巨大ブラックホールの種になる星たち―大規模シミュレーションが描く新しい形成メカニズム

【概要】

東北大学大学院理学研究科の鄭昇明 研究員(日本学術振興会特別研究員)と大向一行 教授は、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションにより、銀河中心に存在する巨大ブラックホールの起源に対する新説を提唱しました。従来の説では、水素とヘリウムからなる始原ガスからのブラックホールの種の形成が考えられていました。この説では、宇宙初期に存在する一部の巨大ブラックホールの起源は説明できるものの、銀河中心に位置するような巨大ブラックホールの数を説明することができませんでした。しかし、今回のシミュレーションは、重元素を少量含んだガスからの星形成時でも、小さい星が大きい星へ合体することで、巨大ブラックホールの種となる巨大星の形成も可能であることを示しました。これにより巨大ブラックホールの起源を統一的に説明できる可能性が開けました。本成果は、『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』オンライン版に2020年4月4日に掲載、また2020年5月号に掲載されました。(2020年6月2日 プレスリリース)



図1:本研究が明らかにしたブラックホールの種となる巨大星形成の想像図(クレジット:国立天文台)
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【詳細】

 我々の住む銀河系をはじめとして、ほとんどの銀河の中心には巨大ブラックホールが存在すると考えられています。その質量は非常に大きく、時に太陽の100億倍にも達することもあります。このような天体がいつ、どのようにして形成されたのかは未だわかっておらず、天文学における大きな謎です。巨大ブラックホールの起源の一つとして注目されているのが、巨大ガス雲が一気に収縮して太陽の10万倍から100万倍の質量を持つ巨大な星を作る過程です。このような重い星は進化の末にブラックホールへと姿を変えます。その後、強大な重力により周囲のガスを吸い込むことで、巨大ブラックホールに成長することが期待されています。

 従来の理論では、ビッグバン直後のわずか数億年という限られた時期にのみ存在する水素とヘリウムからなる始原ガスで、このような巨大星が生まれると考えられていました。このようなガス雲が周囲で形成された他の星々や銀河から放たれる非常に強い紫外線にさらされた場合には、ガス雲は自らの重力で一気に潰れることで単一の重い星が生まれることが知られていました。この理論は、宇宙の初期に稀に存在する巨大ブラックホールの起源を説明することができます。しかし、このような特殊な環境でしか起こらない星形成だけでは、観測されているすべての巨大ブラックホールの起源を説明することはできませんでした。これより後の時代には、宇宙に存在するガスは超新星爆発により撒き散らされた炭素や酸素などの重元素に汚染されてしまいます。重元素が含まれるガスは効率よくエネルギーを失い激しく分裂することが予測されるため、単一の重い星を形成することは困難と考えられてきました。さらに、このように激しく分裂するガスからの星の誕生を調べるには、詳細なコンピュータ・シミュレーションが必要です。しかし、これまでのコンピュータの性能では十分な計算を行うことが難しく、ガスが分裂した後の進化はよくわかっていませんでした。

 しかし鄭氏らは、少量の重元素を含んだガス雲からの巨大ブラックホールの種となる巨大星が形成される可能性を確かめる必要があると考えました。「分裂したガス同士がその後の進化で合体し、巨大星を形成するかもしれないと予想しました」と鄭氏は述べます。研究チームは、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用い、大規模な数値シミュレーションを行いました。アテルイⅡの性能によって、分裂するガス雲を高解像度の3次元空間で計算し、長時間の変化を観察することができるようになったのです。この計算の結果、従来の予想に反して重元素が存在する環境下においても巨大星が形成されうることがわかりました。これは重元素の存在によってガス雲は激しく分裂するものの、依然としてガス雲の中心への激しいガスの流れが存在するためです(図1、動画)。さらに、分裂により小さい星は多数形成されるものの、それらの多くはガス雲の中心へ向かう激しいガスの流れに引きずられることで、中心付近に形成された重い星と衝突・合体してしまいます。このようにして重い星が効率よく成長し、太陽の1万倍という質量の巨大星が形成可能であることを発見しました(図2)。「重元素を含むガス雲からこれほど大きいブラックホールの種の形成を示したのは、本研究が初めてです。この巨大星はさらに成長を続けることで、巨大ブラックホールに進化すると考えています」と鄭氏は語ります。



図2:ブラックホール形成時における宇宙における物質分布(背景)とブラックホールを生み出すガス雲の密度分布(手前)のシミュレーション結果。下図において中心付近にある黒い点は巨大星を表しており、やがてブラックホールに進化すると考えられる。白い点は小さな星を表しており、ガス雲の激しい分裂により形成された。小さな星の多くは中心の巨大星と合体し、それによって巨大星の質量は効率よく成長できる。(クレジット:Sunmyon Chon)
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動画:図2の下図のシミュレーションの動画。図2と同様に、黒い点は巨大星を、白い点は質量の小さな星を表している。ガス雲の中心で巨大星が形成される一方、周囲の激しく分裂するガスから多くの小さな星が誕生し、その多くがガスの流れにのって小さな星が巨大星に衝突・合体する様子が見て取れる。(クレジット:Sunmyon Chon)
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図3:重元素を含むガス雲で形成される星の質量分布。今回は最初に星が形成されてから、およそ1万年間の進化を計算した。炭素や酸素などの重元素の存在によりガス雲が激しく分裂することで、太陽質量付近にピークを持つ分布が存在する。一方で、太陽の1万倍の質量を持つ巨大星も同時に形成される。この巨大星はさらに質量成長し、最終的に重いブラックホールに進化すると考えられる。(クレジット:Sunmyon Chon)
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このように本研究で提唱された巨大ブラックホールの形成モデルは、従来の宇宙初期に限ったモデルに比べてより一般的な環境下で実現可能です。大向氏は「我々が発見したモデルは、すでに重元素がまき散らされた宇宙初期の銀河においても巨大ブラックホールを形成することができ、従来モデルに比べてはるかに多い数のブラックホールの起源を説明することが可能です。銀河系中心のブラックホールを含む巨大ブラックホールの普遍的な起源の解明に近づいたと考えています」と研究の意義を述べています。

 この研究成果は,Chon and Omukai "Supermassive star formation via super competitive accretion in slightly metal-enriched clouds" として『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』オンライン版に2020年4月4日に,また2020年5月号に掲載されました.この研究は,日本学術振興会科学研究費補助金(No.19J00324,17H06360, 17H01102, 17H02869)の支援を受けて行われました.


【論文について】

題名:Supermassive star formation via super competitive accretion in slightly metal-enriched clouds
掲載誌:Monthly Notices of the Royal Astronomical Society
著者:鄭昇明(東北大学),大向一行(東北大学)
DOI:10.1093/mnras/staa863


【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

鄭氏が行ったシミュレーションには国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が使用されました.アテルイⅡは,2018年6月からアテルイの後継機として国立天文台水沢キャンパスで運用されているシステムで,理論演算性能は 3.087 Pflops をほこります.(クレジット:国立天文台)


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