中性子星合体からの光を分析する世界最高精度の原子データの構築 ―核融合科学と天文学の協力で重元素の起源を紐解く―

【概要】

 金やレアアース元素などの重元素の起源として、中性子星同士の合体が近年注目されています。中性子星合体で生成される重元素の種類や量を調べるには、合体したときに放射される電磁波を分析する必要があります。核融合科学研究所の加藤太治(かとうだいじ)准教授、リトアニアのビリニュス大学のガイガラス・ゲディミナス教授、東北大学の田中雅臣(たなかまさおみ)准教授らは、核融合研究に用いられる計算手法を応用した大規模計算によって、中性子星合体からの光の解析に欠かすことのできない、元素が吸収・放射する光の波長や強さなどを表す原子データを、世界最高の精度で求めることに成功しました。天文学と核融合科学の協力により、宇宙における重元素の起源の解明が今後さらに加速することが期待されます。
この研究成果は2019年2月1日(日本時間2月2日)に米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント・シリーズ』オンライン版に掲載されました。
(2019年2月21日 プレスリリース)



図:中性子星合体で生じる電磁波放射「キロノバ」のイメージ図。中性子星合体から放出される物質内では、様々な重元素の電子が電磁波を吸収・放射し、キロノバ放射として観測される。(クレジット:国立天文台)
キロノバと重元素 (3840 × 2160 ピクセル):[カラー (JPG, 1.81 MB)],[モノクロ (JPG, 1.27 MB)]
重元素のみ (1920 × 1080 ピクセル):[カラー (JPG, 688 KB)],[モノクロ (JPG, 499 KB)]

【詳細】

 私たちの生活に欠かすことができない金やレアアース元素などの重元素の起源として、「中性子星」と呼ばれる超高密度天体同士の合体が、近年注目を集めています。この合体現象は重力波を伴うことが知られており、2017年8月には中性子星同士の合体に起因する重力波が人類史上初めて捉えられ、大きな話題を呼びました。このとき、ハワイのすばる望遠鏡などを使った光赤外線観測では、中性子星合体で放出された物質が光を放つ「キロノバ」と呼ばれる現象が観測されました。さらに、観測された光を理論予測と比較することで、中性子星合体では多くの重元素が生成されたことが示されました(詳しくは2017年10月プレスリリース「重力波源からの光のメッセージを読み解く ―重元素の誕生現場,中性子星合体―」をご覧ください)。

 しかし、このような中性子星同士の合体で生成された重元素の種類や量を詳しく知るためには、キロノバによる光を解析し、どのような元素がキロノバの光を吸収し再び放射する(キロノバ放射)のかを調べなければなりません。この解析には、元素が吸収・放射する光の波長や強さなどを表す元素固有の情報「原子過程データ」が不可欠です。しかし、中性子星合体で生成されると考えられる重元素の原子過程データは、世界基準で広く使われているものが極めて少ないことが問題となっています。

 この天文学の問題を解決に導く手立てが核融合科学からもたらされました。核融合研究の分野では、高温のプラズマ中に混入する鉄イオンなどの微量な不純物の量や動きを分析するために原子過程データを利用しています。現在、日本の核融合科学研究所とリトアニアのビリニュス大学により、高精度な原子過程データを計算によって構築する共同研究が進められています。これまで核融合研究が対象としてきた元素の種類は、キロノバの研究が対象としているものとは異なりますが、計算手法は応用が可能です。

 核融合科学研究所の加藤太治准教授らの研究チームは、キロノバ放射に最も大きな影響を与えると考えられている元素の一つ「ネオジム」に着目しました。ネオジムはキロノバで生成される重元素の中でも、原子過程データに関する実験データやシミュレーションによる先行研究が最も豊富な元素の一つです。そのため、こうした既知のデータと比較することで、今回応用する計算手法がキロノバで生成される重元素の原子過程データの構築に利用可能かどうかを確かめることができると考えたのです。

 原子過程データの計算では、元素に含まれる多数の電子同士の相互作用を計算しています。具体的には、想定される電子配置からいくつかを選んで組み合わせるという方法を用います。そのため、電子数が多くなるほど計算しなければならない電子配置の組み合わせが増えます。ネオジムは、これまで核融合科学の計算の対象になってきた元素よりも電子数が多く、その計算にはスーパーコンピュータを使っても膨大な時間が必要になります。加藤准教授らはこの困難に対して、電子数の多い元素に対応するように計算コードを拡張し、加えて計算する電子配置の組み合わせの選び方を工夫することで、計算量を減らすことに成功しました。「ネオジムにおいて光の吸収・放射に関わるのは外側の電子なので、それらの配置を様々に変え、いくつかの組み合わせを試しました。さらに量子化学の手法を使うことで、計算する電子配置を増やし精度を高めました」と加藤准教授は述べています。

 こうして研究チームは、ネオジムが吸収・放射する約300万通りの波長の光に関する原子過程データを、比較的短い時間で求めることに成功したのです。この計算は、核融合科学研究所とビリニュス大学の計算機によって大規模に行われました。この計算手法により得られた原子過程データは実験データとよく一致し、さらに先行するシミュレーション研究で得られたデータと比較すると、格段に精度がよいことが示されました。つまり今回の計算手法によって、世界最高精度の原子過程データを得ることができたのです。

 では、この原子過程データを使って、キロノバ放射をどれほど精密に調べることができるでしょうか。研究チームは、今回得られたデータを用いてキロノバにおけるネオジムによる光の吸収・放射のシミュレーションを行い、原子過程データがキロノバの明るさの予測に及ぼす誤差を初めて定量的に見積もりました。その値は約20%で、他の原因による誤差と比較しても十分小さいものでした。つまり、今回考案された計算方法で得られた原子過程データが、キロノバ放射の解析にとって信頼できるものであることが示されたのです。加藤准教授は次のように語っています。「今後、ネオジム以外の元素についても同様の計算で高精度な原子過程データを構築することで、中性子星合体で生成された重元素の種類や量を詳しく調べることが可能となります。核融合科学で我々が培ってきた原子過程データの研究手法が天文学の大きな問題に貢献できることを大変嬉しく思います」。

 天文学と核融合科学という分野を超えた協力によって、宇宙の重元素の起源の研究が今まさに加速を始めたのです。

 この研究成果は2019年2月1日に米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント・シリーズ』に掲載されました。本研究の原子過程データの計算には、核融合科学研究所の並列計算機とビリニュス大学の大型計算機「HPC Sauletekis」が、原子過程データを用いた計算には、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」および「アテルイⅡ」が使用されました。


【論文について】

題名:"Extended Calculations of Energy Levels and Transition Rates of Nd II-IV Ions for Application to Neutron Star Mergers"
掲載誌:The Astrophysical Journal Supplement Series
著者:ゲディミナス・ガイガラス1,加藤太治2,3,パベル・リンクン1,ライマ・ラジウテ1,田中雅臣4
1) ビリニュス大学 理論物理学・天文学研究所,2) 自然科学研究機構 核融合科学研究所,3) 九州大学 総合理工学府 先端エネルギー理工学専攻,4) 東北大学 理学研究科
DOI:10.3847/1538-4365/aaf9b8

本研究は、自然科学研究機構の「ネットワーク型研究加速事業(No.01411702)」、「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」の2つの事業の支援のもとで行われました。また、日本学術振興会の二国間交流事業と科学研究費助成事業(15H02075、16H02183)、文部科学省の科学研究費助成事業(17H06363)、井上科学振興財団、the Research Council of Lithuania (No. S-LJB-18-1)による助成を受けています。


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