スーパーコンピュータ「富岳」で 太陽の自転の謎、解ける―世界最高解像度計算で太陽の自転分布を世界で初めて再現―

【概要】

 千葉大学大学院理学研究院の堀田英之 准教授と名古屋大学宇宙地球環境研究所⻑の草野完也 教授は、 理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」注1による超高解像度計算によって、太陽内部の熱対流・磁場を精密に再現しました。それにより、太陽では赤道が北極・南極(極地方)よりも速く自転するという基本自転構造を、世界で初めて人工的な仮説を用いずに再現することに成功しました。
 本成果では、「富岳」の計算力を用いることで太陽と同じ状況をコンピューター上に再現することが達成できたと考えられます。今後、更なる高解像度計算を引き続き実行していくことで、太陽物理学最大の謎「太陽活動 11 年周期注2」の解明に近づくことが期待できます。
 本研究成果は、英科学誌『Nature Astronomy』に2021年9月13日付けで発表されました。また、本研究の計算の一部では、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が用いられました。(2021年10月4日 ニュース掲載)

動画:スーパーコンピュータ「富岳」によって計算された熱対流速度(左)と磁場(右)太陽の中心から半径に対して90%の位置での値を表している。(クレジット:千葉大学)

【研究の背景:熱対流の難問】

 地球は、どの緯度でも同じ 1 日周期で自転していますが、太陽は緯度ごとに違う周期で回る差動回転注3をしていることが知られています。この事実は 1630 年ごろから知られており、 赤道付近は 25 日程度、極地方は 30 日程度で自転、つまり赤道が極地方よりも速く自転していることがわかっています。この差動回転は太陽黒点の形成と周期活動にとって重要な役割を果たしていると考えられています。
 太陽内部は乱流注4的な熱対流で占められており、太陽中心部での核融合反応によって生成されたエネルギーは、太陽半径の 70%ほどまでは光によって、太陽内部の外側 30%では熱対流注5によって運ばれます。このような層を「対流層」と呼びます。この乱流運動が差動回転を形成・維持していると考えられています。
 しかし、これまでの数値シミュレーション注6では理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」で計算可能な解像度(約 1 億点)であっても、太陽とは逆に極地方が速く自転し、赤道が遅くなる結果になってしまい、実際の差動回転を再現できませんでした。その原因は太陽内部における乱流的な熱対流を正確に計算できないためと考えられており、この問題は「熱対流の難問(convective conundrum)」と呼ばれる太陽物理学の長年の謎でした。

【研究の成果】

 本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」を用いることで初めて可能になった超高解像度計算で、熱対流の難問の解決に迫りました。太陽のように高度に発達した乱流状況を調査するには、非常に多くの計算コストを必要とします。「富岳」を用いて、これまでの世界最高解像度である 54 億点で太陽対流層全体を解像した計算を行ったところ、太陽と同じく赤道が速く回転する差動回転を再現することができました。
 これまでの計算では、太陽内部の磁場のエネルギーは、乱流のエネルギーに対して小さく、磁場は脇役と考えられてきましたが、今回達成できた計算では磁場のエネルギーは乱流エネルギーの最大2倍以上になっており、これまでの太陽の常識が大きく変わりました。また、本研究により差動回転形成・維持において磁場が大きな役割を持つことを発見しました。



図1: 数値シミュレーションで再現された差動回転の様子。経度方向に平均した子午面上の値を示す。 色は角速度を表し、黄色になるほど速い自転速度(短い自転周期)を示している。(クレジット: 千葉大学)

【今後の展望】

 太陽の差動回転は、太陽の磁場の起源において重要な役割を担っており、差動回転の理解は、太陽物理 学最大の謎「太陽活動 11 年周期」の解明のための重要なステップとなります。高解像度計算が太陽の状況をよく再現できることを発見できましたが、まだ「富岳」の全ての力を使ったわけではありません。更なる高解像度計算を引き続き実行していくことで、11 年周期の謎解明に挑戦していきたいと研究チームは考えています。
 シミュレーションを行った堀田准教授は「この問題の解決は、もう少し時間がかかると予想していたので、『富岳』での初めての計算で再現を達成できたことは、喜ばしいとともに非常に大きな驚きでした。太陽の差動回転は、太陽物理学最大の謎『太陽活動 11 年周期』と密接に関連しています。引き続き研究を進めていきたいと思います」と今後の抱負を述べています。

【この研究でのアテルイⅡの役割】

 本研究では、スーパーコンピュータ「富岳」の他に、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が利用されました。富岳で計算を行う前に、アテルイⅡを用いたシミュレーションによって、領域の設定方法や人工粘性の取り扱いなど、今回の計算に向けた適切なパラメータの選定が行われました。アテルイⅡで十分な検討を行うことによって、富岳での大規模計算をスムーズに実行することが可能となりました。このように、天文学専用機であるアテルイⅡは富岳を使ったシミュレーションをサポートしています。

 アテルイⅡの理論演算性能は 3.087 ペタフロップス( 1 ペタは 10 の 15 乗、フロップスはコンピュータが 1 秒間に処理可能な演算回数を示す単位)で、天文学の数値計算専用機としては世界最速です。岩手県奥州市にある国立天文台水沢キャンパスに設置されており、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名されました。「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められています。(画像クレジット:国立天文台)

【論文】

タイトル:"Solar differential rotation reproduced with high-resolution simulation"
著者:H. Hotta and K. Kusano
掲載誌:Nature Astronomy
DOI:10.1038/s41550-021-01459-0

【謝辞】

本研究は、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築(20351188)」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)の一環として実施されたものです。また本研究は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」、名古屋大学 のスーパーコンピュータ「不老」、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトのスーパーコンピュータ「アテルイII」の計算資源の提供を受け実施しました。加えて、日本学術振興会の科学研究費の支援を受けました(20K14510, 21H04492, 21H01124, 21H04497)。

【用語解説】

注1)スーパーコンピュータ「富岳」:スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所に設置された大型計算機。令和 2 年 6 月から令和 3 年 6 月にかけてスパコンランキング 4 部門で 1 位を 3 期連続で獲得するなど、世界トップの性能を持つ。令和 3 年 3 月 9 日に本格運用開始。
注2)太陽活動 11 年周期:太陽黒点数が約 11 年の周期で変動する現象を指します。現在、その維持機構は明らかになっておらず、太陽物理学最大の謎となっています。
注3)差動回転:天体が緯度ごとに違う自転速度で回転する様子を表します。地球のように全ての緯度で同じ角速度で自転する場合は剛体回転と呼ばれます。
注4)乱流:大小様々な大きさの渦を含む乱れた流れのことを表します。整った流れを表す層流の対義語です。
注5)熱対流:暖かい場所が上に向かい、冷たい場所が下に向かう物理現象を指します。お風呂を沸かした際に起こる現象です。太陽では、核融合によって生成されたエネルギーにより下から温められるので熱対流が恒常的に発生しています。
注6)数値シミュレーション:太陽内部をよく表していると考えられている物理学の方程式を数値的に解くことを表します。太陽の状況をよく再現するためには膨大な量の計算が必要となり、高性能なスーパーコンピュータが必要になります。

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