4.重点領域を推進するに当たっての基本的考え方

全地球史解読という立場で見ると,材料と切り口が新鮮で対象が広範であるから,魅力的な研究対象だけでも非常に多岐にわたる. しかし,本研究を組織するに当たって,それらをすべて盛り込んだ計画は実行困難なだけでなく,焦点がぼける恐れもあり適切ではない. そこで計画研究としてはわれわれの独自のアイディアに基づく特定事項(研究手法の確立,及び,物理環境の日常性と数個の地球史上の大イベント)に的を絞り,一方,公募研究において,さまざまな分野の意欲的研究者から多様な研究対象,アイディア,アプローチを募ることによってヌケメをつくらない方針をとる.

地球と惑星の研究に新しい視点と新しいアプローチを開くという大目標に自らを律するため,まず,次の三つの方針を設定する.

  1. 計画研究の戦略的な方針としては,物質的証拠にもとずく具体的で実証可能な研究にむけて,避けて通れぬ方法論とその技術的基盤の確立にターゲットをしぼる.
  2. 大局的目標,個別的方法,モデルの立て方などのいずれにおいても,国産のオリジナリティ発揮に優先順位をおく.
  3. 地球史記録テープから読めるものはすべて地球の変動はもとより太陽系外の現象についても節操無く貪欲に読もうとすることによって,分野間の協力及び,他分野への波及効果にこだわり,その成果と実績を世界に示せるようにする.

この研究の具体的内容とその進め方について,これらを縦,横,ふたつの新素材の糸を使って,地球と宇宙の進化の歴史というキャンバスに織ることに例えよう.

1. 縦糸:
地球と宇宙の歴史を連続的に記録している(主として)深海底堆積物を分析することによって高い分解能で地球に起こった現象を連続的に40億年前まで明らかにする. 本研究では,少なくとも実証的データでその事実を明らかにする.そのための試料確保,データ取得のための方法,解析の基本になる時計の確立などが目前の主要な研究課題となる.
2. 横糸:
外部励起(フォーシング)に対する地球システムの応答特性を横糸と考える.これは多圏構造をもつ地球に内在する相互作用と因果のリンクを数値的物理モデリングによって解明する.
このようなモデリングは,先見的になしうる場合もあるが,多くはデータを見てそれが誘発する知的な刺激がモデリングの方向を決めることが多いであろう.
3. デザインの構想:
物証に基づく縦糸と,理論モデルに基づく横糸を,互いに関連させフィードバックさせることにより,地球進化のより具体的なイメージが得られよう. このようにしてどんな絵を織りあげるかというアイデアは逐次または飛躍的に刷新される. 本研究では,いままで見逃がしていた新しい視点にたつオリジナルなアイデアを試しつつ,新しい地球進化史像を提示する.


研究の戦術レベルにおける方策

  1. 意欲的な研究者を地位年齢に関わりなく起用して,実働チームを編成する.地球科学,惑星科学分野以外の専門家を計画研究に入れて,多面的なアプローチをとる.
  2. ODPによるボーリングコアが存在する最近2億年の研究を基礎に,未解明な2-40億年の大局的地球史解明の研究に向けて基礎を固める.
  3. 地域的特性の差にはさしあたってこだわらないことによって,一連の深海底堆積物試料の解析を行ない,時間的に連続あるいは準連続的な大局的地球史を明らかにするデータを得るようにする. 対象とする現象によって次の二つを使い分ける.
  4. すでに確保した厚さ500m相当の試料の解析と並行して,海外において適切な試料の採集を積極的に行なう. それには,海外学術調査,民間財団の助成などを合わせて申請して費用を確保する.
  5. 今までは得たことのない質的に新しい多量のデータを,能率よく近代的なルーチンで取得するテクノロジーの開発に投資する. 具体的には質的に新しいデータ取得として,次の項目を考える:
  6. 地球システムの物理モデリングでは,各層の物質的,熱的,力学的性質を考慮して,モデルのフレームワークを構築する. マントルと地球表層流体・流体核では粘性係数が10^{20}異なることによる手法の差(コリオリ力が效くかどうか)を考慮して地球システムのフルモデル研究に組織的な投資をする.
  7. 具体的な測定項目とそこから読み取ることが期待される情報
    (あ)縞模様
    海底堆積物の縞模様は堆積してくる物質の種類と量が周期的に変化したことを示している. そこでわれわれは縞模様を画像データとして記録し,空間系列のパターンとしてこれを解析する. すなわち適当な堆積過程のモデルを構築しながら,空間系列を時間系列に変換し,時系列解析をおこなうことによって堆積過程の特徴的な変動周期を読みだす.
    (い)主成分鉱物・化学組成
    主成分鉱物・化学組成の分析には従来の手法だけでなく,堆積物の画像データから化学分析をおこなう手法を開発して大量の試料を効率よく測定する(前ページ参照). このような分析によって,堆積した場所と環境を推定する. また中央海嶺玄武岩やかこう岩などの火成岩の化学組成は地球の化学進化を描くための最も基本的なデータとなる.
    (う)同位体組成
    試料の同位体分析の第一の課題は絶対年代測定である.本研究においては非常に古い年代を精度よく測定することが求められる. 40億年より古い,地球最古の岩石を発見することも大いに期待される. また酸素同位体比の連続測定などを通じて,大気海洋システムにおける環境変動を読みだす.
    (え)微量元素組成
    巨大隕石の衝突や大規模な火山噴火などのイベントの記録は海底堆積物中に微量元素の異常濃集として記録されている. そのような微量元素の濃集層を効率よく検出する手法を開発し(右ページ参照),これらのイベントの特徴や頻度の変化を追跡する. 堆積物中に含まれる微量の放射性元素を検出するためにガンマ線ラジオグラフィーを用いて2次元分布図を簡便に作成する.
    (お)異常含有物
    海底堆積物の中にはコスミックスフェルールなどの地球外物質や,衝突クレーター放出物,火山性物質などが閉じこめられているはずで,これらを発見することで地球外物質の流入量の変遷や,巨大隕石の衝突,大規模な火山噴火などのイベントを読みだすことができると期待される.
    (か)不対電子,格子欠陥
    本研究では従来あまり注目されることのなかった物性にも注目し,新しい記載的事項の開発を行う. 電子スピン共鳴法や熱ルミネッセンス法は試料に含まれる不対電子の濃度やそのミクロな構造をさぐる手段である. これらの手法によって酸化還元状態を測定したり,極微量元素の検出,放射線環境の推定などを行う.
    (き)生命体の痕跡
    太古代は地球上に生命が誕生した時代であり,この時代の堆積物は生命の起源についての唯一の物的証拠である. 化石はもちろん,生物に由来する物質や形状を検出することによって,生命の起源と初期の進化過程についての情報を探索する.

[領域申請書の目次へ]

[全地球史解読のページへ]