横顔が輝く宇宙灯台:謎の超高輝度X線パルサーの正体をスパコンがあばく

【概要】

X線で通常の何百倍も明るい天体は、ブラックホールに多量のガスが流れ込んで明るく光っていると考えられていました。しかし最近この明るい天体のなかに周期的な明滅を示すものが発見され、その正体が大問題となりました。ブラックホールでは周期的な明滅は起こらず、一方でブラックホール以外の天体では明滅は可能でも明るく光るのは難しいとされていたからです。国立天文台の川島朋尚氏らの研究グループは、大量な柱状のガスの横顔が輝く「新タイプの宇宙灯台モデル」を提唱し、スーパーコンピュータ「アテルイ」による計算で、中性子星でもブラックホールと同程度に明るく光り得ることを示しました。これは、従来の考え方に見直しを迫る結果です。(2016年9月8日プレスリリース)



図1:「新タイプの宇宙灯台モデル」の想像図(クレジット:国立天文台)
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【詳細】

 超高輝度X線源と呼ばれる、古典的な限界光度(後述)の10倍や100倍を超えて極めて明るく光る謎のX線天体が、何百個も発見されています。それは、通常の100倍以上も多量のガスを吸い込んで光るブラックホールとする説が現在もっとも有力です。ブラックホールは「底なしの井戸」なので、周りにガスがあればいくらでも吸い込み、明るく光ることができるのです。

 ところが2014年に米国のX線観測衛星NuSTAR(ニュースター)は、超高輝度X線源の一つ M82 X-2から、規則正しい周期で発せられるX線(X線パルス)を検出しました。ブラックホールはパルスを出しません。一般にパルス放射をする天体は「パルサー」と呼ばれ、その正体は直径10kmほどの高密度天体(中性子星)と考えられています。超高輝度X線源は全てブラックホールであるとした当時の定説を大きく覆す、衝撃的な発見でした。しかし従来の考え方では、中性子星がこれほどX線を強く放射することはできないとされていました。いかにして「底がある」(すなわち、固い表面をもつ)中性子星がガスを多量にとりこんで、通常のパルサーより何百倍も明るいパルスを放射するのか、大きな謎となりました。世界中の研究者がこの不可思議な現象解明に取り組んだのです。

 一般に、天体にガスが多量に降り積もると、ガスがそれまでもっていた重力エネルギーは熱に変換され、高温となり明るく光ります。しかし、このとき光は圧力を生み出し、ガスを落ちる方向とは逆方向に押し戻してしまうのです。ガスが落ちてこないので、ガスはこれ以上明るく光ることができません。これが「古典的な限界光度」であり、これは天体の質量によって決まっています。さらに、パルスが出るということは、中性子星の磁場の極に形成されたガスの柱(「降着柱」とよぶ)が、中性子星の自転に伴って、灯台のように周期的に周りを照らすことで説明されます。では、この降着柱に多量のガスが降ってくるとどうなるでしょうか。はたしてガス降着により、柱は通常の何百倍も明るく光ることができるでしょうか?

 しかし、この疑問に答えることは簡単ではありません。この問題解明には、ガスの運動と、電磁波放射の伝搬、そしてガスと放射の相互作用の3つを正確に解く必要があります(放射流体シミュレーション)。これには高度な計算技術と、多くの計算を必要とします。そのため、降着柱に対してこのような計算が行われてきませんでした。

 これらの問題に対し今回、川島氏らの研究グループは、世界に先駆けて「放射流体シミュレーション」と「降着柱」の両方を取り入れた中性子星へのガス降着のシミュレーションを行うことに成功しました。川島氏らは、これまでにブラックホールにおけるガス降着に対して、大規模な放射流体シミュレーションを精力的に行ってきた研究グループです(2010年大須賀助教プレスリリース等)。ブラックホールの計算で養った技術やコードを活かし、中性子星へのガス降着に応用することによって、今回のシミュレーションが実現したのです。

 さらにこの計算は、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用するスーパーコンピュータ「アテルイ」(Cray XC30) によって行われました。天文学専用のスーパーコンピュータを用いることで、多くの計算を必要とする今回のシミュレーションが可能となったのです。

