平成30年6月29日(金) 記者発表資料 | 国立天文台ニュースリリース一覧 | CfCAプレスリリース一覧

活動的小惑星(3200) Phaethonが示す非常に強い直線偏光度

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概要

近地球小惑星(3200) Phaethonはふたご座流星群の母天体として有名ですが、近日点付近で定期的に塵を放出する活動的小惑星でもあり、また非常に青いスペクトルを持つことでも知られます。私達は2016年の秋に名寄市に於いて北海道大学が運営するピリカ望遠鏡を用い、この天体の直線偏光度の測定を行いました。広い範囲の太陽位相角に渡る測定を実施した結果、この天体が50%以上という非常に強い直線偏光度を示すことが分かりました。この数値はこれまでに観測された太陽系小天体の中でも最大のものです。その要因としては主に以下の三種が考えられます。 強い偏光度の要因が上記のいずれであっても、それは太陽系小天体、特にPhaethonのように地球へ物質を供給しながら太陽に繰り返し近付く天体の起源と進化の理解に大幅な見直しを迫るものです。将来の近接探査による確証と探求が待たれます。

論文著者

論文本体

はじめに

小惑星(3200) Phaethon(和文ではフェートンまたはファエトンなどと記されますが、本稿ではPhaethonで統一します)は1983年にIRAS赤外線天文衛星により発見された近地球小惑星です。その直径は6 km弱で、近地球小惑星としてはかなり大きな部類に属します。Phaethonは幾つかの特筆すべき性質を持ちます。まずその軌道、具体的には大きな離心率(0.89)と大きな軌道傾斜角 (22.2°)です。軌道半長径は1.271天文単位であり、従って公転周期は1.43年です。その大きな離心率が原因して近日点距離は0.14天文単位と小さく、太陽系で最も太陽に近付く小惑星の一つと言えます。これまでの観測から自転周期は約3.6時間であることがわかっています。またこの天体はいわゆる古在振動の状態にある小惑星の一つとしても知られており、力学的見地からの研究も盛んです。

Phaethonは毎年12月に多くの流星をもたらすふたご座流星群の母天体として良く知られています。けれども他の流星群の母天体(大半は彗星)に見られる氷の昇華による活動は確認されていません。一方、Phaethonは近日点への回帰において近日点付近で少量の物質放出が観測されることから、活動的小惑星とも呼ばれます。このような彗星と小惑星の両方の性質を持つ天体の起源や物質進化について、現時点で理解されていることは多くありません。Phaethonに関してもこのことは同様です。

Phaethonは非常に青いスペクトルを持ち、太陽系科学で標準的なSMASS II分類ではB型小惑星に分類され、今ひとつの標準的分類(Tholen分類)ではF型小惑星に分類されます。この青いスペクトルはメインベルト小惑星 (2) Pallasのそれと類似しています。そしてPallasはPallas族と呼ばれる力学的に似通った軌道を持つ天体群を率いることから、PhaethonはかつてPallas族に属し、そこから地球近辺へ飛来した可能性が示唆されています。更に、Phaethonは少なくとも一つの分裂天体を持つと推定されています。その候補は小惑星 (155140) 2005 UD(直径約1 km)であり、Phaethonと軌道要素およびスペクトルの特徴が酷似することから、近い過去にPhaethonから分裂したと考えられます。そしてかつての分裂現象の痕跡の証拠として、Phaethonのスペクトルが時間的に変化することが知られています。つまりPhaethonが自転して異なる表面が観測者の方を向くにつれ、この天体が見せるスペクトルが時々刻々と変化するのです。このことはPhaethonの表面が一様でも均質でも無いことを明確に示します。それは過去にあった天体分裂の痕跡かもしれません。

その青いスペクトルの特徴を元に、Phaethonを構成する物質に対応する隕石を同定する研究も行われています。現時点でそれはCI/CM炭素質コンドライトが加熱を受けたもの、あるいはCK4炭素質コンドライトであろうと推測されています。しかし天体のスペクトルは粒径や空隙率といった物質の物理特性、そして鉱物存在度や鉱物組成といった化学特性に支配され、物質の同定は容易でありません。そのためPhaethonや他のB型小惑星を構成する物質がどのようなものであるのかは、現在のところ明快に言える段階にありません。

