December 13, 1995 発行 全地球史解読事務 113 文京区弥生1-1-1 東京大学地震研究所 瀬野徹三 tel 03-3812-2111 ex 5747 fax 03-5802-2874 e-mail seno@eri.u-tokyo.ac.jp
(1995/10/27現在) 平田岳史 (東工大理地球惑星)
東工大では、重点領域研究「全地球史解読」に基づくICP質量分析計 改造計画を進 めています。この改造は、地質試料の精密年代決定 (U-Pb年代測定)を目的としたものであり、主としてイオン光学系の改 造(元素検出感度の向上)およびイオン検出器 の増設(同位体分析の 高精度化)を行っています。8月にイオン検出器の増設を完了し、現在 まで基礎的な同位体データの集積および装置の特性評価をおこなって参 りました。今月に入り、装置の基本性能の評価が完了し、年代測定に 必要な同位体分析精 度がえられるようになりましたので、ここで簡単 にお知らせしたいと思います。なお 、これまでに得られた成果は、プ ラズマ質量分析研究会(東京)、地球化学会(静岡 )、質量分析学会 同位体比部会(愛知)、国際同位体宇宙科学シンポジウム(東京) に おいて発表いたします。
今回の改造は、東工大既有備品である超微量元素分析装置(ICP質量 分析装置)に ついて行われました。従来の分析装置はイオン検出器が 一つだけであり、質量数の異 なる複数の同位体を検出するためには質 量分離磁場の強度を変化させ、それぞれの質 量数のイオンを順次検出 していました(磁場走査測定)。しかし、この方法ではイオ ン源のふ らつきや試料導入速度のわずかなばらつきが同位体分析精度を著しく低 下させてしまい、0.5〜1%をうわまわる高い同位体分析精度(繰り返し 再現性)を得るこ とが極めて困難でした。そこで、複数のイオン検出 器を並べ、複数の同位体イオンを 同時に検出すれば、イオン源のふら つきや試料導入速度の変動が効果的に排除でき、 同位体分析精度は飛 躍的に向上します。検出器を増設したICP質量分析計により得ら れた鉛 同位体(年代測定を行う上で重要な元素)分析結果を下に示します。
結果:国際同位体標準鉛(NIST981)における207-Pb/206-Pb同位 体比分析結果 (溶液モード、分析溶液中の鉛濃度2ppm、タリウムによ る同位体効果補正)
1回目 0.91433+/-0.00003 2回目 0.91431+/-0.00003 3回目 0.91435+/-0.00003 4回目 0.91432+/-0.00003 5回目 0.91431+/-0.00002 6回目 0.91432+/-0.00002 7回目 0.91432+/-0.00002 8回目 0.91434+/-0.00002 平均値 0.914325+/-0.000028 (分析精度0.0031%) 検定値 0.91464+/-0.00033
以上のデータをみると、分析精度(繰返し再現性)は0.003%にまで 向上しているの がわかります。この値は、当初の目標精度(0.05%)を 満足しています。上の結果は 、一般的な計算法に基づく同位体効果の 補正を行ったものであり、検定値と比較する と系統的に低めの値がで いることがわかります。これに対しては、我々は独自の同位 体効果補 正法を開発することができました。この補正法を用いると、上の鉛測定 値は 0.91458となり、検定値0.91464により近い値となります。現在、鉛 以外の元素につい てその実用性を検証しています。今回の測定では、 1回の測定に要する時間はおよそ 15分であり、ICP質量分析計の特長 である分析の迅速性が失われていないことがわかります。
8月中旬から9月中旬にかけて英国において英国フィアソ ンズ社とレーザーサンプリ ング装置の開発について打ち合わせをして 参りました。このレーザーシステムは、固 体の地球科学試料から同位 体情報を直接引き出す上で必要なものです。年代測定を行う上で必要 となる主な仕様は以下の通り。
以上、簡単に現在までの進捗状況をお伝えいたしました。現在、東 工大では高感度化のための装置改造に取りかかっております。新しい データが得られましたら、また この場をお借りしてお伝えしたいと考 えております。
[目次へ]真砂英樹 (東工大地球惑星4年)
去る11月5、6日、愛知県犬山市及び岐阜県坂祝町の木曽川沿いに て、二畳紀 / 三畳紀 (P / T) 境界、三畳紀 / ジュラ紀 ( T / J ) 境界を含むチャ ート及び頁岩 のサンプリングが行われました。この地域にはたいへん きれいな縞縞をもったチャートが 連続して露出しているのことで有名 で、縞縞解析の絶好のフィールドであると考えられま す。またP/T 境界のイベントを解明する上でも重要なフィールドです。
全地球史解読では2億年よりも古い時代の地球史をターゲットにか かげています。しか しながら、新しい時代で年代が十分な精度でわかっ ている場所で、連続サンプリングから 縞よみにいたる過程をたどり、 その有効性を示しながら同時に問題点をあらいあげる必要 があります。 この場所のチャートはHori(1988)によって微化石層序が詳細にわかって おり、これを時間軸のてがかりにして縞縞解析を行おうというもので す。
また今回は富山大の酒井氏のグループが参加しました。このグルー プは磁気的測定に新 しい手法を導入しようとしており、今回採取した 試料でその威力を試すことも今回のサン プリングの目的です。この場 所は、堀,趙らによってコスミック・スフェルールが発見, 測定され ており、スフェルールの堆積速度を一定と考えて、チャートと泥岩の堆 積速度の 比がはじめて明らかにされています。磁気的測定によってス フェルールの検出・定量が効 率的にできれば、堆積過程のモデリング に大きな威力を発揮すると期待されます。
参加者は以下の通り。