 今回シミュレーションにおける特筆すべき点は、新しいパルサーのモデルです。従来のパルサーモデルとは、中性子星の両極方向に光のビームが出るという「古典的な宇宙灯台モデル」です(動画1参照)。磁極を真正面から覗き込む形になった時に、パルサーが明るく観測されます。しかし今回の計算では、従来型とは別タイプの「宇宙灯台モデル」を提唱しました(動画2参照)。これは、降着柱の側面が明るく光るというモデルです。光る側面が、パルサーの自転で見える角度が変わることによって明滅します。これまでに、似たようなアイディアが提唱されていたことがありましたが、本当に側面が明るく光ることが可能かどうかを実際に多次元シミュレーションで確かめられたのは、今回が初めてのことです。


動画1:従来の宇宙灯台モデルのイメージCG。中性子星の極方向から光のビームが出ている。中性子星の自転軸とビームの向きが異なるためビームは振り回され、一定のタイミングでビームが観測者の方向を横切るためパルスとして観測される(クレジット:国立天文台)
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動画2:新タイプの宇宙灯台モデルのイメージCG。降着柱(赤色)が中性子星へと落下すると衝撃波により降着柱が熱せられて明るく輝く。このとき光は降着柱の側面から抜け出るため、降着ガスの落下を妨げることなく継続的に明るく輝くことができる。中性子星の自転軸と降着柱の向きとの「ずれ」が降着柱の角度を周期的に変化させ、降着柱の表面が一番広く見えるタイミングで明るく見えるためパルスとして観測される(クレジット:国立天文台)
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 この新しい宇宙灯台モデルを用いたシミュレーションの結果(図2)、中性子星に向かって降着柱の中をガスが落下すると、中性子星の表面付近で衝撃波が発生し、莫大な光が生み出されました。しかし、この光が柱の側面方向から抜けてゆくことで光の圧力が弱まり、継続的にガス降着が可能となることがわかりました。この降着柱の側面から抜けていく光は、超高輝度X線源の光度に匹敵する明るいX線であることが示されました。この研究で、パルス放射をする超高輝度X線源の中心天体が中性子星であるということを、初めてシミュレーションより裏付けることができたのです。




図2:新タイプの宇宙灯台モデル(動画1のスナップショット)と、今回の研究で行われた放射流体シミュレーション結果(右枠内)。シミュレーション結果の画像では、赤い部分ほど光のエネルギー密度が高いことを表している。また、矢印の向きは光が流れる方向を表している。このシミュレーション結果から、中性子星の表面付近で発生した莫大な光が、降着柱の側面から抜けていく様子がみてとれる(クレジット:国立天文台)
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 シミュレーションを行った川島氏は次のように語ります。「天文学の最も大きな未解決課題の一つとして、数百万太陽質量以上の巨大ブラックホール形成シナリオの解明があります。超高輝度X線源の正体がブラックホールではなく、中性子星であれば、数ある巨大ブラックホール形成シナリオに制限を与えられるかもしれません。今後は、新しい灯台モデルの詳細な観測的特徴を明らかにするために、強い磁場中での放射とガスの相互作用に関する補正や一般相対論的な補正を加えたより精緻な計算をおこない、超高輝度X線源の中心天体の謎にさらに迫っていきたいと思います。」

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 26400229,15K05036)、文部科学省HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」、文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」、および計算基礎科学連携拠点のもとで実施したものです。


【この研究論文について】

研究者(所属):川島 朋尚(国立天文台)、嶺重 慎(京都大学)、大須賀 健(国立天文台)、小川 拓未(京都大学)
論文タイトルA radiation-hydrodynamic model of accretion columns for ultra-luminous X-ray pulsars
掲載誌,掲載年月日:Publications of the Astronomical Society of Japan(PASJ、日本天文学会欧文研究報告)、2016年9月8日オンライン版に掲載


【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

スーパーコンピュータ「アテルイ」(Cray XC30)は、国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する、シミュレーション天文学専用のスーパーコンピュータです。理論演算性能1.058Pflops(ペタフロップス)を誇り、シミュレーション天文学専用機としては世界最速を誇ります。2013年4月に国立天文台水沢キャンパス(岩手県奥州市)に設置されて以来、毎年約140名ほどの国内外の天文学者がアテルイを利用し研究しています。(右画像 クレジット:国立天文台)

関連記事:「天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」,さらに2倍の計算速度へ」(2014年11月プレスリリース)


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