【概要】
星は分子雲注1という低温で高密度の主に水素分子からなる星間ガスの中で生まれますが、多数の星が近くで同時に生まれると、星団注2と呼ばれる星の集まりとなります。星団は大質量星(太陽の約 8 倍以上重い星)を含むことが多く、大質量星が生まれる場所として注目されています。自らの重力によってガスが落ち込んでくるような巨大分子雲で星団や大質量星が生まれ、大質量星はやがて星の原料となる分子ガスを電離し、吹き飛ばし、星形成を終わらせます。オリオン大星雲は、このような過程が今まさに起こっている現場だと考えられています。
星団形成の様子は、近年、スーパーコンピュータを用いた数値シミュレーションによって解析が進められています。数値シミュレーションは、天体現象の時間進化を理解する上で重要な手法ですが、現在のスーパーコンピュータで行うことができる数値シミュレーションの正確さには限界があります。
東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授らは、独自に開発したシミュレーション手法を用い、これまでより星の運動を正確に解いた星団形成シミュレーションを行いました。その結果、星同士の重力相互作用によって大質量星が星団の中心から外縁部へと弾き出される時に、星団中心部分に集まる密度の高い分子雲の一方に穴を開け、星団の中心から一方向に広がる電離領域注3が作られました。また、ガイア衛星注4の観測データとの比較により、オリオン大星雲の大質量星の運動が、シミュレーションから予測されるものと一致していることを示しました。
本研究は「SIRIUS」プロジェクトの一環として、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」※を用いて行われました。今後は、この新規開発コードを用いたより大規模なシミュレーションを行い、未だ形成過程の解明されていない大質量星団の形成過程を明らかにしていくことが期待されます。
この研究成果は、M. Fujii et al. “SIRIUS Project. V. Formation of off-center ionized bubbles associated with Orion Nebula Cluster”として、英国の『王立天文学会誌』に2022年6月8日付で掲載されました。(2022年6月8日プレスリリース)
【詳細】
星は分子雲という低温で高密度の主に水素分子からなる星間ガス(分子ガス)の中で生まれます。分子雲の中でも特に自らの重力によってガスが落ち込んでくるような巨大分子雲では、星団と呼ばれる星の集団や太陽の約 8 倍以上の質量を持つ大質量星が生まれると考えられています。星団は、初めは分子雲の中に埋もれています。しかし、星団の中で大質量星は、やがて星の原料となる分子ガスを電離し、吹き飛ばし、星形成を終わらせます。そのため、大質量星が生まれる場所として星団は注目されています。オリオン大星雲は、このような過程が今まさに起こっている現場だと考えられています。
オリオン大星雲は複数の大質量星を含む星団を持ち、私たちから見て星団の奥側にはまだ分子雲が残って星形成を続けているものの、手前側は大質量星によって電離された電離領域が広がっています。また、地球から比較的近い距離にある星団であるため、その構造がよく調べられています。これまで、オリオン大星雲では、星団の中心にある最も重い星 θ1 Ori C が手前側の大きな電離領域を作っていると考えられていました。一方、近年の分子雲に埋もれた星団をモデル化した数値シミュレーションによる研究で、星団中心では分子ガスの密度が高く、大質量星が生まれてもすぐには大きく広がる電離領域を作れないが、大質量星の星団内での運動を正しく取り入れると、オリオン大星雲で見られるような、星団の外側に大きく広がる電離領域を作る可能性があるとわかってきました。
しかし、分子雲の中で星が徐々に作られていく星団形成シミュレーションで、このような過程が検証されたことはありませんでした。これまでの星団形成シミュレーションでは、星の軌道の計算において、近接遭遇した星の間に働く重力を実際より弱めて計算することで、計算コストを抑える手法が用いられてきました。このようなシミュレーションでは、中心からの星の弾き出しの様子をとらえることができませんでした。
本研究では、東京大学、神戸大学他で新しい星団形成シミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」を開発しました。このコードでは、星間ガスと星を一定時間の間分けて、異なる積分法で積分することによって、星間ガスが作る重力場の中での星の運動を、近接遭遇時に重力を弱める仮定を使わず高速に計算できるようになりました。このコードを用いて、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」で星団形成シミュレーションを実行しました。
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「ASURA+BRIDGE」を用いた星団形成シミュレーションで形成された星団(図1,動画)と、オリオン大星雲の中心部にある星団の星の空間分布、速度分布を比較しました。オリオン大星雲の星団は、地球から最も近い星団の一つで、個々の星の質量や位置や運動、星間ガスの分布がよく観測されています。そのため、シミュレーションとの詳細な比較が可能です。