東工大 丸山、寺林、小宮、鈴木、南間、萩原、國末、大栗、真砂 名大 熊澤、高野、吉岡、中野、堀、岡庭 富大 酒井、椚座、堀井、米沢 香川大 吉田、増田、内田 岐阜大 川上 山口大 加藤
今回実験的に導入され,予想以上の威力を発揮したのが,コンクリ ートハンマー(削岩機)である。これは道路工事などで使われている 削岩機(の小型のもの)の先に専用 のたがねをつけたようなものであ る。表面が滑らかな露頭で堅いチャートをサンプリングする際には非 常に有効である。名大の高野氏がホームセンターで見つけて買ってき たもので,3万円程度と値段も手頃なので,今後のサンプリングには大 いに使えそうである。
今回、地層の側方連続性という問題について認識を深めた。ある層 をずっと横方向に追跡すると,あるところでは,層の厚さが変わった り,層が乱れたり,また,2つにわかれ ているように見えるところがあっ たりもする。我々は今まで地層という言葉をあまりに漠然と使ってき たが,地層の縞から何かを読みとろうとするにあたって,あらためて地 層とは何であるかということを考える必要があることを指摘したもの である。熊澤氏が特にこの問題を強調して、注意を促した。
この地域で本格的なサンプリングをするのは初めてということもあっ て,今回は何ができそうかを考えながらのサンプリングという感じで した。次回以降はもっとバリバリ作業ができるようになると思います。 大きなサンプルが欲しいところですが,堅くてそのくせ粉々に割れや すいというたちの悪いチャートをいかにして採るかということが,今 後の課題だと思います。
今回いろいろなところか人が集まり,初対面の人も多かったのにお 互い交流を深め る時間がなく,自己紹介さえちゃんとできなかったの は少々残念でした。
[目次へ]Grant Kocharov (名大太陽地球環境研)
In all the 4 series of the experimental data there is a deficit in solar neutrinos fluxes in comparison with the prediction of standard solar models (SSM). In KAMIOKANDE experiment (Japan), it is established that neutrinos do come from the Sun and the energy distribution is consistent with the known shape of the 8B neutrino spectrum. The measured flux is (2.7+-0.5)x106/cm2/sec, what is a factor of 2 less than SSM prediction. Using this value we can estimate a capture rate for Chlorine experiment(USA); 4÷5 SNU (Solar Neutrino Unit), which is in good agreement with experimental data for the same time period. In GALLEX (collaboration of 5 countries) a capture rate is 77+-10 SNU, which is considerably less than theoretical prediction 127+-7SNU. SAGE (Russia-USA) results are practically the same as GALLEX data. Based on the KAMIOKANDE data we can estimate 7Be neutrinos flux and the capture rate for Gallium experiment: 17÷34 SNU. If we subtract the contribution of 8B and 7Be neutrinos from the observed capture rate we will have for pp neutrinos 35÷55 SNU, which is considerably less than SSM prediction 71 SNU. Therefore, pp neutrinos flux is also depressed. Such a general deficit was predicted by Kocharov and Starbunov in 1969 based on the hypothesis on increased abundance of 3He in deep solar interior. To explain the obtained data 3He abundance has to be 3x10-5 which is several times more than SSM prediction. There are 2 possibilities for such an increased abundance; the primordial Sun already had helium -3 or in solar history it was suddenly mixing in the solar interior (the idea of W. Fowber, 1972). In the last case Sun now should be in a transition region. The forthcoming experiments SUPERKAMIOKANDE (Japan and BOREXINO (USA) will give an answer of the questions formulated above.