このように複数の興味深い特徴を有するPhaethonは近地球小惑星一般の軌道進化、熱進化、そして物質進化を理解する上で重要な鍵を握る天体ですが、その一方で多くの謎を秘めています。例えば以下の問いに対して私達は未だ回答を持っていません。

上記の問いに対する回答を一つでも多く得るため、私達はPhaethonの偏光観測を実施しました。太陽系科学における偏光観測は一般に、天体表層の物質の反射率(アルベド)や粒径などの物理状態を理解するために有効です。例えば、太陽系小天体表層のアルベドと偏光度には強い相関があることが過去の研究から分かっています(後述)。また、直線偏光度の最小値および最大値が観測される太陽位相角は表層物質の粒径と相関を持つことが知られています。前述したように分光観測によって得られる天体のスペクトルはその表層物質が持つ様々な要素に複雑に支配されており、スペクトルのみから表層物質の物理特性を抽出して理解するのは難しいことが普通です。これに対して偏光観測は表層物質の物理特性のみを抽出して際立たせるので、分光観測と組み合わせることで太陽天体の表面状況を明らかにするための強力な手法と言えます。

観測所と観測装置

今回の私達の観測は北海道を舞台にして行われました。使われた望遠鏡にはピリカという名が付いています。ピリカ(pirka)とはアイヌ語で「美しい」という意味であり、望遠鏡の詳細情報はこちらのサイトからご覧になれます。

ピリカ望遠鏡を擁する北海道大学大学院理学研究院附属天文台(なよろ市立天文台と併設)は北海道名寄市にあり、望遠鏡と観測装置の運用は北海道大学が担っています。この天文台の特徴の一つはその立地、つまり緯度の高さにあります(北緯44度22分25.104秒)。Phaethonのように太陽に近付く天体は観測者から見た天体と太陽の成す角度(離角。この場合にはPhaethon-名寄-太陽の角度)が小さく、その観測は一般に難しいものです。それでも私達がPhaethonの観測を実現できたのは、この天文台の高緯度な立地条件が寄与しています。今回の観測時期にPhaethonは太陽と地球の間にあり、近日点を通過して太陽系を北上しつつ遠日点へ向かう状況にありました(図0)。この配置のため、観測時期の前半には低緯度の観測所ではPhaethonを見ることが困難だったのです。この時期、名寄に於いてもPhaethonは地平線の近くに見えていましたが、私達は無事に観測を遂行できました。これは非常に低い地平高度(5°など)でも観測を行えるピリカ望遠鏡の基本性能の高さにも拠っています。

今回の観測では、ピリカ望遠鏡のカセグレン焦点に取り付けられた撮像装置Multi-Spectral Imager (MSI) が使われました。 この装置の詳細はこちらのサイトに掲載されています。私達はMSIに取り付けられた広帯域フィルターによる偏光撮像機能を用い、Phaethonの直線偏光度を測定しました。

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図0. Phaethonが最大偏光度を記録した2016年9月15日の地球-Phaethon-太陽の位置関係。地球(青)とPhaethon(赤)の軌道、そして3天体が成す角(太陽位相角)を描いています。この図は4次元デジタル宇宙ビューワーMitakaを使い、国立天文台の福士比奈子さんが作成しました。この図の著作権は国立天文台にあります。Mitakaの詳細はこちらのサイトをご覧ください。

