新しい地球史年表

全地球史解読計画の検討の過程で,すでにいくつかの新しい地球史像が浮かび上がってきている. 「新しい地球史年表」には「地球史7大事件」と我々が名付けた次のようなイベント,

が示されている.

地球の形成期には地球表層の温度が十分に高く,剛体的なプレートは存在しなかった. したがって,現在と地球形成期の間のどこかで表層に剛体的なプレートが出現し,プレートテクトニクスが機能し始めたはずである. プレートテクトニクスの開始(E2)は固体地球表層の変動様式の転換点であり,約40億年前であると最近の地質学的資料は示している. A/P境界付近には,既に述べたE3,E4のような地球システムの体制を変えるイベントが起きた.

約6億年前になると生物は硬い外骨格を持つようになり,海水中から陸上へと進出し, 爆発的に多様化する.太平洋スーパープリュームの発生(E5)によって,その当時存在した超大陸にリフトが形成されたことも生物の多様性増大に貢献したらしい. 350万年前にアフリカの大地溝帯に生まれた人類の祖先は(E7),生命史40億年からみれば一瞬にして生物の頂点に立った. 二足歩行によって高度に知能を獲得した人間は,宇宙とは,人間とは何であるかという命題にまで思索をめぐらせている(E7).

E3, E4, E6は全地球史解読計画の重点課題であり, 口絵i-iii, 本文24ページで詳しく解説してある.


検討したい作業仮説

(1)地球磁場の発生と27億年前の大規模火成活動同起事件の原因は,地球回転による潮汐と核内の慣性重力振動の共鳴にある.

形成時にできた地球の中心核は密度成層しているから,対流はなく地磁気ダイナモは不活発であった. 核がもつ慣性重力振動と潮汐力との共鳴が27ー28億年前にカタストロフィックに起こった. これによって核内の破砕混合がおこり,その結果として地磁気ダイナモとマントルダイナミックスの活性化,及び月地球回転力学系の急速な進化が起こった. 重力エネルギーの解放にともなって生じた熱がマントルを媒体として地表に放出され,これが全世界的な火成活動を誘発した. 地球回転の変動を古い時代の堆積物の縞の解析を行って,天体力学的時計の較正ができれば,この仮説は否定または検証される.

これに対して,従来はダイナモの活性化以外にはなんらの仮説もなかった.特に地球初期の核内密度成層解消の原因と太古代ー原生代境界の原因については皆目検討もついていなかった. ダイナモの発生と活性化については,内核の形成が原因であるとする考えがあったが,エネルギー的に不十分であるとみられている. 本研究の新しい考えは,地球の中心核内の構造進化から,月の公転軌道変化,地質時代のマントル活動までの全地球システム間の相互作用についての作業仮説から構成されている.

(2)初期地球のマントル対流は上部及び下部に分かれた”二層対流”であったが,19億年前,マントル全体を巻き込む”全マントル対流”に転移した.

形成期の地球では700kmの深さ(20GPaの圧力)にある輝石ーペロブスカイト相転移境界で物質分化がおこり上部と下部のマントルに分離せざるを得なかった. 太古代の地球は高温であったために,沈み込んだプレートは上部マントル内部で暖められて,同化してしまい700km不連続面を突き抜けることがなかった. その後,地表近傍の冷却によって玄武岩ーエクロジャイト転移が可能になり,海溝で沈み込んだプレートが700km深度に達しても周囲となじむことが無く,低温のスラブ(沈み込んだプレ−ト)が相転移面近傍に滞留するようになった. こうして下部マントルに向かってコールドプリュームが発生する条件が整い,マントル対流は全マントル規模で起きるようになった. マントル対流のセルの厚さが700km程度から2900km程度にまで突然に大きくなったことに対応して,プレートのサイズも大きくなり,その結果,超大陸の形成が初めて可能になった. この時期以降,ウイルソンサイクルが始まり,超大陸の分裂集合を繰り返す時代になった.深海堆積物の化学組成,古地磁気学,造山帯の年代と分布,超高圧実験,マントル対流数値実験,地震波トモグラフィの結果などから推理されたこの仮説は,

  1. 海嶺玄武岩,深海堆積物などの化学組成の時代変化
  2. 700 kmの深度に停留したスラブの大規模崩落に伴って予測される地球回転速度の一時的な上昇
を解明すれば検証できる.

(3)ペルムー三畳紀境界生物大絶滅は未曾有の酸素欠乏によってもたらされた.

古生代/中生代(P/T)境界の大量絶滅事件では,海成無脊椎動物の種の96%が絶滅したと見積もられており,硬骨格をもつ生物が地球上に現れて以来の最大級の大量絶滅事件であった. その原因については長い間よくわからなかった. 最近,日本に分布する遠洋深海底堆積物の調査によって,P/T境界には1千万年にもわたって酸素欠乏状態が継続したらしいことが明らかになった. この時期にもう一つ重要な事件として超大陸パンゲアが形成があった.これら三つの事件,生物の大量絶滅,超酸素欠乏事件,そして超大陸の形成は偶然の一致とは考えにくく,因果関係のシナリオが提案されている. すなわち,

  1. 超大陸の形成
  2. 中央海嶺の活動の低下
  3. 海水準の低下
  4. 有機物を含んだ大陸棚堆積物の露出・削剥・侵食
  5. 大気と接した有機物の大量酸化と酸素の消費
  6. 超酸素欠乏事件の発生,そして最後に
  7. 生物の大量絶滅
である.

もしこの仮説が正しいとすると,超大陸が形成される度に超酸素欠乏事件が発生し,生物の大量絶滅が起きることになる. また,大気・海水中の溶存酸素を大幅に減少させるためには相当量の炭質物が酸化される必要がある. すなわち二酸化炭素が大気中にふえることになり,温室効果を引き起こすと考えられる. これが極域の氷床を溶けさせると海水準の上昇が起こり,超酸欠事件は終了に向かうことになる. 地球表層部の炭素の起源および循環経路については,まだ不確定の要素が多く残されているが,取り敢えず現世で理解されている循環モデルを適用することによって,当時の凡地球規模の炭素収支を計算し,観測値との差異を確認することによって仮説を検証できる可能性がある.


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