[目次へ]吉村宏和 (東大大学院理学系研究科天文)
今年の10月にアメリカのニューメキシコ州の砂漠に囲まれた山上に ある 国立天文台の太陽天文台で開催されたワークショップに参加した。 ワークショップのテーマは太陽に起因する惑星間空間と地球の変化の 駆動メカニズムである。アメリカはもちろんのこと、欧州、ロシア、 インドなどの太 陽物理研究者と地球物理研究者が集まった。私が特に 注目したのは、アメリカの主な関連のある政府機関から研究者ばかり でなく、行政職についていると思える人々が参加したことである。こ れは、アメリカの太陽物理とスペースサイエンスと私たちが呼んでい る地球の近くの宇宙空間の理学と工学のこれからの計画を模索してい るからであると、私には思えた。その一つは、宇宙気象予報と呼ばれ るプロジェクトで、これは、理解がしやすい。太陽は、高エネルギー のX線、粒子を、太陽大気のなかでの爆発的エネルギー解放機構であ るフレアーが起こったときに、放出するから、この影響は、宇宙空間 で作業する人々が増えるであろうこれからの時代には、知らなければ ならないことがらであるからである。このほかにも、フレアほどでな いにしても、大量の物質がコロナから放出される、コロナル・マス・ エジェクション(CME)と呼ばれる現象があり、CMEが太陽コロ ナに発生して地球近傍を通過して惑星空間に飛翔するかどうかは、宇宙 空間に多くの人工天体を送り、理学ばかりでなく、実用の度合いを深 めている現代の社会の要請から見れば、わかりやすい重要な事柄である。
しかし、これだけの事柄であれば、研究としては、それほど新しいこ とではない。このワークショップに参加した人々のなかでも、次の重 要な計画としているのに太陽周期の問題を考えている人々がいた。特 に重要なのは太陽周期にともなう太陽の総輻射量の変化の問題であり, 総輻射量の変化が地球の気候と気象にどのように影響しているかの問 題である。実際、来年の三月から四月のかけて、ワークショップとシ ンポジウムがアリゾナと、それの隣接するメキシコで、連続して開催 される。このワークショップに参加したサブ・グループが組織してい る。
この分野の難しいことは、その立証が困難であるということもあるが、 過去この問題は、結論が先にきて、経験的な現象の比較からその結論 を導こうと急いだあまり、科学界の不信を招く結果になっていたとい うところに 根本的な困難があると思われる。そのため、研究をサポー トする体制をつくるのが難しくなったという事情があるのである。わ ずかの地球の現象と太陽でそのころ知られていた唯一の確実な変化で ある太陽磁場の11年周期と比較して、同じ周期で変化しているとか、 その変化が位相があっている、あるいは、あっていないとかいう経験 的な議論が主体であったので信頼性にかけていたのである。この磁場 の11年変化を主体に太陽地球間の関係を考えるのは,上に述べたワ ークショップの最も安全に発言出来る関係が明瞭なので,自然なない ゆきでもあったのであろう。
しかし、このワークショップで新しく見られたことは、アメリカをは じめ、多くの国で、この太陽の輻射と地球の気象と気候の関係を現代の 手法で明らかにしようという機運が高まりつつあるということである。
私は、太陽のダイナモによって太陽の磁場が創られ極性を反転しなが ら、その振幅が長い時間スケールで変動している現象を研究していて, そのための理論を展開しているが、その理論によると必然的に太陽の 全輻射総量は太陽磁場周期と共に変化しなければならないことになっ ていた。この理論は、輻射総量の変化は磁場の変化に比べて時間の遅 れがあるべきであると主張しているところに特徴があった。理論を検 証するため、データが必要だったのだが、そのデータは最近になって やっと、公開のものとなった。スペースから測定した、人工衛星 Solar Maximum Mission (SMM)のデータと Nimbus 7 のデータが公開されたのである。このデータは1970 年代のおわりから1980年代のはじめにかけて、観測が始まった ものである。