小惑星カリクローを取り巻くさざ波の環 ― 実スケールシミュレーションが初めて描き出す小惑星の環の姿 ―

【概要】

京都女子大学(論文発表時は筑波大学)の道越秀吾氏,国立天文台の小久保英一郎氏が,スーパーコンピュータ「アテルイ※1」を用いて,遠い小惑星カリクローの周囲に存在する環の,実スケール大域シミュレーションに初めて成功しました.このような環全体を計算対象とし,粒子の自己重力を考慮した実スケールシミュレーションは,土星の環においても行われておらず,世界初の試みです.シミュレーションから,環の物質がカリクロー本体に比べて軽い物質からできていることがわかりました.さらに環には粒子の重力によってさざ波のような構造が生じ,環の寿命が従来推定されていたよりも非常に短くなる可能性があることがわかりました.これらの成果は,カリクローの環の起源や進化を解明する鍵となります.(2017 年 4 月 28 日 プレスリリース)



画像:シミュレーションによって描き出された,小惑星カリクローの二重環
(クレジット:道越秀吾,小久保英一郎,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
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【詳細】

太陽系小天体の中で軌道が木星と海王星の間に位置するものは,ケンタウルス族と呼ばれています.小惑星カリクローは,確認されているケンタウルス族の中で最大の天体です※2.2014 年にカリクローの周囲に隙間で隔てられた 2 本の環が発見されました.さらに環が背景の星を隠す様子を観測した結果から,カリクローの環は土星や天王星の環に匹敵するほど光の透過度が低いことが示されています.カリクローの環も土星の環のように氷や岩石の粒子によって形作られていると考えられますが,光の透過度が低いということはつまり,環に多くの粒子がびっしりと存在しているということを意味しています.しかしこの環の詳細構造や,そもそもどのように形成され進化したのかは,いまだ謎とされています.

道越氏らは,カリクローの環の構造と進化を明らかにするために,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイ」を用いて,環を構成する粒子の運動のシミュレーションを環全体について行いました.環の微細な構造を忠実に再現するために,先行研究から推定されている数メートル程度の大きさの粒子を仮定しました.計算では最大で約 3 億 4500 万体の粒子を用い,これらの粒子間の衝突と重力の効果を考慮しています.従来の環のシミュレーション研究では,計算の高速化・簡単化のために,実際よりも大きな粒子を仮定したり,環の一部を抜き出す局所計算が用いられたりしたため,実際の環の条件とは異なる計算でした.しかし本研究では,カリクローの環が土星の環と比較して小さいことと,計算コードの開発によりアテルイの多くの CPU を使った重力多体シミュレーションが可能になったこと※3で,実際の大きさの粒子を考慮した上で環全体を計算対象とする,現実の環に近い条件のシミュレーションが初めて可能になったのです.

まず,環が長時間にわたり安定して維持される条件を調べるために,粒子の密度や半径を変えてシミュレーションを行いました.その結果,環の個々の粒子の密度がカリクロー本体の密度の 50% より大きい場合,粒子の集積がおこり環が分裂することが明らかとなりました(図1).これは実際の環の粒子はカリクロー本体よりも低密度であることを意味しており,カリクロー本体と環の粒子は異なる物質組成であることを示唆します.



図1:シミュレーションによる環の進化.一様な環から計算を開始した.粒子半径は 5 メートルで,粒子とカリクローの密度が等しい場合である.縦軸,横軸はカリクロー本体の中心からの距離で,単位は km である.55 時間経過後(約 2 日後),小さな粒子の集まりが複数見られる(図 1-3).182 時間経過後(約 8 日後),塊がさらに大きくなり,環が壊れてしまう(図 1-4).したがってこの計算結果は,現実の環に対応していない.(クレジット:道越秀吾(京都女子大学,筑波大学))
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環の個々の粒子密度がカリクロー本体の密度の 50% の場合でシミュレーションを実行したところ,図 2-1 のような結果が得られました.全体として際立った構造は現れず,環の概形が維持されていることがわかります.しかし環の細かな部分を見ると(図 2-2),縞模様のような複雑な構造が現れます.これは「自己重力ウェイク構造」と呼ばれており,粒子自身の重力によって環の高密度領域で自発的にできると考えられている縞模様です.環の個々の粒子密度がカリクロー本体の密度の 10% から 50% 程度の場合において,ウェイク構造が現れることがわかりました.



