数値モデル:フルモデルと低自由度モデル

数値モデルとは,現実世界が従っていると考えられる物理法則を,数式あるいはコンピュータプログラムの形に表現し,数値計算を行なうことによって現実世界のふるまいを定量的にシミュレートしようとするものである.特に現実の対象を使った実験が不可能である場合,数値モデルは,人間が自然のプロセスを理解するためのほとんど唯一の方法である.数値モデルには,お互いに相補的な役割を果たすフルモデルと低自由度モデルの二つがあり,地球システムを理解するには両者を相補的に使うことが必要である.

フルモデル(厳密なモデル:複雑でわかりにくい)

現実世界が従うミクロな物理法則を,なるべく忠実に数値モデル化しながら,対象とする系全体を表現する. 空間的・時間的な不均一も表現するために,変数の数は多くなる.その結果,計算時間が長くなり,実験の数はあまり多くできない.また個々の実験結果のなかでも,相互作用の数が多いため,因果関係を追って理解することは人間の能力が及ばないものとなる.しかし,この種のモデルは,現実と対応する境界条件を与えて行なった実験の結果を,観測値と定量的に比較することによって,検証することができる.気象庁の天気予報に使われている数値予報モデルはフルモデルの典型である.

低自由度モデル (本質をついた簡単なモデル)

注目しているマクロな物理過程を表現できる範囲で,なるべく変数の数が少なくなるように数値モデルを作る.このモデルを用いて観測とモデルの結果の定量的な比較をすることは難しい.計算時間は短く,多数の実験ができる.また変数間の相互作用の数も少ないので,モデルの中で起こっていることを因果関係を追って理解できる.しかし,この種のモデルの変数は現実世界の変数を大きく抽象化したものなので,観測値との比較による検証はできない.相転移のIsingモデル,物質収支におけるタンクモデル,地球磁場逆転の力武ディスクダイナモモデルなどは低自由度モデルの典型である.


プレカンブリア時代(冥王代・太古代・原生代)のマントル対流のモデル化

太古代初期は,地球形成期における激しい隕石の落下や放射性元素による強い内部加熱のため,マントル深部に達するような大きな空間スケ−ルでの部分溶融が起きた.これによって物質分化が引き起こされ,地球の層状構造の基本骨格がつくられた.

引き続き大陸地殻とその下のテクトスフェア*の形成がマントルの部分溶融と,海洋プレ−トの沈み込みによる火成活動両方の原因で起きたらしい.このようにして形成された島弧や微小大陸片が吹き寄せられて,次第に大陸が成長した.ある時代にウイルソンサイクル(超大陸の集合と分裂の繰り返し)が始まる(イベントE4).

これは大陸が十分な大きさに到達し,内部発熱を十分蓄積出来るようになったことが一つの要因であろうが,マントル対流自体のレジームが変わったことも関係しているように見える.地球内部が次第に冷えていくとマントル対流が,2層対流から1層対流へ転移すると予測されている.この時には,上部マントルの境界層に溜まった沈み込んだスラブが大崩落するはずであり,これが地表のプレート運動による集積付加過程に影響をあたえて大陸片の集積すなわち超大陸形成をうながした可能性がある.またマントル対流のスケールはマントル全体のスケールとなり,ウイルソンサイクル--超大陸のスケールに見合うものとなったであろう.

以上はもっともらしく描かれた初期地球の描像であるが,実際の物理過程は殆どわかっていないのが現状である.大陸地殻の形成プロセス --微小大陸片の形成から超大陸まで-- は,本研究計画で行う大規模部分溶融・地球の熱史・相転移を組み込んだマントル対流の数値計算によってはじめて明らかにされるはずである.またウイルソンサイクルは,超大陸を取り入れた球殻形状をもつ層で行うマントル対流の計算によってのみそのメカニズムが明らかにされるだろう.

我々は,とるよむ班によって得られる予定の,太古代−原生代の大陸地殻の元素構成,地殻の形成時期,沈み込みの開始時期と規模,マントルの地温勾配などのデ−タをこの数値計算に取り込むことによって,現実を説明しうるモデル計算を試みる.


ペルム紀−三畳紀境界の環境激変のモデル化

我々が,ペルム紀−三畳紀境界の大量絶滅事件にたいして行う考察は次の二つのステップに分けられる.

  1. 地質学的タイムスケ−ルでの大気中二酸化炭素の変動の計算.ここでは数万−数十万年の短周期変動を平均化した量を取り扱い,モデルを大幅に簡略化する(改良ブラッグモデル*).生物学過程の侵食に与える効果は適当な時間の関数とする.ウイルソンサイクルをモデル化して海洋底生産速度と海水準=大陸面積と高度を計算し,それに応じた二酸化炭素の脱ガスや侵食効果を与えて,過去6億年の大気中二酸化炭素濃度を計算する.
  2. 過去数十万年間の地球表層環境を,大気海洋大循環に生物化学的過程および氷床の成長を組み込むことによりモデル化し,表層環境の応答を調べる.さらに,地球の歴史を通じての表層環境の変遷を考慮し,より広い範囲の,理想化したフォーシングに対する表層環境の応答を整理する.それをもとに,(1)で得られているいくつかの基本パラメ−タ−(二酸化炭素濃度,日射量,大陸配置,海水準)を用いて,ペルム紀−三畳紀境界の表層環境を推定し,どのような原因で大量絶滅が起きたのかを考察する.

周期的フォーシングに対する地球表層系の動特性

太陽の出す放射を一定としても,地球の受ける緯度・季節別の放射は,地球の公転・自転パラメ−タ−に伴って変化する.これがミランコビッチ・フォーシングである. 最近約70万年間の地球表層には約10万年の氷期・間氷期サイクルが見られる.これは,ミランコビッチ・フォーシングへの線形的応答としては説明できないが,これまでのモデル研究により,氷床の力学と表面質量収支,それに上部マントルのレオロジーが関係した強非線形応答としては説明が可能になった.一方海洋の深層循環や二酸化炭素濃度の変動が関与したフィードバックも考えられる.

モデルに地球史の各時代の基本パラメ−タ−を与え,堆積物に見られるリズムが第四紀の氷期間氷期サイクルのような強非線形応答か,もっ積物に見られるリズムが第四紀の氷期間氷期サイクルのような強非線形応答か,もっと線形に近い,フォーシングと同じ周期の応答かを予測する.

図: 地球表層システムを駆動するのはマントルと太陽からのフォーシングである.多相間の物質分配,海洋・大気・雪氷の物理過程の複合した表層系の応答で気候が決まる.


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