今、二つの衛星とも、観測を終えているため、全データ が一般に公開されたものであると思われる。 SMMのデータは、太陽 周期21の極大期から周期22の極大期の前までのデータである。 Nimbus 7のデータは、それよりも長く、 周期21の極大期から、 周期22の極大期をこえて、極小期に向かうところで終わっている。 二つのデータとも太陽の輻射は極大期には大きく、極小期には小さい という性質を示していたが、 Nimbus 7のデータは、 周期22 の極大期が終わっても、輻射量は下がらず、しばらくしてから下 がっ ている。 私は、このデータを新しく開発した手法で解析して、 太陽 輻射の時間変化が、太陽磁場周期に一周期遅れて変化していることを見い だした。これは、太陽のダイナモ理論の検証であると共に、太陽の磁場 の周期変化と輻射の変化は必ずしも位相を一致しなくても良いという 証拠でもあった。この遅れ時間の現象は、太陽のダイナモ理論による とダイナモで創られた磁場がそのローレンツ力をダイナモを駆動する 対流に及ぼして その流れを変えるのだが、力が流れを変えるには時間 がかかるということに由来している。対流は熱を運ぶから、輻射は必 然的に変わるのである。 したがって、磁場の強いときと弱いときでは、 ローレンツ力も強くなったり弱くなったりするため、遅れ時間は、短 くなったり、長くなったりする。力が強いときは、短い時間で対流の 流れを変化させるから、遅れ時間も短くなるのである。
このことは、いままで、太陽と地球の気候と気象の変化の少なくとも ある部分には関係があるという仮説を立証するにあたり、太陽の磁場 の周期変化との関係を論じていたのが、太陽の影響は地球に,その輻 射の変化を通して及ぼすものとすれば、太陽の磁場の周期とは、位相 を一致する時もあれば一致しない時もあることを意味している。従って、 いままでの経験的な現象の比較の議論さえも見直さなければならない ことを意味している。
私は、この現象の比較だけでは、太陽と地球の気象と気候の関係の確 実な立証には、なりにくいと考えている。どうしても、力学的な因果 関係を明かにする必要がある。この因果関係を解明し,太陽の振り舞 いと地球の気象と気候の関係があるか,ないか,確実な,立証をする ため,幾つかの試みをしている。その一つは,回転する二つの円筒内 に水をいれて,円筒間に温度差を与え,その中の運動を数値実験の手 法で研究するものである。これは,古典的な,Hide の 実験で,現在で は,高校で,中学校でも理科の実験として,室内でできる実験である。 この運動は,Rossby 波 となり,地球の極からみた,ジェット気流など 中緯度の地球大気の簡単なモデルであることはよくしられているが, Hide 自身は,この実験を,地球の磁場のダイナモ機構を研究するため にした事は,あまり知られていない。数値実験は原理的には,もっと, 徹底的に研究されてもよかったのであろうが,動機はそれほどでもな かったのであろう。ともあれ,私は,大学院生の黄 文宏君と協力して, この運動の解明,特に,その非線形過程の解明に,努めている。すで に,いくつかの,重要な性質を発見している。その一つは, 円筒間の 温度差を少しずつかえていった時,運動の性質が,大きく変わる現象 である。Rossby 波 は,容易に得られ,その基本的性質,波動,伝播 , 波数は変化しないで,振幅だけ大きく,あるいは,小さく,変化する, vacillation の現象などは,良く再現できている。私は,温度差をわずか に変えることは,太陽の輻射量がわずか変わったことに対応していると 考えていて,太陽の輻射量が,わずか変わっただけでも,地球の大気 の大循環は,大きく変わりうる可能性を,この数値実験は示している と考えている。地球の大気が,実際,このような状態にあるのか,あ るいは,あったのか,あるは,これから,あるのかは,これからの研 究を待たねばならない。私たちの数値実験も現在続行中である。これ らの,数値実験を含む研究は,科学研究重点領域,地球史解読の一部 としても,私は,位置付けている。研究が進むにつれて,また報告を することもあるかと思っている。
