直角に折れ曲がるジェットが描き出す銀河団の磁場構造

【概要】

国立天文台,ノースウェスト大学(南アフリカ),東京大学宇宙線研究所,オランダ宇宙研究所,鹿児島大学,名古屋大学,九州大学,南アフリカ電波天文台,SKA機構などからなる国際研究チームは,はと座の方向6.4億光年の距離にある銀河団Abell 3376を,南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」を使って観測しました.この銀河団は,大小ふたつの銀河団が合体している現場で,この観測から銀河団の中心に位置する銀河から噴射されるジェットが,小さい銀河団の境界面で二手に折れ曲り,細くたなびくようすが初めて捉えられました.
この構造を作るメカニズムを解明するため,国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いたシミュレーションを実施しました.その結果,銀河団を包み込む磁場にジェットがぶつかることで二手に折れ曲り,折れ曲がった先から磁場に沿って細く伸びる構造を再現することに成功しました.
本研究によって,銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場が初めて捉えられました.ジェットの構造を詳細に調べることで,直接観測することが難しい磁場の構造を明らかにするという新しい手法が得られたことになります.
この研究成果はChibueze, Sakemi, Ohmura et al. “Jets from MRC 0600-399 bent by magnetic fields in the cluster Abell 3376 ” として,英国の科学雑誌『ネイチャー』に2021年5月6日掲載されました.(2021年5月6日プレスリリース)



図:本研究で観測された銀河MRC 0600-399 のジェットの姿(左)と,アテルイⅡによって計算された銀河ジェットと磁場の相互作用のシミュレーション(右).図の詳細は,図2と図3を参照.(クレジット:(右)Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature Fig. 1(b)より一部改変,(左)大村匠,町田真美,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)

【詳細】

宇宙では銀河は一様に分布しているのではなく,銀河どうしが100から数千個ほど群れ集まった「銀河団」を構成しています.この銀河団は,数千万度から約1億度もの高温のプラズマガス「銀河団ガス」で満たされていることが,エックス線観測から示唆されています.同時に,プラズマ中の高エネルギー粒子が磁場の周りを旋回運動する際に放射する電波も観測されることから,銀河団ガスは磁場を持つことが分かっています.銀河団は,銀河団どうしが衝突することで大きく成長していきますが,衝突を繰り返す過程で,揃った強い磁場が銀河団ガス中に作られていく場合があると考えられています.

はと座の方向6.4億光年先にある銀河団Abell 3376も,大小2つの銀河団の正面衝突が起こっている衝突銀河団の一つです.過去の観測から,小さい銀河団は西から東(右から左)に運動していることがわかっています.2つの銀河団にはそれぞれ温度の異なる銀河団ガスが付随し,小さい銀河団の冷たいガスが大きい銀河団の熱いガスを押しのけるように,整ったガスの境界面ができていることが知られています.この境界面を「コールドフロント」と呼びます.この大きな銀河団のガスに存在する磁場が小さな銀河団の表面に揃った磁場を作る事で,境界面を維持しているという説が最も有力ですが,磁場の構造に関しては詳しくは分かっていませんでした.

さらに,小さい銀河団の中心にはMRC 0600-399と呼ばれる銀河が存在し,過去の観測によって,この銀河の中心にある巨大ブラックホールから「ジェット」と呼ばれる高エネルギー流が噴出していることが知られていました.このジェットは,上下(南北)に差し渡しで約16万光年の距離に伸び,あるところから左向きに折れ曲がる不思議な形状をしている事がわかっていました.左側に移動する小さい銀河団は,大きい銀河団に付随する銀河団ガスを向かい風として左から右に受けることになります.一般的には銀河団ガスの風を受けるとジェットは風下に流れますが,MRC 0600-399のジェットは風上に向かって伸びる大変奇妙な形をしているのです.



