重力波源からの光のメッセージを読み解く ―重元素の誕生現場,中性子星合体―

【概要】

 2017年 8月 17日にアメリカの重力波望遠鏡 Advanced LIGO とヨーロッパの重力波望遠鏡 Advanced Virgo によって、中性子星合体による重力波が初めて観測されました。日本の重力波追跡観測チーム J-GEM は、国立天文台のすばる望遠鏡,名古屋大学の IRSF 望遠鏡などによって重力波源 GW170817 の光赤外線追跡観測を行うことで、重力波源に対応する光赤外線対応天体を捉え、その時間変化を追観測することに成功しました。これは重力波源が電磁波で観測された初めての例です。中性子星合体では鉄より重い金やレアメタルなどの元素を合成する過程である「 r プロセス」が起き、新たに作られた元素の放射性崩壊によって電磁波が放出されること(通称「キロノバ」)が国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」を使ったシミュレーションによってかねてより予測されていました。観測された光赤外線対応天体の性質はキロノバ放射の理論計算とよく一致しており、本研究成果は中性子星合体 GW170817 で金などの重元素合成が起きたことを強く示唆するものです。この研究は重力波と光赤外線の観測が協調した「マルチメッセンジャー天文学」、さらに理論シミュレーションによって実現したものです。(2017年10月16日 プレスリリース)



図1:日本の重力波追跡観測チームJ-GEMが撮影した重力波源GW170817。うみへび座の方向にある銀河NGC 4993で発見され、地球からの距離は約1億3000万光年。ハワイのすばる望遠鏡のHSCによる可視光線観測(zバンド:波長 0.9マイクロメートル)と、南アフリカのIRSF望遠鏡のSIRIUSによる近赤外観測(H バンド:波長 1.6 マイクロメートル、Ks バンド:波長 2.2 マイクロメートル)を3色合成したもの(青:z バンド、緑:H バンド、赤:Ks バンド)。2017年8月24日-25日の観測では、天体が減光するとともに赤い色を示している(近赤外線で明るく光る)ことが分かる。(クレジット:国立天文台/名古屋大学)

【詳細】
 2015年、Advanced LIGOが、人類初の重力波直接検出に成功しました。この観測は、重力波の存在を直接検証しただけでなく、宇宙には太陽の数十倍の質量のブラックホールが実在し、さらに合体することを明らかにした、人類の自然への理解を大きく進めるものでした。これらの功績によりLIGO/Virgo Collaborationの3名レイナー・ワイス(Rainer Weiss)、バリー・バリッシュ(Barry C. Barish)、キップ・ソーン(Kip S. Thorne)が2017年ノーベル物理学賞を受賞したことは記憶に新しいところです。

 そして2017年8月17日、Advanced LIGOとAdvanced Virgoの観測により、これまでに検出したことのない波形の重力波を人類は受け止めました。それは重力波源のひとつとしてかねてから予想されていた中性子星*1同士の合体によって作り出される波形でした。ブラックホール合体の場合とは異なり、中性子星同士が合体するとさまざまな波長の電磁波が放射されることが予想されます。つまり、重力波検出の後に現れる天体を電磁波観測で見つけることができれば、どの天体が重力波を放ったかを突き止めることができるのです。

 中性子星合体からの重力波の検出の情報は、即時に世界中の電磁波観測グループに伝えられ、各地で重力波源GW170817の即時追跡が開始されました。その結果、重力波検出からおよそ11時間後に、世界の複数の望遠鏡がこの重力波に対応すると思われる天体を独立に発見しました。人類は、初めて重力波源からの光を捉えることに成功したのです。日本の重力波追跡観測チーム J-GEM(Japanese collaboration of Gravitational wave Electro-Magnetic follow-up)も、重力波検出の約17時間後からすばる望遠鏡などの国内外の望遠鏡群を駆使して光赤外追跡観測を実施しました。J-GEMによる観測の結果、すでに報告のあった光赤外対応天体を可視光から近赤外線にかけての広い波長域で明瞭に捉え(図1,動画1)、明るさの時間変化を追跡することに成功しました(図2,観測の詳細はすばる望遠鏡プレスリリースを参照)。「世界各地の望遠鏡で日々変化している様子が明らかになった、エキサイティングな観測でした」――観測チームの一人である広島大学の内海洋輔(うつみ ようすけ)特任助教はこのように語っています。

動画1:すばる望遠鏡 HSC で観測された重力波源 GW170817 の様子。(クレジット:国立天文台)




図2:J-GEMの観測によって得られた可視光線と赤外線のGW170817の明るさの変化の様子。可視光線域で時間とともに急激に暗くなり,赤外線域で比較的長く輝くという傾向がみられる。(クレジット:国立天文台)

 では、中性子星の合体の現場では何が起こっているのでしょうか。2つの中性子星同士が合体すると強い重力波が放射されるとともに、中性子星の一部が高速で宇宙空間に放り出されると考えられています。この放出物には中性子が豊富に含まれるため、速い中性子捕獲反応 「rプロセス」*2が起こり、鉄よりも重い金やプラチナ、レアアース*3などの元素が合成されることが予想されていました。この時、どのような元素がどれだけ作られるのかは、放出された物質中の中性子の割合が鍵をにぎっています。しかし、その詳細は解明されていませんでした。

 rプロセスで作られた元素は放射性崩壊を起こすため、そのエネルギーが電磁波となって放射されます。この放射は「キロノバ」と呼ばれる現象として知られており、中性子星合体が有力な候補天体でした。国立天文台の田中雅臣(たなか まさおみ)助教らの研究チームは2013年から、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」を使ったシミュレーションで中性子星合体から放射される電磁波のパターンを予測してきました(動画2)。今回観測された天体は可視光線域で時間とともに急激に暗くなった一方で、赤外線域で比較的長く輝くというものでした。この色の変化は予想されていたキロノバの性質とよく一致していました(図3)。「GW170817 の追跡観測を実施しながら、予想していたキロノバの性質が実際に見えてきたときは非常に興奮しました」――キロノバのシミュレーションを行い J-GEM のメンバーとして観測に加わった田中助教は観測当時の印象をこのように述べています。

