概要
近年の観測で見つかった謎の天体「リトル・レッド・ドット(Little Red Dot、 LRD)」は、宇宙初期に巨大ブラックホールが生まれた直後の姿かもしれません。マックス・プランク天体物理学研究所の鄭昇明(チョン・スンミョン)研究員、神奈川大学工学部の平野信吾(ひらの・しんご)特別助教、千葉大学情報戦略機構の石山智明(いしやま・ともあき)准教授らの国際研究チームは、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅢ」を用い、太陽の約100万倍の質量をもつ「重い種ブラックホール」が原始銀河団で自然に形成され、急速に成長する過程を再現しました。誕生直後のブラックホールを包む濃く厚いガス円盤は、LRDで観測される赤い光や幅広い水素の光を生み出します。本研究は、これまで別々に議論されてきたLRDと宇宙初期の過大質量ブラックホールをひとつの形成過程として結びつけ、さらに超大質量ブラックホールへと成長する道筋を示しました。この研究成果は、Chon et al. “Overmassive black holes and little red dots naturally form in simulations” として、2026年9月16日付けで英国の科学雑誌Natureに掲載されました。(2026年9月17日 プレスリリース)

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詳細
銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍もの質量をもつ超大質量ブラックホールがあります。現在の宇宙では、ブラックホールが重い銀河ほど星の総質量も大きく、両者は長い時間をかけて共に成長してきたと考えられています。
近年のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)*1の観測によって、誕生から10億年もたたない時代の宇宙に、「リトル・レッド・ドット(Little Red Dot、 LRD)」と呼ばれる小さくて赤い謎の天体が次々と発見されました。この天体の正体については現在多くの議論がなされていますが、ガスを大量に吸い込みながら急速に成長するブラックホールではないか、という考えが有力です。しかし、この解釈に基づいてブラックホールの質量を見積もると、LRDに含まれる星質量から予想されるよりも遥かに大きな質量を持つ「過大質量ブラックホール」が存在していることになってしまうのです。このようなブラックホールが宇宙初期にどのように生まれ、なぜ小さな赤い点として観測されるのかは大きな謎です。
この謎を解くには、周囲の銀河からの光がガスの冷却や収縮に与える影響まで含め、数億光年規模の宇宙環境から数光年規模のガス雲までを追う必要があります。従来のシミュレーションではこれらをひと続きに計算するには膨大な計算量が必要となり、大きな障壁となっていました。
そこで研究チームは、宇宙初期の原始銀河団*2からブラックホールまでを段階的に計算する「ズームイン・シミュレーション」の手法を構築し、この問題に挑みました。この手法では、まず、シミュレーションによって作られた模擬宇宙のデータ*3の中から、銀河が密集し、重いブラックホールが生まれるのに適した領域を選びました。この模擬宇宙のデータは、暗黒物質*4の運動や分布を計算したものです。次に、選んだ領域でガスがどのように運動し天体に進化するかを、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅢ」によって詳細に計算し直しました。このシミュレーションでは、ガス雲の収縮、超大質量星の形成、ブラックホールへの進化、その後の成長までを追跡しました。
計算には、重力とガスの運動だけでなく、星やブラックホールから出た光がガスの温度や化学反応に与える影響も同時に解く「輻射流体シミュレーション」を用いました。さらに高解像度の計算を組み合わせ、超大質量星の形成からブラックホールの誕生、その周囲にできるガス円盤までを調べました。
従来のシミュレーションでは、ブラックホールの存在をあらかじめ仮定して、その成長を計算で追いかけていました。しかし、本研究の手法を用いることによって、ブラックホールを仮定することなく、どのような宇宙環境で過大質量ブラックホールが生まれるのかを直接計算し、その成長の様子を追跡できるようになったのです。このズームイン・シミュレーションに必要となる膨大な計算量は、アテルイⅢの高い計算性能によって現実的に扱うことができるようになりました。
各シーンの詳細な説明はYouTubeを参照
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シミュレーションでは、過密な原始銀河団の中で、明るく輝く銀河が放つ強い紫外線が、近くのガス雲の冷却を妨げ星が生まれるのを遅らせました。その間にもガス雲を取り囲む暗黒物質の集まりは成長を続け、その重力によって大量のガスが集まってきます。やがてガスの収縮が始まり誕生した赤ちゃん星(原始星)が急速に成長することで超大質量星に進化し、最も重いものは太陽の50万~90万倍に達しました。これらが進化することで、太陽の約100万倍という非常に重い「種ブラックホール」が自然に形成されたのです。
誕生したばかりの重い種ブラックホールの周囲には高密度のガス円盤が形成され、そこから大量のガスが種ブラックホールに供給されました。一時的には「超エディントン降着*5」と呼ばれる非常に激しいガス流入も起こり、種ブラックホールは宇宙誕生から約6億年後には約3000万太陽質量まで急速に成長しました。一方、シミュレーションでは軽い種ブラックホールも生まれましたが、それらはガスを集めることができずにほとんど成長しませんでした。このように、最初から重く生まれた種ブラックホールが豊富なガスを取り込んで急成長することで、若い銀河に対して過大質量なブラックホールが形成されたのです。

