堆積物は,物理的沈殿,生物活動,化学反応を通して海底に積もったものである.深海堆積物には次のような特徴があるため,地球史連続記録媒体として重要である.深海底堆積物は,堆積速度が極端に遅いので,地球に流入した宇宙物質を高い濃度で保存できる.また,地球に起きた大規模イベントをくまなく連続記録しうる.主に,陸源の風成粘土と海洋表層に生息する微生物遺骸から構成されているので,例えば,衝突宇宙塵や大規模な火山噴火による火山灰など,大気に巻き上げられた固体物質を異常組成として記録している.また,バックグラウンド組成として,当時の大陸の平均的な化学組成を反映している.海洋底堆積物は,極端に静的な環境下で堆積しているので,地球に起きた現象が連続的に正確に記録されている.この点が,大陸縁辺地域に堆積する大陸棚堆積物と根本的に異なる長所である.
大陸棚などの浅海では陸に近いため地域性が強く反映され,そこに堆積する地層は地球の長期にわたる平均的変動を解読するのには適していない.しかし,堆積速度が大きいので潮汐や季節変動など短い周期の変動や海水準変動を読みだすのに適している.従ってこれらも別の情報を持つ重要な試料である.ミランコビッチサイクル*のような中程度の周期的変動では,深海堆積物と浅海堆積物の両方に記録されているので,クロスチェックに用いられる.
このような堆積物が40億年分にわたって(海底ではなく)地上に存在しているという事実が,本研究計画の立脚点である.
図: カナダ中央部スレーブ地域で採取された19億年前のストロマトライト.右は左の拡大図.明瞭な縞模様が見える.
堆積物の縞からさまざまな環境変動のリズムやイベントを読みだすためには,堆積物の連続露頭について,時には数百メートルにわたって連続的な計測を行う必要がある.しかしながら,従来の地質学の手法では,片手で持てる程度の岩石サンプルを実験室に持ち帰り,数十ミリ角程度の部分について顕微鏡観察や化学組成,同位体組成の測定を行うのみであった.したがって,これまでとは発想の異なる新たな計測手法をあみだす必要がある.
堆積物の主要構成鉱物組成,主成分化学組成については,岩石表面の可視反射画像を精密なデジタル画像として計測することによって簡便に測定可能であることが確かめられつつある.図1はBIFサンプルについて数値画像データと,同じ場所についてEPMAによって測定された鉄濃度との対応を確認したものである.このようにサンプルの一部について両者の対応関係が明らかになれば,残りの部分については画像データのみから主成分化学組成を計測することが可能となる.数百メートルにわたるサンプルをEPMAで計測することは実質的に不可能であるものの,デジタル画像を計測するのは簡単である.
図1: 太古代BIFの解析例.上はサンプル表面の画像データ.横軸がサンプル表面上の位置,縦軸は色の濃淡を数値化した値.下はほぼ同じ場所をEPMAで鉄の濃度を測定したもの.縦軸は鉄の特性X線の強度を示す.
大量のサンプルを計測することを考えると,従来のようにサンプルを実験室に持ち帰って計測を行うということが現実的ではなくなる.そこで,野外露頭でできるだけ高精度なデータを収集するということを考えるべきであろう.本研究では野外縞縞アナライザーを開発する.これは野外で高精度のデジタル画像を記録できるもので,軽量で操作が簡単でありながら,高性能のマイクロコンピュータを搭載し,その場で画像を記録しながら解析もできるものである.
地球史の初期には隕石による巨大インパクトが多くあったはずであり,それらは堆積物の中に地球外物質の異常濃集部分として記録されているはずである.しかし,微量元素を検出定量することにはたいへんな手間がかかり,これも多量のサンプルを扱うことが現実的でない.したがって,異常元素濃集の可能性がある場所をいかに効率的に見つけだすかというところにポイントがある.
チャートを構成する石英やストロマトライトを構成する方解石のような透明鉱物は,そこに含まれる重金属不純物に応じて紫外蛍光を示す.これを計測することによって,微量に含まれるこれらの元素の存在を見つけだすことが可能であり,さらに蛍光スペクトルを測定することによって元素の特定も可能となる.
図2: 紫外線蛍光画像計測の概念図. 光源に紫外線を用いてサンプル表面から生じる蛍光の画像をCCDカメラで記録する.
電子スピン共鳴はサンプル内の不対電子の濃度やそのまわりのミクロな構造についての情報を与える.具体的には鉄,マンガン,希土類イオンなどが信号を生じ,しかもその価数に応じて異なる信号が観測される.現在,2次元的に電子スピン共鳴を測定するスキャナが開発されつつあり,これを用いれば,例えば鉄の酸化還元状態を反映した縞縞が測定できる.
図3: 中生代の深海堆積物であるチャートのESRスペクトル.各種のイオンの信号がみられる.