アメリカをはじめとする各国の先に述べた,動向とも照らしあわせ, 個人レベルで,大きなプロジェクトに対抗するのも,また,一興かと 考えてい る。
[目次へ]中久喜伴益 (広島大理)
地球のテクトニクスの大きな特徴は,プレートテクトニクスである ことですが,それはいつから始まったのでしょうか?その問に対して, ダイナミクスの理論的(数値的)な手法によってせまってみたいという のが私たちの(広島大学理中久喜伴益・高知大学理本田理恵)の研究テ ーマです.
今まで行われてきたマントル対流の研究でプレート運動をモデル化す ることは何度も試みられてきましたが,多くのモデルではプレートは人 工的な境界条件,あるいは粘性構造としてモデルに取り込まれてきまし た.本研究では,プレート運動とくに沈み込むことができるプレートを マントル対流の一部としてモデル化するのが目標です.そのため粘性率 の異方性・履歴依存性および粘弾性などをモデルに取り入れることを考 え,現在はそのためのプログラムの開発中です.プログラムの完成には, まだしばらく時間がかかりますが,今までのモデルと比較してより自然 なモデルをつくることができるのではないかと考えています.
川上紳一(岐阜大教育)・高野雅夫・熊澤峰夫(名大理)
1995年7月14日から16日にかけて、岐阜県上宝村平湯温泉で行った表 記研究会の概要を紹介する。
「全地球史解読」では、今後の地球史研究に地球科学者と生命科学者 の密接な連携が不可欠であるとの認識から、共同研究を模索する研究 会やシンポジウムなど、両者 の交流をたびたびはかってきた。その結 果、「生命と地球の共進化」というキーワードのもとに、新しい方法 を探索しつつ可能な方法を結集して、生物圏の変動史の復元 や地球シ ステムの変動における生物圏の果たした機能とその帰結としての地球史 解読を目標にするという計画を提案することになった.(詳くは、 月刊地球, 17, No. 7、「生命と地球の共進化」)。
こうした計画を具体化するため、1995年5月9日、10日、金沢大学田崎 研究室と名古屋大学全地球史解読グループが中心となって合同ゼミを 開催した(詳しくは、田崎、地質学雑誌、7月号、ニュース記事)。 その結論は、生命科学と地球科学の境界領域として、これまでほとん ど着目されてこなかったバイオマットに焦点を合わせた研究 を推進す ることが重要ではないか、ということである.バイオマットとは、微生 物が密集繁殖して無機物質を固定しているマットのことで、ストロマ トライトはその化石であると考えられている.現在でも世界各地にバ イオマットかあることが知られているが、その全貌はまだ明かではな い.そこで、日本列島に分布するバイオマットのカタログ作り始める 必要があり、それを具体的な第一歩としたらどうかという提案があった。 文献で知っていても、バイオマットを意識して見たことのある研究 者は大変少ないと思われる.そこで、特に原始的な生命がバイオマッ トを作りつつある温泉で、 微生物学者、生化学者、生物物理学者を交 えて[バイオマット]を冠した研究会を開 くことになった.それが表 題の平湯バイオマット研究会である.そこでは、約50名の 研究者が地 球科学、生命科学の双方から集まり、温泉につかりながら昼夜にわたっ て 熱気のある議論が行われ、具体的な研究計画を立案し実行すること になった。
まず、「全地球史解読」におけるバイオマット研究の意義を述べよう。 この計画で は、太古代まで遡った岩石や化石の系統的採集が進められ ており、ストロマトライトや縞状鉄鉱床に記録された、生物圏の変動 までを含めた地球システムの変動史の組織 的解読とその手法の開拓を 目指している。現在地球上に生息している生物のDNA塩 基配列、機 能タンパク質のアミノ酸配列は「生きた化石」として、分子進化に関す る情報をもっている。また、微生物の生化学反応とそれに介在する酵 素系の多様性には 、代謝系の進化に関する情報を含んでいる。これら の情報は地球環境変動史を読み解く手がかりを与える。最近になって、 超好熱性、超好酸性古細菌に属するバクテリアが次々と発見されてお り、原始的な細菌研究からみた生命の起源・進化、初期地球環 境に関 するイメージが大きく変わりつつある(たとえば、大島泰郎著、生命は 熱水から始まった、東京化学同人、1995)。
