ガンマ線バーストの放射メカニズムにせまる ―スペクトルと明るさの相関関係の起源を解明―

【概要】

 宇宙最大の爆発現象である「ガンマ線バースト」の起源の一部は,大質量星が一生の最期に起こす大爆発で形成されるジェットによるものと考えられていますが,そこからのガンマ線の放射メカニズムは長い間謎とされてきました.理化学研究所の伊藤裕貴研究員らによる研究チームは,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」などを用いて,放射メカニズムとして有力と考えられている「光球面放射モデル」を,現実に近い条件のもと大規模なシミュレーションを行いました.その結果,これまで観測的に知られていたガンマ線バーストのスペクトルと明るさの相関関係「米徳(よねとく)関係」を再現することに成功しました.これは,ガンマ線バーストの主要な放射メカニズムが光球面放射であることを示し,大質量星の爆発の過程を解き明かすことにつながる成果です.
 この研究成果は英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」に2019年4月3日に掲載されました.
(2019年4月3日 プレスリリース)



図1:ガンマ線バーストのジェットで起こる光球面放射のイメージ図.大質量星が寿命を迎え爆発を起こす瞬間,星の表面を突き抜けて超高速のジェットが放出される.「光球面放射モデル」は,このジェットの内部に捕らわれていたガンマ線(白い粒子)が,ジェットが膨張するにつれて外に抜け出すことで,大量のガンマ線が放射されるという説である.拡大図中の青い粒子は陽子を,黄色い粒子は電子を表している.(クレジット:国立天文台)
ジェットと光球面放射:[カラー,大 (JPG, 2.21 MB)],[カラー,小 (JPG, 814 KB)],[モノクロ,大 (JPG, 2.2 MB)],[モノクロ,小 (JPG, 636 KB)]
光球面放射のみ:[カラー,大 (JPG, 1.87 MB)],[カラー,小 (JPG, 651 KB)],[モノクロ,大 (JPG, 2.49 MB)],[モノクロ,小 (JPG, 647 KB)]
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【詳細】

 「ガンマ線バースト」は,突発的に大量のガンマ線が放射される,宇宙で最も明るい天体現象です.その一部は,質量が太陽の約10倍以上の大質量星が一生の終わりに爆発する際に噴出する,光の速さの99.99%もの超高速なジェットによって発生すると考えられています.このジェットが観測者の方向に放射される場合に,大量のガンマ線が観測されます.しかし,ジェットからガンマ線が放射されるメカニズムは未だ解明されておらず,宇宙物理学の主要な研究課題の一つです.

 そのような中で,近年注目を集めている放射メカニズムを説明するモデルに「光球面放射モデル」があります.このモデルは,ジェットの内部に閉じ込められていた大量のガンマ線が,ジェットが膨張するにつれて外に解放されることでガンマ線バーストとして観測されるというシナリオです.光球面放射モデルの妥当性を確かめるには,大質量星の外層と衝突しながら伝搬するジェットからどれだけのガンマ線が放出されるかを見積もる必要があります.しかし,これまでの研究の多くは簡単化した状況設定や近似を用いて計算されていました.そのため,現実的なジェットの運動を反映した光球面放射の詳細は解明できていませんでした.

 今回,理化学研究所の伊藤裕貴研究員らのグループは,相対性理論を組み込んだ大規模3次元流体シミュレーションと光の伝搬のシミュレーションによって,太陽の16倍の質量をもつ大質量星の中心領域から噴出した超高速ジェットで起こる光球面放射の様子を調べました.星の内部でジェットが発生し,星の外層と衝突しながら外に向かって突き進みます.ジェットが星の表面を突き破って星の外へ出ると,ジェットの内部に閉じ込められていたガンマ線が放出されます.このとき,星の外層と衝突したことがジェットの運動に影響し,中心軸から離れた位置ほどジェットのエネルギーや速度が小さくなるという構造になります.この構造によって,観測者の視線方向が中心軸から離れるほど観測されるガンマ線スペクトルのピークエネルギーが光度ともに小さくなるという関係が生じることがわかりました.



