミュレーションによって、私たちが住む天の川銀河の中心付近に存在する棒状構造の形成が引き起こした変動の歴史について、新しいシナリオを打ち出しました。棒状構造が形成後まもなく、ガスが銀河の中心領域に流れ込み、そこで爆発的な星形成が起こり、新たに「中心核バルジ」が形成される一方、棒状構造ではガスが枯渇し星形成が急停止するということが明らかになりました。このような棒状構造の形成に伴う星形成活動の領域による違いの影響は、星の年齢構成の違いとして情報が刻まれるため、位置天文観測機「Gaia(ガイア)」(注1)や 2028 年打ち上げ予定の赤外線位置天文観測衛星「JASMINE(ジャスミン)」(注2)の観測データによって棒状構造の形成時期の解明に向けた研究に役立てられます。本研究成果は、Junichi Baba et al. “Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling” として、2022 年 3 月に英国の『王立天文学会誌』にに掲載されました。( 2022 年 9 月 9 日プレスリリース)

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【詳細】
夜空を彩る天の川は、天の川銀河(または銀河系)と呼ばれる星の大集団を真横から見たものです。この天の川銀河は太陽のような恒星が数千億個も集まったもので、渦巻き腕をもった円盤型をしていると考えられています。また、様々な観測からその円盤の中央付近には星が細長く分布する「棒状構造」を持っていることがわかっています。このような銀河の構造がいつどのようにしてできたのか、その変動の歴史は天文学における最大の謎の一つです。

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天の川銀河の内側に存在する棒状構造は、その重力の影響により天の川銀河広域にわたる星やガスの移動を支配していると言っても過言ではありません。太陽系も、現在の位置よりも銀河系の内側で誕生し、棒状構造の影響により46億年かけて現在の位置まで移動してきた可能性もあります。近年の大規模地上サーベイ観測や位置天文観測機「Gaia(ガイア)」の革新的高精度データにより、現在の棒状構造の大きさや回転速度が明らかになってきました。しかし、棒状構造がいつ形成され、どのような変動を経て進化してきたのかは全く明らかになっていません。これは棒状構造の形成進化の歴史が、どのような観測情報にどのように刻まれるのかが理解されていないためです。
そこで国立天文台の馬場淳一 特任助教が率いる国際研究チームは、棒状構造の形成時期を観測的に明らかにするために、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」とASURAコード(注3)を用いて天の川銀河の3次元の重力多体・流体シミュレーションを行い、棒状構造の形成進化が星形成活動や星の年齢分布にどのような影響を与えるのかを調べました。この調査には、銀河のどこでどのように星が誕生し死んでいくのかをシミュレーションしなければなりませんが、これには様々な物理過程を考慮した大規模な計算が必要となります。本研究ではアテルイⅡを用いることで、天の川銀河を構成する星と星間ガスの進化を追い、放射冷却で冷えて低温・高密度になったガスから新たに星が形成され、その星の進化に伴う紫外線放射や超新星爆発による星間ガスの加熱の過程を含めたシミュレーションが可能となったのです。
このシミュレーション結果により、棒状構造の形成後すぐに回転の勢いを失った大量の星間ガスが銀河中心の約 6000 光年以内の領域に流れ込み、爆発的に星が形成されることで、新たな銀河構造である「中心核バルジ」を形成することが示されました。一方で、棒状構造となった領域では星間ガスが枯渇するため、星形成活動は急激に低下することがわかりました。このように棒状構造の形成により、天の川銀河内での星形成活動が領域によって異なるという現象が引き起こされる可能性が指摘されました(図3、動画)。

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さらに、棒状構造となる前に存在した星は、棒状構造との重力相互作用による「軌道共鳴」(注4)によって銀河円盤の鉛直方向に散乱され、棒状構造がピーナッツ型に立体化することが示されました(図3上段)。従来の研究ではこのようなピーナッツ型化する現象は、星々の運動の速度差が大きいことによって生じる不安定性によって棒状構造が鉛直方向に振動し、「へ」の字型に “たわむ” ことによって生じると考えられてきました。しかし今回の研究では、棒状構造がたわむのではなく、棒状構造形成による星の軌道共鳴現象によって引き起こされることを指摘しています。

