宇宙空間でイオンが電子より高温になる理由を解明―プラズマ中の“音波”がイオンを選択的に加熱―

【概要】

 東北大学学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教(大学院理学研究科兼任)を中心とした国際チームは,国立天文台の「アテルイⅡ」をはじめ複数のスーパーコンピュータ用いたシミュレーションによって,太陽風やブラックホール降着円盤を構成する宇宙プラズマ中のイオンが電子よりも高温となるメカニズムの解明に成功しました.宇宙プラズマの乱流中には縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎが存在していますが,これまで行われてきた横波的ゆらぎのみを考慮した研究では,イオンが高温となるような理由を必ずしも説明できませんでした.本研究では,世界で初めて縦波的ゆらぎを含む無衝突乱流を計算し,イオンが縦波的ゆらぎのエネルギーを選択的に吸収することで電子より高温になることを突き止めました.この結果は,2019年に公開されたイベント・ホライズン・テレスコープによるブラックホールの影の撮像結果を解析する際にも重要となります.

 本研究の成果は,2020年12月11日に発行された米国の科学雑誌「Physical Review X」に掲載されました.(2020年12月15日プレスリリース)



図1:本研究の概念図.降着円盤や太陽風の中で,プラズマを構成しているイオンと電子が乱流によって加熱される.(クレジット:川面洋平)

【詳細】

 宇宙に存在する物質のうち,ダークマター以外の「目に見える」物質の99パーセントはプラズマ(注1)状態にあると考えられています.そのため,プラズマの持つ性質を知ることは様々な天体現象を理解する上で重要です.プラズマが重要となる天体現象の代表例としては,太陽から吹き出る太陽風(注2)やブラックホールを取り巻く降着円盤(注3)などが挙げられます.しかし,これらの天体におけるプラズマの物理的性質には未解明な点が多く存在しています.その一つがイオンと電子の温度差です.天体プラズマは高温で希薄なため,粒子の間の衝突がほとんど存在しません.この様な状態を無衝突状態と呼びます.無衝突状態では,プラズマを構成するイオンと電子の間に直接的な相互作用が存在しません.そのため,イオンと電子は異なった温度を取ることが可能です.これは私達の身の回りではなかなか見られない特徴です.例えば,熱いコーヒーに冷たいミルクを注げば,あっという間にコーヒーとミルクは同じ温度になります.しかし天体プラズマではイオンと電子は異なった温度を維持しています.実際に,人工衛星による太陽風の観測や降着円盤の理論モデルから,これらの天体現象ではイオンの方が電子より遥かに高温になっていることが知られていました.しかし,なぜイオンが電子より高温になるのか?この疑問の答えは長年の未解決問題でした.その答えを得るためには無衝突プラズマの基礎性質を深く理解する必要があります.

 今回,東北大学学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教を中心にオックスフォード大学,プリンストン大学,カリフォルニア大学バークレー校,アリゾナ大学,メリーランド大学の研究者で構成される国際研究チームは,スーパーコンピュータを用いて無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行い,イオンと電子がどのように乱流によって加熱されるかを調査し,この長年の問題を解決しました.無衝突プラズマでは,私達が身の回りの水や空気の流れを調べる際に使う流体力学モデルを使うことが出来ません.そのため運動論と呼ばれる第一原理モデルを使う必要があります.しかし,運動論は流体力学より遥かに複雑なモデルです.そこで,研究チームは磁場閉じ込め核融合の研究で用いられているジャイロ運動論(注4)というモデルを用いて無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行いました.ジャイロ運動論は,乱流の持つ様々なゆらぎのうち,ゆっくりとした変動にのみフォーカスすることで,本来の運動論よりもシミュレーションにかかる数値コストを大幅に下げることが可能になります.研究チームはこの「核融合のモデルを天文学へ応用するという学際研究」によって,天体プラズマの未解決問題を解き明かすことに成功しました.このシミュレーションには,国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」並びにイギリス,イタリアにあるスーパーコンピュータが用いられました.

 プラズマの乱流の中には横波的ゆらぎと縦波的(注5)ゆらぎが存在します.横波的ゆらぎとは磁力線が弦のように振動するものです.一方,縦波的ゆらぎとは音波のように密度や磁場の強度が振動するものです.これまで行われてきた無衝突プラズマ乱流の研究では,横波的ゆらぎのみが存在する状況が想定されてきました.横波的ゆらぎのみが存在するときは,イオンが選択的に加熱される可能性と電子が選択的に加熱される可能性のどちらもあり得ました.本研究では,世界で初めて縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎが共存するという,現実の天体現象により近い状況で無衝突プラズマ乱流のシミュレーションを行いました.その結果,イオンは縦波的ゆらぎの持つエネルギーを電子より効率よく吸い取るため,あらゆる状況でイオンは電子より強く加熱されることが明らかになりました.