図2:大質量星を突き破るジェットの流体シミュレーション.星の外層(紫〜オレンジ色の部分)と衝突することによって,光の速さの99.99%の速度を持つ超高速ジェットが非一様な構造を形成する.ジェットの中心軸付近は,エネルギーが大きく速度が速くなり,中心軸から離れるほどエネルギーは小さく速度も遅くなる傾向を示す.観測者は,視線方向に放射されたガンマ線を検出する.(クレジット:Ito et al. (2019) Nature Communications を改変)
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図3:観測から得られた米徳関係と数値シミュレーションの比較.ガンマ線スペクトルのピークエネルギーが大きくなるほど,最大光度は大きくなる傾向を示す.これを「米徳関係」と呼んでいる.シミュレーションの結果,ジェットが作り出す非一様な構造によって2つの観測量に相関関係が生まれ,それが観測されている米徳関係をよく再現している.シミュレーション点の違いはジェットのパワーや継続時間の違いを表している.(クレジット:Ito et al. (2019) Nature Communications を改変)
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 このガンマ線スペクトルのピークエネルギーと光度の相関関係は,観測によって経験則として知られていました.この相関関係は発見者である金沢大学の米德大輔教授の名前をとり「米徳関係」と呼ばれています.本研究では,現実的な状況設定に基づいた光球面放射のシミュレーションで,米徳関係が自然に再現されることが明らかになりました.また,その相関関係がジェットのパワーや継続時間によらず,米徳関係とよく一致することが示されました.

 米徳関係は観測される多くのガンマ線バーストで成り立つことから,放射の主な成分の普遍的な性質を反映していると考えることができます.今回の光球面放射のシミュレーションで米徳関係が再現できたことは,光球面放射がガンマ線バーストの主な放射メカニズムであることを強く示すものです.本研究は,長年の謎であったガンマ線バーストの全容を解明する重要な一歩であり,大質量星の爆発メカニズムの理解へと導く成果です.

 この研究成果は Ito et al, “The photospheric origin of the Yonetoku relation in gamma-ray bursts” として英国科学雑誌 “Nature Communications” に2019年 4月3日に掲載されました.また,この研究で行われたシミュレーションには国立天文台の「アテルイ」および「アテルイⅡ」,理化学研究所の「HOKUSAI」,京都大学基礎物理学研究所の「Cray XC40」が用いられました.


【論文について】

題名:The photospheric origin of the Yonetoku relation in gamma-ray bursts"
掲載誌:Nature Communications
著者:伊藤裕貴1,2,松本仁3,長瀧重博1,2,ドナルド・ウォレン2,マキシム・バーコフ4,米德大輔5
1) 理化学研究所 開拓研究本部 長瀧天体ビッグバン研究室,2) 理化学研究所 数理創造プログラム,3) リーズ大学 Faculty of Mathematics and Physical Sciences,4) パデュー大学 Department of Physics and Astronomy,5) 金沢大学 理工研究域 数物科学系
DOI:10.1038/s41467-019-09281-z

本研究は,日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「相対論的ジェット中の輻射輸送計算に基づいたガンマ線バーストの放射機構の系統的研究(研究代表者:伊藤裕貴)」をはじめ,同国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)「微視的な散逸過程を考慮した輻射輸送計算から探るガンマ線バーストの放射機構(研究代表者:伊藤裕貴)」による支援を受けて行われました.


【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】


今回の研究では,相対性理論を考慮したジェットの流体シミュレーションに国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」(Cray XC30)が,光球面放射を仮定したジェットで起こる光の伝搬の計算の一部に「アテルイ」および「アテルイⅡ」が利用されました.アテルイ(左)は2018年3月まで国立天文台水沢キャンパス(岩手県奥州市)で運用され,理論演算性能1.058 Pflops(ペタフロップス)のシステムです.アテルイⅡ(右)は2018年6月からアテルイの後継機として同じく水沢キャンパスで運用されているシステムで,理論演算性能は3.087 Pflops をほこります.(クレジット:国立天文台)

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