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棒状構造形成時に爆発的に星が生まれる領域と星形成活動が不活発な領域ができることで、構造内の異なる領域で全く異なる星の年齢構成を示すことが期待されます。このような年齢分布の違いを観測的に明らかにすることで、天の川銀河に棒状構造がいつ形成されたのかを推定できます(図4)。このためには、地球から観測した星がどの距離にあり、どのような運動をしているのかを知る必要があります。外側のピーナッツ型領域は、Gaia によりある程度観測することが可能です。しかし、中心核バルジの領域は星間物質によって可視光線が強く吸収されるので、Gaia の可視光帯観測では星の運動を測定できず、世界初の赤外線位置天文観測衛星「JASMINE」により観測できると期待されています。
研究をリードした馬場 特任助教は「棒状構造はわれわれの住む太陽系の軌道変化にも影響を与えている可能性があるため、ぜひ棒状構造のできた時期やその後の時間変化の様子を明らかにしたいと考えています。今回のシミュレーション結果に基づくと、天の川銀河の棒状構造の星の年齢分布から棒状構造ができた時期を推定できる可能性あります。この研究がきっかけとなって観測的に棒状構造形成時期の特定の研究が進むことを期待しています」と本研究の意義を述べています。
本研究成果は、Baba et al. “Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling” として、英国の王立天文学会誌に 2022 年 3 月 8 日付で掲載されました。
【論文】
タイトル:Age distribution of stars in boxy/peanut/X-shaped bulges formed without bar buckling
著者:Junichi Baba, Daisuke Kawata, Ralph Schönrich
掲載誌:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
DOI:10.1093/mnras/stac598
【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】
【用語解説】
注1)Gaia(ガイア):欧州宇宙機関(ESA)が、2013 年 12 月に打ち上げた位置天文観測機。可視光線の波長帯で観測を行い、10 億個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する観測機である。測定精度は約 10 マイクロ秒角( 1 度の 1/60 の 1/60 の 1/10 万の角度)であり、例えば地球から月面の 1 円玉を数えられる精度である。https://sci.esa.int/web/gaia
注2)JASMINE(ジャスミン):JAXA宇宙科学研究所と国立天文台JASMINEプロジェクトを中心として計画されている、世界初の赤外線位置天文観測衛星。特に中心核ディスクを含む天の川銀河の中心周辺の約 2.5 平方度の天域の位置天文観測と、ハビタブル系外惑星探査のための高精度測光観測を行う。2019 年に JAXA 宇宙科学研究所 公募型小型衛星 3 号機に選定され、2028 年打ち上げを目指して急ピッチで準備が進められている。http://jasmine.nao.ac.jp/
注3)ASURA コード:重力多体系と流体系の自己無撞着な重力相互作用と星形成過程・超新星爆発加熱などの銀河進化素過程を考慮した数値シミュレーションを行える並列N体/SPH法のシミュレーションコード。神戸大学 斎藤貴之 准教授によりに独自に開発されたものである。
注4)軌道共鳴:銀河系のなかを周回運動する星が棒状構造と周期的に会合することにより棒状構造からの重力を同じように受けて、軌道が大きく変化する(または、特定の軌道状態に捕捉される)現象を示す。例えば、ブランコを星、そしてそれに乗って足で漕いでいる人を棒状構造と考えると、ブランコの動きに合わせて足を漕ぐ方が大きく揺れるというのと同じ現象である。
【研究プロジェクトについて】
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (課題番号 18K03711、21K03633、21H00054) の支援を受けて実施されました。
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【関連リンク】
国立天文台 JASMINE プロジェクト ウェブサイト
国立天文台プレスリリース:スーパーコンピュータが見つけた天の川銀河の変動史を知る鍵