観測結果

実際の観測は2016年9月中旬から11月上旬まで、ほぼ二カ月間に渡り実施されました。悪天候で何ひとつ観測できない夜もありましたが、最終的には太陽位相角が33.0°から106.5°の範囲でPhaethonの偏光度を測定することができました。そこで得られた結果のうち最も重要なものは、Phaethonの直線偏光度が 50% 以上という非常に大きな値であることです(図1)。この数値は小惑星や彗星といった区分を超え、これまでに観測された太陽系小天体の偏光度として史上最大のものです。太陽系小天体の直線偏光度は太陽位相角が大きなところ、例えば90°から100°を超えたあたりに極大値を持つのが普通です。Phaethonでもこの傾向は見られるものの、その直線偏光度は私達の観測に於ける最大の太陽位相角(106.5°)でも極大値に到達したようには見えません(図1の青線が右上に伸びて行く様子を見てください)。従って、もし更に大きな太陽位相角でこの天体の観測を実施すれば、50%を大きく超える直線偏光度が得られる可能性は十分にあります。

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図1. Phaethonを含む様々な天体の直線偏光度を太陽位相角の関数として表示したもの。青い●の「今回の研究」が私達の観測から得られた結果です。参考までに、太陽系天体の中でも大きな偏光度を持つ天体の幾つかをその時の観測波長と共に描き入れています。水星、近地球小惑星(1566) Icarus、火星の衛星DeimosとPhobos、小惑星 (2100) Ra-Shalom、Encke彗星 (2P)、それにLINEAR彗星 (209P)です。なお私達がPhaethonを観測した際の波長は0.641 μm(いわゆるRcバンド)ですが、先行研究の中に0.5474 μmでPhaethonの偏光度を測定した研究がありますので、それも含めました(左下にある○)。この図は本論文にある図1を改変して掲載したものです。

一般論として、反射率(アルベド)の低い天体は直線偏光度が大きくなりがちです。これには物理的な根拠があります。アルベドが高い天体の表面では光の多重散乱が効果的に生じます。多重散乱は入射光を様々な方向に跳ね返しますから、多重散乱が効果的に生じる表面では一般に天体の偏光度は小さくなります。その逆に、アルベドが低くて多重散乱の効果が現れにくい天体表面では偏光度が大きくなります。しかしこれまで、Phaethonのアルベドは12%またはそれ以上であると見積もられて来ました。この値は太陽系小天体としては決して低くない、中程度の数値です。それにも関わらず Phaethon の直線偏光度が50%を超えるという事実は、これまでの常識から考えると実に奇妙です(図2)。

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図2. Phaethonおよびその他の天体について 太陽位相角5°で測定したアルベド(横軸のAと 直線偏光度の最大値Pmaxを描画したもの。 なお図1で見たように、Phaethonについては直線偏光度の 最大値Pmaxが測定されていませんので、 観測された最大偏光度をそのまま使っています(上付き矢印↑がそのことを表します)。 この図に於いてPhaethonは三種類の青い正方形でプロットされています。 青く塗り潰された正方形 ■ は、現在もっとも広く受け入れられている Phaethonの幾何アルベド(0.122)に基いたものです。 白抜きの青い正方形に横線が入っているものは、 近年のレーダー観測から推定されたPhaethonの直径を使って アルベドを計算し直したものです。 白抜きの青い正方形に縦線が入っているものは、 絶対等級の推定値として14.6等というもっとも暗いものを使ってみたものです。 その他のデータの説明は以下となります。 室内実験による地球の岩石(terrestrial/terr)、 隕石(meteoritic)試料、月から持ち帰った(lunar)試料の偏光度の測定は 1970-1980年代にフランスで行われた結果を引用しています。 水星(Mercury)、イカロス (Icarus)、エンケ彗星 (2P)、リニア彗星 (209P)のデータは 基本的に図1を描画した際に使った文献から取得しています。 この図は本論文にある図2をそのまま掲載したものです。

議論

Phaethonはさほど暗い天体では無いとされて来たのに、なぜこのように著しく強い直線偏光度を示すのでしょうか?私達はその要因として以下の三つの可能性を考えました。なお以下の可能性は互いに排他的ではありません。Phaethonの表面では以下のうち複数の組み合わせ、またはすべてが同時に働いている状況もあり得ます。