図1:一般的に考えられている銀河団とジェットのたなびく向きの関係.オレンジの点線が実際に観測されたジェットの形を示しており,左から右に曲がった青い領域がこの小銀河団の運動によって折れ曲がる場合に予想される構造.紫の点線は小銀河団が右から左へ運動する際に形成されるコールドフロントを示している.(クレジット:国立天文台)

宇宙における磁場の構造や役割を観測と理論の両面から解明を目指す,国立天文台の酒見はる香 研究員(日本学術振興会特別研究員PD.論文採択時は九州大学大学院生),町田真美 准教授,赤堀卓也 特任研究員,ノースウェスト大学(南アフリカ)のジェームズ・チブエゼ 准教授らによる国際研究チームは,南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」(MeerKAT,注1)を用い,周波数1.28 GHzの電波で銀河団Abell 3376の中心領域を観測しました.この周波数では,プラズマ中の高エネルギー粒子が磁場に沿って旋回運動するときに放射される電波を観測することができます.この観測によって,銀河団Abell 3376の中心に位置するMRC 0600-399のジェットの細かい様子までかつて無いほど高精度に描き出すことに成功しました.観測をリードしたチブエゼ氏は「もともとは,銀河団Abell 3376の広範囲な磁場構造を調べる目的の観測でした.しかし,ミーアキャットの高い感度によって,銀河団の中心に位置していたMRC 0600-399に,予想外の構造が見つかったのです.そこでまず私たちは,この銀河を詳細に調べることにしました」と述べています.

この観測から,上下に伸びる2本のジェットのうち特に上に伸びたジェットの折れ曲がる位置が,コールドフロントの位置と一致していることが明らかになりました.さらに,非常に細く絞られたジェットが風上となる左側に約30万光年も伸びている事に加えて,風下となる右側にもジェットが伸びていたのです.「銀河団の運動によって受ける風でジェットが折れ曲がる場合は,向かい風の方向にはジェットは伸びません.また,向かい風を受けて折れ曲がるジェットは銀河団ガスと混ざり合い,一般的には太くなる傾向がありますが,今回観測されたジェットは折れ曲がった後も細く絞られた構造を維持しています.これまで知られていた構造とは明らかに異なるジェットの姿に大変驚きました」とデータ解析で中心的役割をになった酒見氏は語ります.研究チームは,この両側に曲がったジェットを両鎌に見立て,「両鎌(ダブルサイス)構造」と名付けました.



図2:電波干渉計ミーアキャットで観測された銀河MRC 0600-399 のジェットの姿.x印のところにブラックホールが存在し,そこから上下にジェットが吹き出している.ジェットは,途中で左右に折れ曲がり,特に左側に細長く伸びた構造を持っている.過去の観測との比較から,上に伸びたジェットは,コールドフロントの位置で折れ曲がっていることがわかった.(クレジット:Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature Fig. 1(b)より一部改変)[文字入り, png, 224 KB][文字なし, png, 414 KB]

銀河団から受ける風と逆向きにジェットが細く伸びるメカニズムの解明のため,研究チームは,国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」(注2)を用いた3次元磁気流体シミュレーションを行いました.研究チームは,コールドフロントに沿った磁場がジェットの運動を妨げているのではないかと考え,コールドフロントを模したアーチ状の磁場とジェットがどのように相互作用するのかを数値計算で確かめました.その結果,コールドフロントの位置でジェットが磁場とぶつかった後,ジェットが折れ曲がる様子が再現されました.計算を行った東京大学宇宙線研究所の大村匠 研究員(論文採択時は九州大学大学院生,日本学術振興会特別研究員)は次のように語ります.「私たちの計算によって,コールドフロントの位置に揃った磁場が存在する可能性が示されました.アーチ状の磁場を作る磁力線はゴム紐のように振る舞います.ジェットがぶつかり変形を受けた磁力線が縮もうとする力によってジェットの進行方向が曲げられ,コールドフロントに沿ってジェットが流されていると解釈することができます.」

本研究が提唱するシナリオでは,ジェットはコールドフロントに沿った磁力線に沿って伸びるため,曲がった後のジェットが細く絞られた状態で伸びるという特徴を説明することが可能です.さらに、上下に噴出するジェットの電波強度が途中で弱くなり,ジェットの折れ曲がりの位置で再度強くなるという観測的特徴が,このシミュレーションにおいても再現されました.このように観測の様々な特徴を再現することから,コールドフロントの磁場によってジェットが曲げられていることが強く示唆されます.