(a)近くの星形成銀河(白い点線で囲まれた領域)から強い紫外線を受けたガス雲の中で超大質量星が形成され、その後の進化によって重い種ブラックホール(黒い星印)が誕生します。(b)このシミュレーションでは、ブラックホールが2つ形成されました。これらのブラックホールは、近くの銀河へ移動しながら成長します。(c)やがて、ブラックホールはガスの濃い銀河の中心へ移動し、さらにガスを飲み込みながら成長をしました。(d)このようなブラックホールの形成と成長は、約5億光年の範囲の中の最も銀河が密集する原始銀河団で起こりました。(クレジット:Chon et al. 2026)
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さらに、成長するブラックホールの周辺のガスが放つ光は、さらにそれを包む濃いガスの中で吸収や散乱を繰り返した後、外へ放出されます。その結果、赤い光が強くなるとともに、水素の光も電子による散乱で広がり、LRDに特徴的な幅広い輝線が生まれます。つまり、過大質量ブラックホールが形成される環境そのものが、同時にその天体をLRDとして見せる条件も作り出していたことになります。本研究は、重い種ブラックホールの誕生、急速な過大質量ブラックホールへの成長、そしてLRDとして観測される姿を、一つの物理過程として初めて結びつけました。

ブラックホール誕生直後(誕生後2万6000年時点)の姿です。左図はブラックホールを円盤上空から見たもの、右図はブラックホールを円盤方向から見ています。誕生直後のブラックホールは、濃く厚いガス円盤に包まれています。このガスによって、LRDで観測される赤い光や幅広い水素の光が生み出されます。(クレジット:Chon et al. 2026)
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研究をリードした鄭研究員は「最初はLRDのような天体がシミュレーションで再現できるとは思っていませんでした。しかし計算してみると、ブラックホール形成後も急速なガス降着が続いて驚きました。そこから共同研究者らと議論をして、もしかしたらこのシミュレーションが作り出したブラックホールはLRDとして観測されるかもしれない、ということになり、今回の論文投稿に至りました」と研究の経緯を語ります。
今後は、JWSTが観測するさまざまなLRDと比較し、どの程度の割合の天体が今回の仕組みで説明できるのかを確かめることが重要です。また、LRDが非常に明るく輝く銀河「クエーサー*6」に進化するかどうかも注目されています。そのためには、ブラックホール周辺から吹き出すガスのジェットや円盤風の効果、銀河規模で長く続くブラックホールへのガス供給を含めた計算によって、重い種ブラックホールが最終的に10億太陽質量を超える超大質量ブラックホールへ成長するかを、検証する必要があります。
このようにJWSTによる観測とアテルイⅢを用いた精密なシミュレーションを組み合わせることで、宇宙最初期の天体として観測される「小さな赤い点」と、現在の銀河中心にある超大質量ブラックホールをつなぐ進化の歴史が明らかになると期待されます。
発表論文
タイトル: Overmassive black holes and little red dots naturally form in simulations
著者:Sunmyon Chon et al.
掲載誌:Nature
DOI: 10.1038/s41586-026-10985-8
本研究で用いられた計算機について
用語集
1) ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)
NASA・ESA・CSAが共同で運用する、主鏡直径6.5メートルの赤外線宇宙望遠鏡です。2022年から本格観測を開始し、初期宇宙の銀河や恒星・惑星の形成過程の解明に貢献しています。
2) 原始銀河団
宇宙初期に銀河が密集している領域です。成長を続け、後の宇宙では多数の銀河からなる銀河団になると考えられています。
3) シミュレーションによって作られた模擬宇宙のデータ
本研究では、アテルイⅢの前世代機である「アテルイⅡ」(Cray XC50)を用いた大規模シミュレーションによって作成された模擬宇宙データ「Uchuu」が用いられました。詳細は2021年9月10日プレスリリース「世界最大規模の“模擬宇宙”を公開―宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて―」( https://www.cfca.nao.ac.jp/pr/20210910 )をご覧ください。
4) 暗黒物質
光を出したり反射したりしないため直接見ることはできず、現在でも正体が謎とされている物質です。その重力によって銀河や宇宙の構造の形成に大きな影響を与えていると考えられているます。これまでの観測から、宇宙の物質の大部分を占めると推定されています。
5) 超エディントン降着
ブラックホールが周囲のガスを、通常は強い光による押し返しのために取り込めないと考えられる量よりも多く吸い込む現象です。これにより、ブラックホールは非常に短い時間で急速に成長できると考えられています。
6) クエーサー
銀河の中心にある超大質量ブラックホールへ大量のガスが落ち込むことで、莫大なエネルギーを放射して非常に明るく輝く天体です。太陽を含む銀河全体に匹敵するほど明るく見えることもあり、宇宙で最も明るい天体の一つとして知られています。
関連リンク
国立天文台:謎の「小さく赤い点」の正体に迫る―ガスに包まれたブラックホールの急成長を再現―
神奈川大学:謎の「小さく赤い点」の正体に迫る ―ガスで包まれたブラックホールの急成長を再現― 工学部 平野信吾特別助教らの研究グループが発表