(1) Phaethon表面にあるレゴリスの粒子が粗い

天体表面が示す偏光度は一般に、そこにあるレゴリス粒子の大きさ(粒径)に強く依存します。各種のレゴリス試料(月から持ち持ち帰ったもの、地球の岩石、隕石、など)を用いた室内実験から、レゴリスはその粒径が大きいほど偏光度が大きくなる傾向が経験的に知られており、物理的な解釈も成立しています。ここでは、太陽光を反射して私達に天体表面の情報を知らせてくれる表層の領域が光学的な厚み=1を持つと考えましょう。天体表面にあるレゴリスの平均的な粒径が大きい(粗い)場合、光学的な厚み = 1を達成するために必要な粒子の数は少なくて済むはずです。逆に天体表面にあるレゴリスの平均的な粒径が小さい(細かい)場合、光学的な厚み=1を達成するためには数多くの粒子を必要とするでしょう。前節でアルベドの高低と多重散乱の頻度および偏光度の強弱の関係を説明した時と同様に、入射光が一定の光学的厚みを持つ領域を通る際に遭遇するレゴリス粒子が少なければ少ないほど多重散乱の度合は低く、従って強い直線偏光度が示されるでしょう。Phaethon表面ではこうした状況が生じている可能性があります。もしPhaethon表面が微細な粒子で覆われていれば、粗い粒子で覆われている場合に比べ、同じ光学的厚みの領域を通る際に入射光が経験する多重散乱の度合は高まります。その結果、直線偏光度の程度は弱まるでしょう。上述した室内実験の蓄積により、粒子の粒径・アルベド・最大偏光度の三者の関係についての定量的な経験式が幾つか確立しています。そのような経験式のひとつに私達が観測したPhaethonの直線偏光度の数値を適用すると、レゴリスの平均的な粒径は360μm以上と推定されました。この粒径はかつての室内実験で使われたレゴリス試料の中でも最大のものであり、月表面から持ち帰ったレゴリスの粒径(< 50μm)と比べても有意に大きなものです。このことはPhaethonの表面が粗いレゴリスに覆われている可能性を示します。  それではPhaethonの表面は何故そこまでの粗い粒子が支配的なのでしょう?そして、そのような状態が本当に実現するのでしょうか?以下は私達の解釈です。Phaethonはその軌道の形により、太陽のとても近くを定期的に通過します。その時、この天体は太陽からの加熱や輻射圧の影響を強く受けます。こうした強い加熱により天体表面のレゴリスが焼結し、粗い粒子が形成されることが考えられます。また、太陽からの輻射圧の影響を受けやすい微細な粒子が天体表面から選択的に離脱することもあるでしょう。その結果、Phaethon表面には粗い粒子だけが残される可能性があります。

(2) Phaethon表面を覆う物質の空隙率が大きい

一般に、物質の空隙率が大きいほど偏光度が大きくなることが数値シミュレーションで示されています。その詳細な物理過程には依然として不明な部分がありますが、実験的に知られた事実と言えます。そしてレゴリス粒子の形状が不規則な場合には、天体表層の空隙率は大きくなりがちです。不規則な粒子同士が隣り合うもののうまく収まらず、お互いの間に隙間が空く状況を想像してください。Phaethon表面の空隙率の実測値は得られていませんが、そのような不規則な形状を持つ粒子がPhaethon表面を覆うことで空隙率が増し、結果的に大きな偏光度が達成されている可能性も、あり得ないとは言えません。

