スーパーコンピュータ「アテルイ」による研究が日本天文学会2019年度欧文研究報告論文賞を受賞

東北大学の田中雅臣 准教授(論文出版時 国立天文台 理論研究部/CfCA)らによる研究論文が,日本天文学会2019年度欧文研究報告論文賞を受賞しました.
受賞対象となった研究論文は,2017年10月16日付けで『日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)』に掲載された,Tanaka et al., “Kilonova from post-merger ejecta as an optical and near-Infrared counterpart of GW170817”(合体後放出物質からのキロノバ放射:GW170817の可視光線・近赤外線対応天体)です.この研究では,2つの中性子星の合体により重元素が大量に作られるという現象を,観測とシミュレーションによって初めて明らかにしました.



図1:欧文研究報告論文賞を受賞した東北大学 田中雅臣 准教授による受賞記念講演会のようす.(クレジット:日本天文学会)

2017年8月17日,史上初の中性子星合体を起源とする重力波が観測され,その発生源である GW170817 から「キロノバ」と呼ばれる電磁波放射が検出されました.キロノバは,中性子星どうしの合体から放出された物質中で鉄よりも重い元素が形成され,それらが放射性崩壊を起こすことで電磁波を放射する現象と考えられています.本論文の主著者である田中氏は,国立天文台が運用するスーパーコンピュータ「アテルイ」を使ったシミュレーションによってキロノバの光度変化を予測し,すばる望遠鏡や IRSF 望遠鏡によって観測された GW170817 の可視光線・近赤外線の光度変化との比較分析を行いました.その結果,この中性子星合体によって地球質量の約1万倍もの重元素が生成されたことが明らかになりました.

本研究は,中性子星合体が宇宙における重元素の起源になり得ることを示し,元素の誕生についての理解を大きく進展させました.またこの研究は,重力波観測と電磁波観測によるマルチメッセンジャー天文学と,スーパーコンピュータを使ったシミュレーション天文学との協調によって実現したものです.2020年9月1日現在,受賞論文の被引用数は141件にのぼり(NASA ADSによる),この分野の研究に多大な影響を与えています.このような学術的意義の高さが評価され,今回の欧文研究報告論文賞の受賞にいたりました.

田中氏は次のように受賞の喜びを語っています.「この度は栄えある賞を頂き,論文の共著者一同を代表して感謝申し上げます.この論文は,多くの方の研究の積み重ねが実った結果です.この論文が出版された後にも中性子星合体からの重力波が検出されており,中性子星合体という極限的な状況で何が起きているのか,そして宇宙の重元素はどこでできたのかを解明するためのチャンスがますます増えています.今後の進展にご期待頂ければと思います.」

日本天文学会2020年秋季年会(オンライン開催)会期中の9月9日に,このたびの受賞を記念する講演が開催され,田中准教授が論文の内容や今後の研究の展望などを紹介しました.



図2:日本の重力波追跡観測チームJ-GEMが撮影した重力波源GW170817.うみへび座の方向にある銀河NGC4993で発見され,地球からの距離は約1億3000万光年.ハワイのすばる望遠鏡のHSCによる可視光線観測(zバンド:波長 0.9マイクロメートル)と,南アフリカのIRSF望遠鏡のSIRIUSによる近赤外観測(H バンド:波長 1.6 マイクロメートル,Ks バンド:波長 2.2 マイクロメートル)を3色合成したもの(青:z バンド,緑:H バンド,赤:Ks バンド).2017年8月24日-25日の観測では,天体が減光するとともに赤い色を示している(近赤外線で明るく光る)ことが分かる.(クレジット:国立天文台/名古屋大学)



図3:重力波源GW170817で実際に観測された明るさの変化(●)と,シミュレーション(実線・破線)の比較.青が可視光線,赤が近赤外線を表している.実線は速い中性子捕獲過程「rプロセス」による元素合成が起こる場合,破線はrプロセスが起こらない場合に予測される明るさの変化をあらわしている.rプロセスが起こる場合のシミュレーション結果と観測とがよく一致していることが分かる.(クレジット: 国立天文台)

【使用されたコンピュータについて】

田中氏が行ったシミュレーションには,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」(Cray XC30)が使用されました.アテルイは,アテルイは2013年4月から2018年3月まで国立天文台水沢キャンパス(岩手県奥州市)で運用された,理論演算性能1.058 Pflops(ペタフロップス)のシステムです.現在は後継機であるアテルイⅡ(理論演算性能 3.087 Pflops)が運用されています.(クレジット:国立天文台)

【画像の利用について】

関連リンク:
日本天文学会:2019年度日本天文学会各賞授賞理由
国立天文台:重力波源の電磁波対応天体についての研究が、日本天文学会2019年度欧文研究報告論文賞を受賞

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