このことは、高温であった原始地球海洋の環境に相当する高温の温泉 や深海底熱水噴出孔周辺には、まだ未発見のバクテリアが多数存在す ることを示唆しており、そ の探査、単離培養による生化学反応系、生 息環境の解明や、分子進化学的位置づけによって、生命の起源・進化 のシナリオが大きく書き換えられるものと期待される。このような研 究は生命の起源と進化に関わる生命科学者にとっても大きなフロンティ アの一つである.また、それを支援し、最新の生命科学ののインパク トを受けとめ、その目で地球の環境変動とその総決算としての全地球 史を見直すことは地球科学にとっても避けては通れない新しい道であ ると考えられる.
特に、高温、高酸性環境のバイオマットは、生息できる微生物の種類 が限定される ことから生態系として単純であり、原始地球の生態系モ デルとみなすことができるだろう。こうした考えに基づいて、微生物 生態学の研究グループ(代表者:加藤憲二 信州大学医療短期大学部)は、 「原始共生系」というキーワードで、温泉バイオマットの組織的研究 を模索している。つまり、温泉バイオマットは「生きた生態系化石」と みなすことができ、「全地球史解読」と連携することになった。 また、 縞状鉄鉱床やストロマトライトは、太古代、原生代のバイオマット の「化石 」であろう。それらの形成メカニズムを明らかにするために は、現生バイオマットに 見られるストロマトライト様岩の組織、構造、 化学組成、鉱物組成やその形成メカニズムを調べる必要があるだろう。 こうした研究は、金沢大学のグループによって始められている。 特に、縞状鉄鉱床形成をもたらした鉄イオンの酸化による堆積の原因 は重要な問題である。おりしも、分子状酸素の乏しい嫌気的環境で Fe2+を酸化する光合成細菌が発見された(Widdel et al. (1993, Nature, 362, 834)ので、光合成反応中心の進化の研究と、より始源的な反応中心を もつバクテリアの探査、およびその構造や機能の解 析が生物物理学に おいても重要な課題としてとりあげられている。この研究会を行っ た平湯温泉では、沸きだす80゜Cの湯の中に繁殖する濃緑色の シアノバクテリアや黄白色の硫黄バクテリアのコロニーをみることができる。 また、 そこでは、生体鉱化作用が働いてバイオマットが形成され、ス トロマトライト様の無 機物質が堆積している。原始地球を彷彿とさせ るこのような場は、日本列島の中だけでもまだ未発見のところが相当 あるだろう。そこには未発見の原始的代謝系しかもたない現生の微生 物とその生態系の存在が予測される。また、何億年も保存されて物証 になる鉱物や化石バイオマットの形成メカニズムを探ることができよう。
さらに、地球科学におけるバイオマット研究の重要な意義は、グロ −バルな地球化 学的物質循環の素過程を微生物が担っていることにも ある。太古代では、恐らく生物種とその機能の種類がが少なくシステ ムが単純であるから、その物質循環の定常状態 が崩れて大規模な地球 環境変動を引き起こしたことであろう.それと推定できるイベ ントも いくつかある.つまり、バイオマット研究という局所的環境における微 生物の代謝系の研究が、グローバルな地球環境変動の研究と深く関わっ ているわけである。
このような[熱いフィールド]での[熱い議論]を通して、地球環境 進化と生命の 起源進化の研究が相互に密接に関わっていることが、生 命と地球、双方の研究者によ って実感された。もちろん、最新の手法 を用いた研究戦略と研究計画についても[冷静な検討]がなされたの は言うまでもない。これを契機に、生命と地球の研究者の合同グル −プが、各地のバイオマットの視察や調査をすでに開始している.さら にその 後の具体的な検討も加えて、今秋の科学研究費申請では、われ われの察知しているだけでも、次の3件の総研(A)が提出された.