(3) Phaethonの反射率が従来の推定値より低い

ここまで色々書いて来ましたが、実はそもそも Phaethon に関する従来の常識が完全に誤っていた可能性をも本研究は示唆します。上述のように、天体表面のアルベドが低いほどその偏光度は大きくなることが普通です。先行研究によるPhaethonのアルベドの推定方法や実際の観測データを私達が再検証したところ、Phaethonのアルベド推定にはとても大きな不定性が含まれる事が分かりました。これは主に、Phaethonに関しては太陽位相角の小さな観測データが取得されておらず、そのことで衝効果と呼ばれる現象が実測されて来なかったことが要因です。例えば、昨年の暮れ(2017年12月)に他の研究グループが実施したPhaethonのレーダー観測の結果により、Phaethonのサイズがだいぶ正確に求められました。それによるとPhaethonの直径は約5.7kmとされます。そして、その直径から計算されるPhaethonのアルベドは従来の推定より二割ほど低くなります(12%→10%)。更に、衝効果が実測されていないことによるPhaethonの絶対等級の不確定性を最大限に考慮すると、Phaethonのアルベドがもっと低い可能性が多分にあることが分かりました。このように、これまで既知とされてきた値よりもずっと低いアルベドがPhaethonの強い偏光度の原因かもしれません。アルベドの高低は天体の表面物性を決定する極めて基本的な情報であり、それについての世間の常識が本研究の結果により揺らぐ事態となった訳です。この議論に決着をつけるためにはPhaethonのアルベドそのものの正確な測定が必要であり、その実現は容易ではないものの、将来に向けて幾つもの試みが計画されています。

おわりに

私達の観測が暴いたPhaethonの非常に強い直線偏光度の原因が上記のいずれであったとしても、それらは従来の常識とはかけ離れるものです。よって今回の観測結果は太陽系小天体、とりわけPhaethonのように地球へ物質を供給しながら太陽に繰り返し近付く天体の起源と進化の理解に大幅な見直しを迫ります。こうした天体に対しては地上観測に加え、宇宙機を用いた近接探査による確証と探求が大いに待たれるところです。実際に、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)と千葉工業大学が中心となって検討が進められているPhaethonのフライバイ探査計画「DESTINY+」(デスティニープラス)があり、2022年の打ち上げが予定されています。この探査が成功すれば、謎に満ちた天体Phaethonに関する私達の理解は大いに深まることでしょう。

専門用語の説明

近地球小惑星

文字通り地球に近付く軌道を持つ小惑星であり、地球近傍小惑星とも呼ばれます。英語ではnear-Earth asteroid(NEA)と呼称され、地球に近付く彗星も含めて近地球小天体(near-Earth object, NEO)と総称されます。近地球小惑星はその軌道からAten、Apollo、Amor、Atiraの4グループに分類されます。PhaethonはApolloの一つであり、その定義は軌道半長径が1天文単位より大きく、近日点距離が1.017天文単位より小さいというものです。ちなみに「はやぶさ2」の探査ターゲットである小惑星RyuguもApolloの一つであり、両者は力学的に同じ分類にあると言えます

天文単位

SI併用単位の一種であり、長さの単位です。厳密には149,597,870,700mと定義されていますが、歴史的には地球と太陽の平均距離を1天文単位とすることが当初の定義でした。現在でも大雑把にはそう理解して間違いありません。現代の天文学、特に天体の運動理論に於いては距離の単位を天文単位、質量の単位を太陽質量、そして時間の単位を地球の1日とするガウス単位系がよく用いられます。

古在振動

天体の軌道傾斜角がある条件より大きい場合、軌道傾斜角と離心率が大きな振幅で周期的に振動する現象のことです。国立天文台の初代台長である古在由秀氏が1962年に発表したことからこう称されます。その理論は天体が三体のみ(例. 太陽-小惑星-木星)の系に於いて構成されますが、仮に多くの天体が存在していても三体系で良く近似できる多くの場合に発現します。古在振動は太陽系のみならず太陽系外の惑星系や恒星系、ブラックホールなどの運動に於いても発生し、系の進化を司る普遍的かつ重要な力学現象です。

(分光)スペクトル

光(更に一般には電磁波)を分光器(例えばプリズム)に通すことによって得られる、波長ごとの強度分布です。太陽系天体の多くは太陽光の散乱光(以下の用語解説参照)として観測されるため、太陽のスペクトルとの対比でスペクトルの特徴が調査されて来ました。物質のスペクトルはその表面の物理・化学状態を如実に示す指標であり、スペクトルの比較を基礎とした物質の同定は現代科学に於ける極めて重要な手法の一つとなっています。

