地球の自転速度は潮汐摩擦などによる月への角運動量移送のため,地質時代を通じて大きく減少してきた. 3億年前まではサンゴや貝の成長縞の解析から1年の季節変動と潮汐の波数スペクトルを読み取り,地球の自転速度が求められている. これよりも古い時代では,堆積速度の大きい氷縞堆積物(氷河末端にできる)とストロマトライト(物質供給の変動と微生物の生活リズムを反映した縞をもつ堆積物)の縞の解析からデータが得られている. 6億年より昔にはストロマトライトと縞状鉄鉱がかなりあるにもかかわらず,9億年前と19億年前に各1点のデータしかない. それは,縞の波数スペクトルが複雑であること,および,堆積速度が 1m/y 程度(潮汐リズムを記録,読みだせる限界)以上という堆積物試料が限られているためである. 従来,スペクトルの広い範囲にわたるさまざまな周期成分を地層の縞と対応させる理論がなかったことも,これまでの縞の解析ができなかた理由の一つであろう.
われわれは,複数のラップタイムクロック(クロノメータ)を相互に較正比較することによって正確な時間測定を可能にする新しい方法を開拓した. この方法では,堆積速度が小さい深海底堆積物(堆積速度は 1mm/ky 程度,ミランコビッチ周期を記録)も使って,同時代の堆積速度の大きいストロマトライトなどとのクロスチェックができる. そこで,すでに多量のストロマトライト,縞状鉄鉱と縞状チャートの試料をを入手し,さらに組織的な試料収集をしている.
われわれの理論的研究の最新結果を下図に示す.実線は地球回転と直接結び付く天体力学的時計,点線は天体物理学的時計(太陽放射の変動)の周期をあらわす. 堆積物の縞の波数スペクトルの多数のピークと,図に示す周波数スペクトルとの対応をつけるのが,本研究の新しい方法である.
われわれにとって必要な時計は,太陽系史の大部分を通してと考えられる地球の公転周期を基準とした「時代とともに変化する地球自転周期」である. 地層に刻まれている多様な縞は地球宇宙史を読み取るための刻時マークであると同時に,地球史上の事件の記録でもある. 縞にきれいな規則性がある場合には,これを天体力学的(および天体物理的)要因に同期した周期的外力に対する地球環境変動の結果できたものと考えられる. もし地球環境システムが単純敏感で天体力学的周期性が不変ならば,直ちに天体力学的時計が成立するが,この時計の地層中の刻みは地球システムの応答特性(例えば,地球上の海陸分布)の変化で変動する. これらを解明するのが,天体力学的時計の研究である.
地層に縞を形成するミランコビッチ変動がそうであるように,太陽放射の変動が気候変動を介して作用する場合には,堆積リズムが地層に縞として記録される過程が,地球システムの外部入力に対する応答特性に依存する. この場合には地層の縞の読み取り値を直ちに天体力学的周期スペクトルと見做すことはできない.しかし,これを逆に用いて,地球システムの特性解明の手段とすることも本研究課題(もでる班)の重要な一部である.
地層の縞として記録される地球潮汐とミランコビッチの周期は,地球の自転速度によって拘束されているので,これらの時計も月-地球回転力学系の進化と共に進化するはずである. p.30の図は,地球を質量,慣性モーメント,力学的偏平率(正しくは,重力ポテンシャルの偏平率)という三本の毛しかない没個性的天体と見なすことによって成立する. 偏平率は自転速度で決まってしまうので,この図はたがいにクロスチェックできる複数の天体力学的なクロノメータが潮汐周期からミランコビッチ周期までの広い周期範囲(8桁)を一元的にカバーしているのがわかる. このような理論的研究で見いだされたことは,複数存在するミランコビッチ周期が地球の自転速度に極めて大きく依存すること(現在は周期4万年であるモードが,地球自転速度が現在の2倍であった太古代には数千年程度であったと推定されている),および,複数の周期の進化の割合がそれぞれ異なっていることである. なお現在は,三本の毛の仮定の有効性の限界についての定量的検討を終え,小さい4本目の毛(地球の慣性モーメントの変動)と5本目の毛(惑星軌道のカオス)の効果(図の線の太さ程度らしい)を研究中である.
太陽の11年周期の変動は古い堆積物にも良く記録されている.11年周期の変動のカオティックな消長自体も時計のマークとして使える. 太陽活動の周期性には,年輪年代学による数千年前までの14C生産率のデータから推定されている10^{2}-10^{3} 年周期の変動もある. 40億年も遡れば太陽活動の恒常性は保証されないであろうが,2ページ前の図ではこれらを一定と仮定してある. 地層の縞解読には太陽活動の長期変動も時間尺度として使えるかもしれない.縞の解読によって,逆に太陽活動の変遷を解明するという研究も成立する.
相対時間測定の精度は高くなくても,10億年オーダーの古い時代の地層の年代を最も精度よく決定するのがジルコンとモナザイトという鉱物の放射年代測定法(U-Pb)である. この方法の時間尺度は放射性元素の崩壊時定数である.多量の試料の中から微小なジルコンなどの結晶を効率的に探索確保するために,縞模様の読み取りを兼ねたラジオグラフィーを用いる.
セントヘレンズやピナツボなどの巨大な火山爆発,K-T境界の隕石衝突などは地層に縞を残す典型的なイベントの例である.これは地質学における鍵層の考え方と同じである.
しかし,本研究では,これに加えて,新しいイベントマーカーも積極的に探る.例えば地中海の堆積物から超新星爆発の痕跡を推理させる熱ルミネッセンスのピークが検出されたことは,さまざまな可能性を示唆するものである. わが太陽系は過去40億年間に銀河を20周程度旅をしてきており,深海底堆積物には宇宙におけるさまざまなイベントが記録されている可能性もある. 特に6億年以前の時代における刻時マークの探索は未知のイベントの探索でもある.