【概要】
国立天文台の道越秀吾、小久保英一郎の研究チームが重力多体問題1専用計算機GRAPEシリーズの最新版であるGRAPE-DR2を用いて大規模シミュレーションを行い、土星の環で見られるプロペラ構造の形成機構とその形成条件を世界で初めて明らかにしました。(2011年4月28日 発表)
【研究の背景:土星の環のプロペラ構造】
土星の環は、1cmから10m程度の大きさの莫大な数の氷粒子でできていると考えられています。土星探査機カッシーニ3による高精細な観測が行われて、土星の環には、縞模様だけでなく多様な構造が存在することが明らかとなってきました。特に最近、プロペラとよばれる構造が注目されています。2006年にカッシーニによって発見されました(図1、図2参照)。プロペラ構造は、対称な長いしずくのような二つの模様からなる構造です。この形が飛行機やヘリコプターのプロペラを連想させることからプロペラ構造と名付けられました。典型的には数100メートルから数キロメートル程度の非常に小さな構造です。
このプロペラ構造の形成機構の解明に向けて、多くの研究が進められています。現在最も有力な説は、環の中に埋もれた小衛星4によって作られるという説です。
【研究成果】
そこで、今回の研究では、環や小衛星の特性をより忠実に再現した大規模シミュレーションを行いプロペラ構造の形成機構を調べたところ、図3のような結果が得られました。中心にある天体が小衛星で周囲にプロペラのような形をした穴ができています。また、小衛星周囲の環に細かな縞模様ができています。これは環自身の重力によってできるウェイク構造5とよばれるもので、土星の環の高密度領域で存在すると考えられている構造です。
様々なパラメータでシミュレーションを行い、どのような条件でプロペラができるかを調べたところ、周囲の環の質量が小さい場合は、図3で示したように、ウェイク構造も見られ、プロペラ構造も形成されます。しかし、周囲の環の質量が大きい場合は、ウェイク構造のみが見られ、プロペラ構造が形成されないことを発見しました。
ウェイク構造が表われるようなプロペラ構造形成のシミュレーションには莫大な粒子数が必要で、今回の研究では約100万体の粒子のシミュレーションを行いました。このような大規模な計算はこれまでの計算機では計算することが困難でしたが、GRAPE-DRシステムで一ヶ月を要する計算を行うことにより、ウェイク構造が表われる実際の土星の環に近いと考えられる構造でのプロペラ構造形成条件を世界で初めて明らかにしました。
【今後の展開】
今後、大規模シミュレーションを更に進めて、プロペラ構造の形や大きさが周囲の環の性質とどのような関係にあるかを詳細に調べていくことを計画しています。 将来は惑星の環の起源について研究していきたいと考えています。 また、原始太陽系で微惑星とよばれる多数の小天体から惑星が形成されていく過程でも似た物理過程があります。惑星の環の研究を通じた惑星形成理論の検証にも発展させたいと考えています。
本研究は、2011年5月10日発行の米国の天体物理学専門誌「Astrophysical Jounral Letters」に掲載されます。
【発表論文】
論文名:FORMATION OF A PROPELLER STRUCTURE BY A MOONLET IN A DENSE PLANETARY RING
論文著者:道越秀吾(国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト 専門研究職員)、小久保英一郎(国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト/理論研究部 准教授)
論文掲載:The Astrophysical Journal Letters, 732, L23, 2011.
【補足説明、用語説明】
重力多体問題:重力多体問題とは、多数の粒子が互いに重力を及ぼしあって運動する系です。銀河や太陽系、惑星の環も重力多体問題です。
専用計算機 GRAPE-DR:計算に用いたGRAPEシステムとは、重力多体問題に特化したスーパーコンピュータです。GRAPE-DRはGRAPEシリーズの最新システムであり、現在の汎用スーパーコンピュータでは実現不可能な大規模計算を行うことができます。GRAPE-DRは、省電力性能を競う性能ランキング「The Green 500 List」で世界第2位を記録したコンピュータであり、高いエネルギー効率を持ちます。今回の計算では、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトのGRAPE-DRシステムを用いました。
土星探査機カッシーニ:土星探査機カッシーニは、アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機構(ESA)によって開発されて、1997年10月に打ち上げられた土星探査機です。 2004年に土星の周回軌道に入り、現在も土星の衛星や土星の環の観測を続けています。
小衛星:土星には、数キロメートルから数千キロメートルの衛星が数多く知られています。キロメートル以下の衛星は、小さすぎるため直接観測されていません。しかし、プロペラ構造の発見により間接的にこのような小さな衛星の存在が明らかとなってきました。半径数十メートルから数百メートル程度の小さな衛星は小衛星(moonlet)とよばれることがあります。
ウェイク構造:ウェイク構造とは、土星の環の高密度領域でできると考えられている縞模様です。小衛星などが存在しなくても環の質量が充分に大きければ、自発的に環自身の重力だけで縞模様ができます。縞模様の間隔は数十メートルと見積られています。非常に小さな構造のため直接観測されていません。
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