SMASS

Small Solar System Objects Spectroscopic Surveyの略であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)のRichard P. Binzel教授らのグループによって1990年代半ば以降に実施されてきた小惑星(メインベルトだけでなく近地球小惑星も含む)のスペクトル探索のプロジェクトです。データの取得や解析方法などに徹底した整合性が図られていることで有名です。SMASS II分類は、SMASS IIで得られたデータを元にしてスペクトルの特徴から小惑星を分類したものです。

Tholenの分類

ハワイ大学のDavid J. Tholen教授によって提唱された小惑星のスペクトル分類です。この分類ではECAS(Eight-Color Asteroid Survey)用に作成された広帯域のフィルターが用いられました。ここで扱われた詳細なスペクトルの特徴は波長分解能が高いSMASSに劣るものの、小惑星のスペクトル分類を系統的に行った初期の分類方法として現在でも頻繁に引用されます。

炭素質コンドライト

過去に溶融した形跡を持たず、炭素を豊富に含む隕石です。この隕石は原始太陽系において塵が集まって小天体となった段階の組成を留めると共に、地球に大気や水をもたらした物質の名残とも考えられています。炭素質コンドライトは組成の違い(それはおそらく形成領域の違いを反映しています)によって細分され、炭素を表すCとそれぞれ代表的な隕石名の頭文字を組み合わせて命名されています。CIとCMは鉱物中に水分を豊富に閉じ込めた隕石種として知られ、他方CKは水分が少なめです。種名に続く数字は過去の昇温や水との反応による隕石の変質の度合いを表し、4は昇温による変質を弱く受けたものであることを示します。

空隙率

物質の全体積に占める隙間の体積の割合です。固体物質に於いては小さな穴や割れ目、また粒子同士に間に存在する空間が全体積のうちどの程度を占めるかを表す指標となります。英文ではporosityまたはvoid fractionですが、和文では「空隙率」の他に「気孔率」「空孔率」「孔隙率」「多孔度」「多孔率」など、業界によって様々な呼び名があります。小惑星や彗星など太陽系小天体の物理的な性質は、その材質のみならず空隙率の大小により著しく変化することがあります。

偏光

光は粒子としての性質を持つと同時に,波としての性質も持ちます。自然光(例えば太陽光)は光の進行方向に対して垂直な平面内でさまざまな方向に振動します。しかし光が物体に当たって反射(散乱)すると、振動方向がある一定の平面に揃った光が卓越するようになります。このような光の性質を偏光と呼びます。振動平面が時間変化しない状態を直線偏光と呼び、振動平面が周期的に回転する状態を円偏光と呼びます。

アルベド

天体表面における外部からの入射光の強さに対する反射光の強さの比のことです。0から1までの相対量、もしくは百分率(%)で表されます。アルベドの定義にはいくつかの種類がありますが、本研究を含む天文学で広く用いられるのは幾何アルベドです。幾何アルベドは天体表面が完全ランバート面だと仮定し、入射光の方向(位相角0°)への反射光の強さを測定することで得られます。完全ランバート面とは入射光の角度に関わらず反射光をあらゆる方向に一様に反射する面のことですが、これはもちろん理論上の存在ですから、実際の天体にそのまま適用できるわけではありません。またアルベドは入射光の波長にも依存します(Phaethonの場合、可視光線の波長領域ではそのアルベドにさほど大きな波長依存性はありません)。天体の幾何アルベドは太陽系天文学に於いて極めて基礎的で重要な物理量ですが、その正確な測定は実は容易ならざる課題であり、現在でも多くの研究者が天体の幾何アルベドの精密な測定に取り組んでいます。

太陽位相角

太陽-小惑星-観測者のなす角度です。今回で言えば、太陽-Phaethon-名寄(ピリカ望遠鏡)の角度となります。天体の明るさや偏光度、そしてスペクトルは観測を実施した際の太陽位相角に大きく依存します。従って天体表面の状況を正確に知るためには、広い範囲の太陽位相角に渡って観測を実施することが必要になります。