その結果、オリオン大星雲にある大質量星の速度分布は、星団形成シミュレーションで示されたような、星団中心から弾き出された星と同じ分布をしていることがわかりました(図3)。これは、大質量星は星団の中心部、つまり、星の材料となる低温・高密度の分子ガスが多く存在する場所で生まれ、星同士の重力相互作用によって中心部から弾き出されているということを示しています。
実際、オリオン大星雲では中心から少し離れた場所に大質量星が存在しています。位置天文学衛星ガイアのデータとシミュレーションの結果から、θ2 Ori A という星は、50 万年程前に星団中心から弾き出され、今は、星団中心に戻っていく途中であると推定できました(図2b)。また、NU Ori(図2a 上部)も星団中心部から弾き出された星とみられる運動をしていることもわかりました。
このような星団中心から弾き出された星は、星団外縁部の分子ガスを電離し、星団を中心としない電離領域の形成に寄与します。オリオン大星雲では観測者から見て手前側に電離領域が開いている一方、奥側にはまだ分子雲が存在し、星形成を続けています。星団の中心部、分子雲の密度が高い部分で生まれた大質量星は、まず、星団の中心に小さな電離領域を作ります(図4)。大質量星が星団の外縁部を電離するためには、この中心を覆う分厚い分子雲に穴を開ける必要があります。今回のシミュレーションでは、星団中心で生まれた大質量星が、観測者から見て手前方向に飛び出した際に、中心部の高密度の分子雲に穴を開け、オリオン大星雲のように手前側に広がる電離領域を作る様子が見られました。これは、オリオン大星雲のような星団形成領域の電離の過程において、大質量星の運動が重要であることを示しています。
本研究のシミュレーションで再現されたオリオン大星雲の星団は、星団の中でも中規模の星団であり、より多くの星を含む大質量星団の形成過程については、まだ誰も星一つ一つの運動を再現したシミュレーションに成功していません。本研究で開発されたシミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」は、より大規模なシミュレーションにも対応しており、オリオン大星雲の 10 倍、100 倍の星を含む大質量星団の形成シミュレーションも可能です。本研究は、星団のみならず、より多くの星を含む銀河までも個々の星まで再現してシミュレーションする「SIRIUS プロジェクト」の一環です。今後は、より大規模なシミュレーションを行い、大質量星団や銀河の形成過程と、その中で大質量星の果たす役割を明らかにしていくことが期待されます。
【論文】
タイトル:SIRIUS Project. V. Formation of off-center ionized bubbles associated with Orion Nebula Cluster
著者:Michiko S. Fujii, Kohei Hattori, Long Wang, Yutaka Hirai, Jun Kumamoto, Yoshito Shimajiri, Takayuki R. Saitoh
掲載誌:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
DOI:10.1093/mnras/stac808
【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】
【用語解説】
注1)分子雲:主に水素分子からなる低温で高密度の星間ガス。分子雲の中で新しい恒星が生まれる。
注2)星団:数十から数百万個の星が互いの重力で束縛されて集まっている天体。
注3)電離領域:大質量星から放出された多量の電離光子(紫外線領域の光子)によって、星間ガスの主成分である水素が電離されている領域。図2a の写真で、赤~ピンクの明るい部分。
注4)ガイア衛星:星の正確な位置や速度を測ることを目的とし、2013 年にヨーロッパ宇宙機関によって打ち上げられた観測機。現在、18 億個以上の星について、観測データを公開している。地球を周回せずラグランジュ点で観測を行うため厳密には衛星ではないが、ここでは便宜上衛星と呼ぶことにする。
【研究プロジェクトについて】
研究チームウェブサイト:SIRIUS Project(英語のみ)
科研費「銀河シミュレーションで探る星団起源ブラックホール連星の宇宙史(課題番号:19H01933)」、「球状星団の元素組成異常の起源の解明(課題番号:21K03614)」他(課題番号: 20K14532, 21J00153, 21K03633, 21H04499)の支援により実施されました。また、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築」(JPMXP1020200109)および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)の一環として実施されたものです。
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【関連リンク】
- 研究チームウェブサイト:SIRIUS Project(英語のみ)
- 東京大学 プレスリリース:新しい高精度シミュレーションが明らかにした星団形成の現場
- 国立天文台プレスリリース:新しい高精度シミュレーションが明らかにした星団形成の現場