この研究会ではポスター発表も含め、多くの講演がなされた。それぞ れ内容豊富で 、ここでは紹介しきない.そこで、月刊地球特集号「生 命がつくる地球」(1996年1月出版の予定)に、この研究会における 話題提供のいくつかを執筆して頂いたので、 ご覧頂ければ幸いである。
[目次へ]岩城雅代・伊藤繁(基礎生物研)
1995年9月24日、北大、高等教育機能開発センター(札幌)で表記 の日本生物物理学会シンポジウムが開催された.下にプログラムを示す.
ここではその概要を簡単に報告する.地球史の重大事件は生物進化の 節目と同期しており、生物学者も地球科学に踏み込みたい状況にある。 まず、生物学者を啓発(挑発)し、太古の地球へタイムワープさせたい、 という願いをこめて岩城と伊藤がintroductionをした。次に川上が地球史 7大イベントを魅力的に紹介した。このような面白い話ははじめて、と いう生物学者も多く好評であった。山岸はすべての生物の元になった生 命(コモノート)は熱水起源で古細菌に近いものであった可能性を示し た。化石になりそうな大型古細菌もでて、よむ班の大野照文氏(京大理) は感激する。松浦は、非酸素発生型の光合成の成り立ちと、シアノバク テリアのもつ酸素発生型の光合成にいたる過程を大胆に解説。茂木は O2呼吸酵素はNO還元酵素から派生したという仮説を分子構造から解説。 五條堀は現在進行中の「全遺伝子解読計画」と始源遺伝子の探査を紹介 した。郷は1つのタンパク質は複数の"モジュール"からなり、その進化 と組み換えが多彩な蛋白質を作り上げたことを示した。
ハイライトは熊澤の地球史第7イベント「いよいよ人類が全地球史 解読プロジェクトに着手する」の解説。登壇後、勢い余ってOHPをいき なり机上にぶちまけ、皆心配したが、観客を十分魅了した。マジな参加 者が「学生の前でそんな話をしてもらっては困る」とくってかかり、議 論が白熱。収拾のつかない議論を受け、向畑が、「古代ハロバクテリア の再現」プロジェクトを紹介し、よくみえないOHPで観客を煙にまきつ つ生物科学と地球科学の学際作業の絶好例を示す。
大野氏が古生物学者の立場からタイミングのよいコメントでシンポ ジウムを盛上げた。(彼はこの後の"錦沼ツアー"でプレカンの原風景に 魅了され、さらに翌日の"忠類ナウマン象記念館"で、思いがけず25年前 の自分の研究室の活動を目のあたりにし、首尾よく「40億年のタイムワ ープ」を敢行された。よって今回のタイムワープ大賞は大野さんに決定。)
このシンポジウムでは全講演タイトルはオーガナイザーがつけ、カ ラーのポスター、案内状などもつくり、広範に参加を訴えた。各講演者 の準備も良く、新たな視点からのエキサイテングなシンポジウムになっ た。聴衆の評判もよく、「科学運動としての全地球史解読」という点で も大成功であった。人と人とのネットワークがさらに広がり、今後の具 体的な共同作業もうまく進みつつある。
[目次へ]椛島太郎(東京工業大学・地球惑星科学)
7月19日から9月30日までの約70日間,国際学術研究「東太平洋海膨下の 溶融体構造に関する電磁気学・地震学的調査」(代表者:浜野洋三・東大理学系研究 科)とリンクして,西オーストラリアのピルバラ地塊,イルガルン地塊北縁部,及び その両者の衝突によってできたとされるカプリコーン造山帯の地質調査と試料採集を 行った。参加者は浜野洋三氏に丸山茂徳氏,廣瀬敬氏(東工大),小澤大成氏(鳴門 教育大)他に東大・名大・東工大の大学院生及び若干名,総勢20名である。 調査の目的のいくつか(一部は成果)を紹介すると,