カセグレン焦点

反射望遠鏡において、副鏡を用いて主鏡の背面に結ばれる焦点のことです。一般に鏡面で光が反射する場合、光の入射角が0°(垂直入射)でない限り反射光は偏光します。しかしカセグレン焦点は軸対称の光学系であるため、鏡のいろいろな場所からの反射により偏光方向の異なる偏光がすべて打ち消しあい、全体としては偏光が無くなります。

(光の)多重散乱

光をある物質に当てた時、入射光の一部は吸収されると同時に、物質と外部との境界領域で反射・屈折・回折し、様々な方向に撒き散らされます。そうした現象を総称して散乱と呼びます。とりわけ入射光が媒質を通過する過程で媒質を構成する粒子に複数回にわたり散乱され、それによって光の進行方向や強度・偏光状態が変わっていく現象は多重散乱と呼ばれます。

レゴリス

天体表面を覆う破砕された未固結の岩石物質層の総称であり、固体天体の表土とも言える存在です。小惑星上のレゴリス生成の要因は、小惑星同士の衝突もしくは小惑星表面への流星体や塵の衝突およびその後の破砕による微粒子の発生であろうと考えられます。昼夜間の天体表面の激しい温度変化によってレゴリスが形成されるという説もあります。天体表面にあるレゴリスの平均的な粒径は天体表層の物理過程を司る基本的な要因であり、これを知ることは天体進化の解明のために必須な要件の一つです。

光学的な厚み

物質の不透明さを表す指標であり、光学的な深さとも呼ばれます。光学的な厚みが大きければ、入射光はその物質を透過し難くなります。ある厚さの領域を入射光が透過して明るさが 1/e(eはネイピア数、いわゆる自然対数の底。e = 2.71828...)に減衰すれば、その領域は光学的な厚みが1であると定義されます。

輻射圧

電磁波が物体の表面で反射・吸収・回折される際に、その物体表面に及ぼす圧力のことです。放射圧や光圧とも呼ばれます。太陽系天体が受ける輻射圧は多く場合に重力に比べてはるかに小さく、惑星など大型天体の運動に於いては通常は無視されます。しかし塵のように微小な天体になれば輻射圧が大きな効果を持つようになり、その運動に大きな影響を与えます。

焼結

融点よりも低い温度で固体粒子を焼き固めることです。この時に粉末状の粒子は融合し、固まって緻密化し、その平均的な粒径は大きくなります。焼結は金属・セラミクス・プラスチックといった工業材料の製造過程でも発生し、製品の強度を高める操作として使われています。Phaethonの表面は太陽からの強い加熱を受け、レゴリスが焼結することでその平均的な粒径が大きくなった可能性があります。

衝効果

太陽位相角の非常に小さな位置(1°など)で観測すると天体がとても明るく見える現象です。その要因は天体表層の光学特性にあるはずですが、詳しい物理過程や理論は未だに確立されていません。地球から見た満月が非常に明るく見えるのは衝効果によります。

(小惑星の)レーダー観測

地球に対して小惑星が接近する時、それに対して地上からレーダーを射出して反射信号を検出し、遅延時間や波長の変位を調査することによって小惑星の形状や自転軸の向きを推定できます。Phaethonについては2017年の冬にアレシボ天文台(プエルトリコ)およびゴールドストーン(米国カリフォルニア)にあるディープスペースネットワークによってレーダー観測が実施され、その形状が詳しく調べられました。

(小惑星の)絶対等級

もし小惑星が観測者から1天文単位の距離にあり、なおかつ太陽からも1 天文単位の距離にあって、しかも太陽位相角=0°での観測が実施された場合、その小惑星の可視光線での明るさ(等級)を絶対等級と定義します。単純に考えるとこの場合には観測者は太陽の中心から小惑星を観測することになり、現実的にはあり得ない状況です。しかし絶対等級は観測・理論を問わず太陽系天体研究の根幹をなす物理量のひとつであり、その正確な推定のために様々な方法が提案されています。なお、この定義による絶対等級は太陽系天体を対象とした研究で主に使用されるものです。
最終更新 2018年 7月 1日 日曜日 15時06分58秒 JST