国立天文台や東京大学の研究者らが参加する国際研究チームは,波長 3.5 ミリメートル帯で観測する地球規模の電波望遠鏡ネットワークを用いて,楕円銀河 M87 の中心部を詳しく観測しました.その結果,巨大ブラックホールの周囲に広がる降着円盤の撮影に初めて成功するとともに,ジェットの根元の構造をこれまでで最も高い視力で捉えました.本成果は,巨大ブラックホールに落ち込むガスから膨大な重力エネルギーが解放される現場を初めて直接的に捉えたもので,ブラックホールジェットの駆動メカニズムの解明を大きく前進させる成果です.詳しくは以下をご覧ください.
国立天文台プレスリリース:M87 巨大ブラックホールの降着円盤とジェットの同時撮影に初めて成功
EHT-Japan プレスリリース:M87 巨大ブラックホールの降着円盤とジェットの同時撮影に初めて成功
今回の観測では,波長 3.5 ミリメートルで測定されたリング構造の視直径が約 64 マイクロ秒角(0.017 後年に相当)となり,2019 年に EHT チームが発表した波長 1.3 ミリメートルの観測画像が示すリングのし直径よりも 1.5 倍ほど大きく,厚いリングであることが示唆されました.この厚いリング構造の起源を明らかにするために,コンピュータ・シミュレーションによる様々なシナリオの検証が行われました.その結果,波長 3.5 ミリメートルで撮影された大きなリングは,波長 1.3 ミリメートルで撮影された光子リングの周りに広がるガスが形作る「降着円盤」であると結論付けられました.さらに,本研究では M87 の中心部から噴出するジェットがこれまでで最も高い視力で撮影され,中心のリング状の構造につながる様子が捉えられました.
国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」も,今回の観測画像の検証に用いられた計算機の一つです.アテルイⅡでは,一般相対性理論の効果を取り入れて光の伝播の仕方を詳細に解く RAIKOU(来光)コードを用い,主にジェットの根元からの放射画像を検証する計算が行われました.
RAIKOU コードの開発とアテルイⅡでのシミュレーションを行った東京大学宇宙線研究所の川島朋尚 研究員は「数値シミュレーション結果との比較・検証から,降着円盤あるいは円盤風の電波画像が初めて捉えられたことがわかりました.これで相対論的ジェットの形成を明らかにする上で重要な要素が揃ったことになります」と本研究の意義を語ります.さらに川島氏は,「相対論的ジェットの形成機構は,発見から 100 年以上続く現在も大きな謎となっています.形成にはブラックホールのスピンと降着円盤で増幅された磁場が重要な役割を果たすと考えられていますが,まだわかっていません.今後,ブラックホールのごく近傍領域の降着円盤の数値シミュレーション研究と観測研究の連携によって,特にブラックホールのスピン値に制限をつけることで,相対論的ジェット形成の謎に迫りたいと思います」と今後の展望を述べています.
この研究成果は,Lu et al. “A ring-like accretion structure in M87 connecting its black hole and jet” として,英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年4月26日付で掲載されました.日本を含む16の国と地域,65の研究機関,100名超の研究者による国際共同研究成果です.
(2023 年 4 月 27 日 掲載)
【論文】
タイトル:A ring-like accretion structure in M87 connecting its black hole and jet
責任著者:Rusen Lu,浅田圭一,Thomas Krichbaum,秦和弘
掲載誌:Nature
DOI:10.1038/s41586-023-05843-w
【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】
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