地球規模の望遠鏡とスーパーコンピュータで,ブラックホールの素顔にせまる

ブラックホールを画像として捉えること,それは天文学における究極の目標の一つです.イベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope,以下EHT)は,ブラックホールの姿を捉えるべく世界中の8か所の電波望遠鏡をつないだ,いわば地球サイズの望遠鏡です.2017年から始まったこの観測の初めての結果が,このたび公開されました.地球から5500万光年離れた楕円銀河M87の中心に存在する巨大ブラックホールが作り出す「ブラックホールシャドウ」と呼ばれる黒い影とその周辺の「光子リング」をEHTは描き出しました.観測の詳細については国立天文台プレスリリース「史上初、ブラックホールの撮影に成功―地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る」をご覧ください.



図1:イベント・ホライズン・テレスコープで撮影された,銀河M87中心の巨大ブラックホールシャドウ.リング状の明るい部分の大きさはおよそ40マイクロ秒角であり,月面に置いた野球のボールを地球から見た時の大きさに相当する.
Credit: EHT Collaboration
ダウンロード:[大きいサイズ (JPG, 643 KB)],[小さいサイズ (JPG, 45 KB)

では,撮影されたブラックホールシャドウや光子リングの画像から,どのようなことがわかるのでしょうか?ブラックホールの周りでは,その強い重力によって時空間がゆがみます.このとき,ブラックホールが自転をしていると,自転をする方向に時空間のゆがみが引きずられることで,ブラックホールシャドウや光子リングは非対称な構造を示します.撮影されたブラックホールシャドウと光子リングの大きさやリングの明るさの分布を調べることで,ブラックホールの質量や自転の向きなどの見積もることができます.

今回発表されたEHTの結果がまとめられた6編の論文のうち5番目の論文では,EHTの理論・シミュレーションワーキンググループにより,観測されたブラックホールの質量や自転が議論されました.スーパーコンピュータによっていくつかのモデルがシミュレーションされ,観測画像との比較や検証が行われました.その結果,今回観測されたM87のブラックホールの質量が太陽の65億倍であることが確かめられ,さらには地球から見て南側が私たちに向かって来るような方向に自転していることが強く示唆されました.ブラックホールの自転の方向に関する情報が得られたのは,今回が初めてのことです.



図2:観測されたブラックホール・シャドウの画像(左)と,シミュレーションによって描いたもの(中央),シミュレーションの結果を観測の解像度に合わせたもの(右).このシミュレーションは,ワーキンググループが行った計算の一例であり,その計算にはアテルイ以外の計算機が用いられている.
クレジット:The EHT collaboration, (2019) Astrophysical Journal Letters
ダウンロード:[大きいサイズ (PNG, 2.21 MB)],[小さいサイズ (PNG, 814 KB)]

このEHTの理論・シミュレーションワーキンググループの一員として,国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの川島朋尚特任助教が参加しました.川島氏は,ワーキンググループが行ったシミュレーションの一部について,一般相対論の効果を取り入れた光の伝搬を計算するプログラム開発とその検証,さらに観測との比較を行いました.今回の研究と並行して,川島氏を含む日本と台湾の理論・シミュレーションチームは,ブラックホール周辺のより詳細な構造を考慮したシミュレーションを行っています.その結果はこの度出版された論文で今後のブラックホールシャドウ研究の重要課題として位置づけられています.「今回のEHTによる観測とこれを受けて実施された大規模な数値シミュレーションにより,M87に回転する巨大ブラックホールが存在することを示す強い証拠を得ることができました.さらに,東アジアのVLBI観測グループによる観測から,M87のブラックホールはジェットを噴出していることがわかっています.今後,私は共同研究者と共に,今回のブラックホールシャドウの画像とM87のジェットの観測画像を同時に説明できる理論モデルの構築を進めていくことで、ブラックホールの自転の速さの謎に迫りたいと考えています.」と川島氏は本研究の意義と今後の展開について述べています.



図3:(上段)シミュレーションによるM87のブラックホール・シャドウ(左,波長 1.3 mm)とジェット(右,波長 3.5 mm).川島氏と中村雅徳氏によるシミュレーションで,一般相対性理論や磁場の効果,光の伝搬が計算に盛り込まれている.光の伝搬の計算にはアテルイⅡが使用された.(下段)M87の東アジアVLBIネットワークによる観測画像(波長 7 mm).(クレジット:川島朋尚(国立天文台),中村雅徳(台湾中央研究院),EAVN AGN サイエンスワーキンググループ)
ダウンロード:[大きいサイズ (PNG, 2.21 MB)],[小さいサイズ (PNG, 814 KB)]

川島氏が行ったシミュレーションには国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が使用されました.川島氏の研究は,JSPS科研費 JP18K13594,大学共同利用機関法人自然科学研究機構「ネットワーク型研究加速事業」(01421701)の助成を受けて行われました.また,文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)の元で実施されました.


【論文について】

題名:First M87 Event Horizon Telescope Results V: Physical Origin of the Asymmetric Ring
掲載誌:Astrophysical Journal Letters
著者:The Event Horizon Telescope Collaboration
DOI:10.3847/2041-8213/ab0f43


【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

川島氏が行ったシミュレーションには国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が使用されました.アテルイⅡは,2018年6月からアテルイの後継機として同じく水沢キャンパスで運用されているシステムで,理論演算性能は 3.087 Pflops をほこります.(クレジット:国立天文台)


【画像の利用について】

【関連リンク】