動画・図3:(動画・左図)スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」による,ジェットと銀河団磁場の相互作用の3次元磁気流体シミュレーション.オレンジから青の部分はガスの速度を表し,オレンジ色であるほど速度が速い.黄色い線は磁力線を表している.まっすぐに進んだジェットはアーチ型の磁場にぶつかる事で,ジェットの進む向きを磁力線の方向に徐々に変えていく.ジェットの内側のガスは様々な向きに運動しているため,最初は揃っていた磁場も複雑に絡まり合う.磁力線に沿ってジェットが伝わる際に,ジェットが上向きに進む力が少し残っているために,左右に伸びた磁力線がジェットによって持ち上げられる様子が見て取れる.この磁力線が持ち上がった部分が,折れ曲がったジェットの先端になる.(クレジット:大村匠,町田真美,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)[フルバージョン, mp4, 241 MB][ショートバージョン, mp4, 81 MB]

(右図)本研究が提唱するシナリオの模式図.小さな銀河団は右から左へ運動している.そのため,小さな銀河団は左から右へ風を受けている状態である.この時,小さな銀河団と大きな銀河団の境界であるコールドフロントには,大きな銀河団の磁場が掃き集められて,小さい銀河団を磁力線が包み込む(図中の茶色の曲線).MRC0600-399から上下に噴出したジェットがコールドフロントの磁力線とぶつかると,磁場の力によってジェットの進行方向を変え,ジェットは磁場に沿って伝わる.今回の数値計算では,ジェットが磁場に沿って進む様子のみを再現している.実際には,ジェットの中で作られた超高速粒子が更に磁力線を伝わっていく事で,より長く電波で明るく光る構造を作っていると考えている.(クレジット:Chibueze, Sakemi, Ohmura et al. (2021) Nature Fig. 4より一部改変)

本研究は,銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場をとらえた初めて成果です.研究の総括をおこなった町田氏は「ジェットの伝搬の様子を調べる事によって、直接観測が難しい銀河団の磁場構造を知る事が可能であるという、新しい切り口を手に入れました.いよいよ建設の始まるスクエア・キローメーター・アレイ(Square Kilometre Array:SKA)計画などの大型電波干渉計によって,今後も同様の現象が次々と発見されると期待しています.銀河団から活動銀河核への物質の供給機構や,その中での磁場の役割など、ジェットと銀河団全体の関係などを明らかにしていく予定です」と述べています.

この研究成果はChibueze, Sakemi, Ohmura et al. “Jets from MRC0600-399 bent by magnetic fields in the cluster Abell 3376”として,英国の科学雑誌『ネイチャー』に2021年5月6日掲載されました.

本研究は,文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(20J13339, 20J12591, 19K03916, 17H01110, 19H05076)の支援を受けて行われました.

【解説動画】

解説動画:シミュレーションを担当した東京大学宇宙線研究所 大村匠 研究員による解説動画.(クレジット:国立天文台)

解説動画:本研究をリードした3名の研究者による研究解説映像(クレジット:国立天文台)




(左)ジェームズ・チブエゼ:鹿児島大学で学位を取得し,南アフリカのノースウェスト大学で准教授をつとめる.学生時代には,鹿児島市長から鹿児島市フレンドシップパートナーに任命される.本研究では観測をリードした.
(中央)酒見はる香:国立天文台に所属する日本学術振興会特別研究員PD.2021年3月,九州大学大学院にて博士過程を修了.本研究では観測データの解析で中心的役割を担った.
(右)大村匠:東京大学宇宙線研究所で研究員をつとめる.2021年3月,九州大学大学院にて博士過程を修了.本研究ではアテルイⅡを用いたシミュレーションを行った.

【論文】

タイトル:“Jets from MRC0600-399 bent by magnetic fields in the cluster Abell 3376”
著者:Chibueze, Sakemi, Ohmura et al.
掲載誌:Nature
DOI:10.1038/s41586-021-03434-1

【注釈】

(注1) 電波望遠鏡「ミーアキャット」:南アフリカ電波天文台が運用する電波望遠鏡で,南アフリカ共和国のカルー砂漠に設置された64台のアンテナをつないで干渉計として用いることで観測をしている.1台の直径は13.5メートルで,これらのアンテナを8 キロメートルの範囲に配置することで,直径8キロメートルの望遠鏡と同じ分解能で観測することが可能となる.

(注2) 天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」:国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する,シミュレーション天文学専用のスーパーコンピュータ.岩手県奥州市の国立天文台水沢キャンパスに設置され,3.087 ペタフロップス( 1 秒間に約 3000 兆回の浮動小数点演算を行う)の理論演算性能をほこる.

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