図2:図1 と同様であるが,今度は粒子の密度がカリクローの密度の 50% の場合である.図 2-1,図 2-2ともに 182 時間経過後(約 8 日後)の状態を示している.全体として環の構造が維持されていることがわかる(図 2-1).細かく見ると(図 2-2)斜めに引き伸ばされた構造が見られる.これは自己重力ウェイク構造とよばれる,非一様で複雑な構造である.
(クレジット:道越秀吾(京都女子大学,筑波大学))
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さらに,環の粒子サイズによってウェイク構造の大きさが変わることがシミュレーションより示されました.環の粒子サイズが大きいほどウェイク構造がはっきりと現れ,粒子サイズが小さい場合にはウェイク構造は小さく,粒子は滑らかに分布します.

環は,時間が経過するとともに幅が広くなり拡散していきます.自己重力ウェイク構造が存在する場合,環の幅が広がる時間が飛躍的に早まります.従来は,環の寿命はおよそ1万年から 10 万年程度と推定されていましたが, 自己重力ウェイク構造を考慮して環の幅が広がる時間を再計算したところ,およそ 1 年から 100 年程度という結果が得られました.

カリクローの環は,木星や土星などの巨大惑星に近づいたときにカリクロー本体の一部が潮汐力で破壊され,その破片で形成されたという説があります.巨大惑星との近接遭遇は今から 1000 万年程前に起こったと考えられており,それと比較すると今回のシミュレーションで得られた環の寿命は極めて短く,現在の環の存在を説明できません.

では,カリクローの環はどのようにして今の姿を保っているのでしょうか.それには2つの可能性があると研究チームは考えています.「ひとつは,環の近くに衛星が存在することです.衛星の重力によって環の広がりが抑えられる可能性があります.これは,カリクローには未発見の衛星が存在している可能性があることを示唆しています.もうひとつの可能性は,環の粒子が小さい場合です.粒子サイズが数ミリメートルの場合,ウェイク構造も小さくなり,環は 1000 万年以上の長い期間保たれます.」と,研究チームの一人である小久保氏は述べています.

本研究では,初となる実スケール大域シミュレーションによって環の詳細な構造を明らかにし,その寿命が極めて短いという可能性があることが分かりました.また,環とカリクローが異なる物質組成となっているという結果を得ました.これらの結果を整合的に説明する環の形成モデルはまだありません.さらに,衛星が存在する場合は,環の広がりが抑えられると考えられていますが,その効果はシミュレーションで検証されていません.本研究のシミュレーションを行った道越氏は「今後はシミュレーションで得られた結果を整合的に説明するための環の形成シナリオを構築していくことを計画しています.また,衛星と環の相互作用は,土星の環においても重要な現象です.今後はシミュレーションで衛星が環に及ぼす影響について調べていきたいと考えています」と話しています.

【シミュレーションムービー】

(クレジット:道越秀吾,小久保英一郎,中山弘敬,国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
ダウンロード:WMV形式(122 MB)MOV形式(H.264,742 MB)MOV形式(GoProCineForm,1.87 GB)

【発表雑誌】

論文名:Simulating the Smallest Ring World of Chariklo
論文著者:道越秀吾(京都女子大学 現代社会学部 助教/筑波大学 計算科学研究センター 研究員),小久保英一郎(国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト/理論研究部 教授)
論文掲載:The Astrophysical Journal Letters, 837, L13, 2017.

【注釈】

※1 「アテルイ」(右画像,クレジット:国立天文台)は,国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する天文学専用のスーパーコンピュータ(Cray XC30).理論演算性能は 1.058 ペタフロップス.岩手県奥州市の国立天文台水沢キャンパスに設置されています.(2014 年 11 月プレスリリース

※2 この記事ではカリクローを小惑星としていますが,昨今の目覚ましい太陽系研究の発展により,太陽系小天体の多様性が明らかになってきたため,「小惑星」という言葉が指す範囲は曖昧になってきています.小惑星はあくまでも木星軌道よりも内側の太陽系小天体をさすためケンタウルス族は小惑星に含まれない,という考え方がある一方,軌道によらず尾を引かない(彗星ではない)太陽系小天体は小惑星でありケンタウルス族も小惑星に含まれる,という考え方などがあります.(参考:シリーズ現代の天文学第9巻「太陽系と惑星」p.129,別巻「天文学辞典」p.118, p.188)

※3 本研究では,理化学研究所計算科学研究機構において開発されている大規模並列粒子法シミュレーションのための汎用高性能ライブラリ「FDPS (Framework for Developing Particle Simulator)」を用いてシミュレーションコードを開発しました.FDPS は京コンピュータやアテルイなどの並列計算機において,多くの計算を必要とする粒子間相互作用計算の高速化と負荷分散を効率的に行うことができます.道越氏らは,これまでに重力多体問題専用計算機 GRAPE を使って土星の環のシミュレーションを行ってきましたが(2011 年 4 月プレスリリース),FDPS を利用して計算コードをアテルイ用に発展させることで,本研究のような大規模な環のシミュレーションを可能にしました.

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