動画2:スーパーコンピュータ「アテルイ」が計算したキロノバからの電磁波放射の様子(実際にシミュレーションデータが用いられているのは、合体の後の部分)。動画は合体から約 15 日間の様子を表す。(クレジット:NAOJ)

 しかし、天体の明るさは従来の予想よりも数倍明るいものでした。この現象をより詳細に解釈するために新たにシミュレーションを行ったところ、地球質量の 10,000 倍のレアアースのような r プロセス元素が生成されたとすると GW170817 の明るさを説明できることがわかりました。「これは中性子星合体で私たちの予想よりも多くの r プロセス元素が生成されたことを意味しています」と田中助教は語ります。また、中性子星合体から中性子の割合が高い物質だけでなく、比較的中性子の割合が低い物質も放出されていると仮定すると、理論計算と観測がさらによく一致することもわかりました。これらのことから、GW170817 では中性子割合の異なる物質が放出され、多くの種類のrプロセス元素が大量に合成されていることが示唆されました。



図3:重力波源GW170817で実際に観測された明るさの変化(●)と、シミュレーション(実線・破線)の比較。青が可視光線、赤が近赤外線を表している。実線は rプロセスが起こる場合、破線はrプロセスが起こらない場合に予測される明るさの変化をあらわしている。rプロセスが起こる場合のシミュレーション結果と観測とがよく一致していることが分かる。(クレジット: 国立天文台)

 これまで、r プロセス起源の重元素は、主に超新星爆発で作られると考えられてきました。しかし、超新星爆発の理解が進むにつれ、少なくとも通常の超新星爆発では r プロセスが起きにくいことがわかり、重元素がどこで作られているのかは天文学の大きな問題となっていました。今回、中性子星合体でrプロセスが起こっている証拠を観測的に捉えたことは、重元素の起源に迫る大きな一歩です。私たちは金の生成現場を見たのかもしれません。

 田中助教は以下のように話しています。「今回の観測で私たちは中性子星合体で重元素が生まれる現場を捉えることに成功しました。しかし、予想よりも多くの量の元素が生成されていたことは、新たな謎となりました。今後さらに重力波観測と電磁波観測が協力したマルチメッセンジャー観測を進めることで、このような性質が普遍的なものかどうかを明らかにし、宇宙の重元素の起源を解明したいと思います。」




図4:中性子星合体をおこした重力波源 GW170817 の想像図。(クレジット:国立天文台)

【注釈】
1)太陽ほどの質量を持ちながら、半径が10キロメートル程度という高密度天体。その密度は 1立方センチメートルあたり 10 億トンにもなります。

2)鉄などの原子核に中性子が捕獲されて鉄よりも重い原子核が形成される反応を中性子捕獲反応と呼びます。中性子捕獲には反応の速さによって二種類あり、ゆっくり進む反応が「 s プロセス」、素早く進む反応が「rプロセス」と呼ばれています。s プロセスは主に年老いた恒星の内部で進むということが分かっており、バリウムや鉛などの元素を効率よく合成します。一方で、r プロセスは金やプラチナなどの元素を合成します。中性子星合体で放出される物質中の中性子割合が低いと比較的原子番号が小さい元素(レアアースなど)が,中性子の割合が高いと原子番号が大きい元素(金やプラチナなど)が作られます。

3) 希少金属(レアメタル)の一種で、ランタン、ネオジム、サマリウムなどの元素。希土類元素。


【論文について】

"J-GEM observations of an electromagnetic counterpart to the neutron star merger GW170817", Utsumi et al., Publications of the Astronomical Society of Japan に掲載
"Kilonova from Post-Merger Ejecta as an Optical and Near-Infrared Counterpart of GW170817", Tanaka et al., Publications of the Astronomical Society of Japan に掲載
"Subaru Hyper Suprime-Cam survey for an optical counterpart of GW170817", Tominaga et al., Publications of the Astronomical Society of Japan に投稿中

この研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究「重力波天体の多様な観測による宇宙物理学の新展開」、および同「重力波物理学・天文学:創世記」の全面的な支援の下で行われました。また、以下の事業・機関からもサポートを受けています。「大学間連携による光・赤外線天文学研究教育拠点のネットワーク構築事業」、トヨタ財団 (D11-R-0830)、三菱財団、山田科学財団、井上科学振興財団、大学共同利用機関法人自然科学研究機構 若手研究者による分野間連携研究プロジェクト、the National Research Foundation of South Africa、科学研究費補助金 (JP17H06363, JP15H00788, JP24103003, JP10147214, JP10147207, JP16H02183, JP15H02075, JP15H02069, JP26800103, JP25800103)。


【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

スーパーコンピュータ「アテルイ」(Cray XC30)は、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する、シミュレーション天文学専用のスーパーコンピュータです。理論演算性能1.058 Pflops(ペタフロップス)を誇り、シミュレーション天文学専用機としては世界最速を誇ります。2013年4月に国立天文台水沢キャンパス(岩手県奥州市)に設置されて以来、毎年約140名ほどの国内外の天文学者がアテルイを利用し研究しています。(右画像 クレジット:国立天文台)

関連記事:「天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」,さらに2倍の計算速度へ」(2014年11月プレスリリース)


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