図2:大規模数値シミュレーションによって得られたイオンと電子の加熱比と,縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎの比の関係性.横軸の値が大きいほど縦波的成分が増大する.一方,縦軸の値が大きいほどイオンの加熱が増大し,1を超えるとイオン加熱の方が電子加熱より大きくなる.マーカーの色はプラズマの圧力と磁場の圧力の比βiに対応し,βiが小さいほどより強磁場になる.いずれのβiに対しても,イオンと電子の加熱比は,縦波と横波の比の増加関数であるため,縦波的ゆらぎがイオンを選択的に加熱していることを示している.(Kawazura et al. (2020) Physical Review Xを改変,© 2020 The American Physical Society)

 この発見は,さまざまな天体現象でイオンが電子より高温である事実を説明できるものです.特に,2019年公開されたイベント・ホライズン・テレスコープ(注6)によるブラックホールの影の撮像結果を解析する際に,イオンが電子に比べどれくらい強く加熱されるかという情報が必要になります.そのため,本研究の結果は降着円盤の観測結果をより精度良く理解するために重要な成果と言うことができます.

 本研究成果をまとめた論文は,2020年12月11日に発行された米国の科学雑誌「Physical Review X」に掲載されました.本研究は JSPS 科研費 19K23451 および 20K14509 の助成を受けたものです.

【注釈】

(注1)太陽風
コロナと呼ばれる太陽の上層大気から吹き出すプラズマの風.地球ではオーロラや磁気嵐が太陽風によって引き起こされる.

(注2)降着円盤
ブラックホールや中性子星などの大質量星や誕生したばかりの若い恒星の周りを回転しながら中心に落下する円盤状のプラズマの流れ.プラズマは円盤中で乱流状態になっており,中心に向かって落ち込むにつれて高温に加熱される.

(注3)プラズマ
プラスの電荷を帯びたイオンとマイナスの電気を帯びた電子で構成されるガス.個体,液体,気体に続く物質の第4の状態.宇宙に存在するダークマター以外の「目に見える」物質の99%はプラズマ状態にあると考えられている.

(注4)ジャイロ運動論
イオンや電子が磁力線の周りを旋回する高速な運動を平均化し,ゆっくりとした運動のみを解く手法.磁場閉じ込め核融合の研究において広く使われている.小さいスケールにおいては乱流の運動はイオンや電子の旋回運動より遅くなるという理論予測や,太陽風の乱流には速い変動がほとんど存在しないという人工衛星による観測事実に基づき,ゆっくりとした運動に着目するジャイロ運動論を採用した.

(注5)縦波・横波
波の進む方向と媒質の振動方向が平行であるものを縦波と呼ぶ.縦波の例である音波では,密度の変動方向が波の進む方向と平行になっている.プラズマ中では密度だけでなく磁場強度の変動も縦波になる.一方横波では波の進む方向と媒質の振動の方向が垂直になる.横波の例は弦の振動である.プラズマでは磁力線の振動が横波になる.

(注6)イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)
地球上に点在する電波望遠鏡を組み合わせることで地球サイズの仮想的な超巨大望遠鏡を作る国際プロジェクト.2019年,M87銀河中心の巨大ブラックホールの姿を明らかにした.EHTの観測結果からブラックホールの質量や自転の情報を導くには,シミュレーションで観測された放射分布を再現する必要がある.しかし,EHTの観測で見えるのは電子からの放射のみである一方,シミュレーションからはイオンと電子の平均温度しか計算することができない.そのため,これまでの解析ではイオンと電子の温度比を仮定することで電子の温度を見積もっていた.これに対し,本研究によって導かれるイオンと電子の比を使うことで電子の温度を仮定なしに決めることが可能となり,EHTの観測結果からブラックホールの質量や自転についてより正確な情報を得られるようになる.

【論文について】

題名:Ion versus Electron Heating in Compressively Driven Astrophysical Gyrokinetic Turbulence
掲載誌:Physical Review X
著者:川面洋平(東北大学),Alexander A. Schekochihin,Michael Barnes,Jason M. TenBarge,Yuguang Tong,Kristopher G. Klein,and William Dorland
DOI:10.1103/PhysRevx.10.041050

【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

川面氏が行った無衝突プラズマ乱流のシミュレーションには,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が使用されました.アテルイⅡは,2018年6月からアテルイの後継機として国立天文台水沢キャンパスで運用されているシステムで,理論演算性能は 3.087 Pflops をほこります.(クレジット:国立天文台)

【画像の利用について】

【関連リンク】