ガニメデ表面に太陽系最大の衝突クレーターを発見

概要

 神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻の平田直之助教,大槻圭史教授,大島商船高等専門学校の末次竜講師からなる研究グループは,ボイジャー1号・2号とガリレオ探査機の撮影した画像を詳細に再解析し,木星衛星ガニメデに残る非常に古い溝状地形の方向分布を調べました.その結果,溝状の地形がある点を中心に,ほぼ衛星全体にわたって同心円状に分布していることを発見しました.これは,この地形が衛星全体におよぶ巨大な一つのクレーターの一部であることを示しています.さらに,国立天文台が運用する「計算サーバ」を用いたコンピュータ・シミュレーションにより,この巨大クレーターは半径150 kmの小惑星が衝突した痕跡と考えられることを明らかにしました.これは,太陽系で最大規模の衝突の痕跡です.
 ガニメデは,欧州宇宙機関(ESA)が推進し日本も参加する木星氷衛星探査計画(JUICE計画)の探査目標です.この探査により本研究の結果が検証でき,木星の衛星系の形成と進化の解明が進むと期待されます.
 この研究成果は,米国の国際惑星科学誌『イカルス』オンライン版に2020年7月15日に掲載されました.(2020年7月27日 プレスリリース)



図1:4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」で再現した木星(左側)と衛星ガニメデ(右側).ガニメデ表面の暗い色の領域には,平行に走る溝状の構造「ファロウ」が見える.(クレジット:加藤恒彦,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
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詳細

 木星の衛星ガニメデは太陽系最大の衛星で,水星や冥王星よりも大きな天体です.ガニメデの誕生や進化を解明することは,木星の衛星系の形成を理解するだけでなく,太陽系全体の歴史を知ることにもつながると考えられます.これまでガニメデには,1979年にアメリカ航空宇宙局(NASA)の惑星探査機ボイジャー1号が,1980年にボイジャー2号が接近し,その地表面の撮影をしました.さらに,1995年から2003年にかけて木星を周回したNASAの探査機ガリレオも,ガニメデの画像データを数多く取得しました.

 これらの観測画像から,ガニメデの表面には暗い色の領域と明るい色の領域が存在することがわかっています.暗い色の領域には多くのクレーターが残っており,明るい領域よりも古い地面であると考えられています.さらに,暗い領域にはクレーターの他に,「ファロウ」と呼ばれる溝状の地形が存在しています.ファロウの上に多くの衝突クレーターが後から形成されていることから,ファロウはガニメデで最も古い地形であると考えられてきました.



図2:ボイジャー2号(左側)とガリレオ(右側)によって撮影されたガニメデの地表面の様子.暗い領域と明るい領域が認められ,そのうち暗い領域に平行な溝状の構造「ファロウ」が存在している.(クレジット:NASA)
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 神戸大学の平田直之助教らの研究グループはこのファロウに着目し,過去の探査画像を詳細に再解析することで,ガニメデの歴史の復元を試みました.その結果,ファロウがある一点を中心に同心円状に分布し,ガニメデ全体におよぶ巨大な多重リングを形作っていることを初めて明らかにしました.このことから,表面に明るい領域が形成される以前のガニメデに,衛星表面全体に多重リングクレーターが存在していたことが示唆されます.類似の構造が,同じく木星の衛星であるカリストの表面に残っており,ヴァルハラクレーターとして知られています.しかし,これまで太陽系最大の多重リングクレーターとされてきたヴァルハラクレーターの半径は約1900 kmに過ぎず,今回新たに発見したガニメデ表面の半径7800 kmの巨大クレーターは,太陽系最大規模の衝突クレーターとなります.



図3:(上図)南緯20度,西経180度を中心とする,正距方位図法でみたガニメデ表面の暗い領域とファロウ(黄色線で示している).(下図)北緯20度,西経0度を中心とする正距方位図法でみたガニメデ表面.上図の反対側の半球を示している.白塗りの領域は明るい領域を示している.(クレジット:NASA)
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 研究チームは,この巨大クレーターを形成した天体衝突の規模を推定するために,国立天文台が運用する「計算サーバ」を用いたシミュレーションを行いました.その結果,氷を主成分とした半径150 kmほどの小惑星が秒速20 kmの速度で衝突したと考えれば,観測されている構造を説明できることがわかりました.このような衝突は40億年以上前に起こっただろうと考えられています.シミュレーションは大島商船高等専門学校の末次竜講師によって行われました.

 このような大規模な衝突の痕跡がガニメデに残っていることは,ガニメデの形成や進化の歴史の重要な示唆を与えます.例えば,ガニメデの内部は岩石と鉄と氷が分化した層構造を持っていると考えられています.このような分化を起こすには大量の熱が必要ですが,今回明らかになった天体衝突が熱源となった可能性があります.


図4・動画: 半径150 kmの小惑星が秒速20 kmでガニメデに衝突したと仮定した天体衝突シミュレーション.激しい衝突によってガニメデ表面の半径1000 kmほどが溶け,さらに溶けたものが周りに広がる様子が見られる.本研究でガニメデに発見された多重リングクレーターの中心には,ファロウが目立たない領域がある.これは,ファロウを作り出した天体衝突によって,ガニメデ表面が溶けた部分であると考えられており,その大きさはシミュレーションとよく一致する.12000秒で距離0 kmの位置で物質が垂直に切り立っている部分は計算の境界条件によるものであり,本研究の結論には影響しないことが検証で明らかになっている.(クレジット:Hirata et al, 2020)
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 本研究の発見は,2030年代に予定されているガニメデの探査計画においても重要な意味を持ちます.欧州宇宙機関(ESA)の木星氷衛星探査計画(JUICE)では,可視分光映像カメラや,国立天文台が開発に参加するレーザ高度計(GALA)によって,ガニメデの地形が詳細に調査されます.このような探査によって多重リング構造の解析を進めることで,本研究の結果を検証できると考えられます.なお,レーザ高度計はドイツ航空宇宙センターが中心となり,スイスやスペイン,日本からはJAXA,千葉工業大学,大阪大学,国立天文台などが開発に携わっています.

本研究成果は,Hirata et al. "A global system of furrows on Ganymede indicative of their creation in a single impact event" として,米国の国際惑星科学誌『イカルス』オンライン版に2020年7月15日に掲載されました.また,この研究は,日本学術振興会科学研究費補助金(JP15H03716,JP15H03716,20K14538,20H04614),および公益財団法人ひょうご科学技術協会学術助成事業の支援を受けて行われました.

論文について

題名:"A global system of furrows on Ganymede indicative of their creation in a single impact event"
掲載誌:Icarus
著者:Naoyuki Hirata, Ryo Suetsugu, Keiji Ohtsuki
DOI:10.1016/j.icarus.2020.113941

本研究で使用されたコンピュータについて

本研究で実施された天体衝突シミュレーションは,国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する共同利用計算機の一つである「計算サーバ」が使用されました.このシステムは,各々のモデル計算は小規模ながらも長い計算時間を必要とするシミュレーションや,超大型のスーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算に用いられています.2020年5月時点のシステム規模は240ノード,1344コアです.(画像クレジット:国立天文台)

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