今回の調査で我々は3台のランドクルーザーを使ったが,それらの総走行距離は 約45000km(地球1周強)にもおよんだ。また,東京23区のほぼ半分に相当 する面積で1/5000スケールの地質図を作成し,約7t(3000個/みかん箱 程度の箱に200箱)の岩石試料を採集した。さて,ニュースレターNo. 2で 伊藤・隅田 両氏からの報告があったが,本報告では我々の調査生活を日記の抜粋にて紹介す る。
ようやく冬が終わったばかりだというのにピル バラの昼は暑すぎる。そこで我々は今年から朝の6〜10時と夕の3〜6時の1日2 回 調査を行うダブルヘッダー制を採用した。昼休みは食事と昼寝といきたいところだ が ,ルートマップと採集した試料の整理に忙しい。また木陰やタープ(大テント)の 下に避難してもハエが一人当たり何十匹とたかるし,かといって個人用テントの中は 暑くて寝れない。結局1日12時間労働なのだが,それでも一番暑い日中に調査をし ていた昨年までよりはまだましである。
朝はまだ真っ暗な5時半に起きる。昨日の夕食の残り物に手を加え,暖かい朝食 をとる。身体が暖まり空が白けてくるとやる気が出てくる。誰かがランドクルーザー のエンジンをかけた。ディーゼルエンジンの音がたくましく聞こえる。さあ出発だ。 缶コーラを車中で飲む。水分とカロリーの補給にはうってつけだ。今日までにいった い何本のコーラを飲んだだろう。
今日の調査地点はノースポール地域の最南部である。ノースポール(北極点)と いう地名は,人を寄せ付けないほど暑いことを皮肉って名付けられた。まだ8月下旬 (冬季)だというのに温度計は日陰でも体温を超える。湿気の多い東京の39度より はましだろうが,日向は灼熱,50度までしかない温度計の目盛りをすぐに越えてし まう。道沿いにはカンガルーが出没する。(カンガルーは夜行性で日中は日陰で休ん でいるのだが夕暮れから朝にかけて行動する。自動車のヘッドライトに飛び込んでく るので運転は要注意だ。今年は4匹を跳ねてしまった。)今日の調査地点に着い た。そこには酸性火山岩体が帯状に分布しているが,従来それは現地性の地質体であ ると解釈されてきた。我々は昨年の調査で,ノースポール地域の地質体がプレート沈 み込み帯で形成された付加体であることをデュープレックス構造の復元によって証明 した。最南部は見かけ最上部なので最初期に付加した海台起源の地質体が分布してい ると考えられる。酸性火山岩体は現在のアイスランドのようなバイモーダルな組成を もつ火山岩が噴出する場であったと推定している。今日の目標集合時間はメインの道 路に正午である。そんな時間に戻れるだろうか?
(5時間後)暑い。 飲料水はすべて飲み干してしまった。(後でわかったことだが,30分に一 度は水を補給して,その気化熱で体温を維持しないとすぐに脱水症状になり熱中症に やられてしまう。)集合場所である道路まであと1時間はかかるだろう。指先が震え る。風邪だろうか。
昨日まで身体を騙し騙しやってきたが,今日はついに午前の 調 査を休んだ。テントで休んでいても一向に体調は回復せず,午後には約200キロ メートル離れたPort Hedlandの病院の緊急窓口にかつぎ込まれた。診断の結果,休息 と水分の補給が必要であるとされたが,空きベッドがないためか,症状がそれほど重く ないのか(38度7分),はたまた我々の身なりがあまりにもみすぼらしかったため か,入院は許されなかった。その夜はモーテルに泊まった。1カ月以上ぶりのベッド の心地よさを味わう余裕などなく,眠りについた。(私が再びノースポールを訪れた のは,さらに3日間キャラバンパークのキャビンで過ごし,多少なりとも体力が回復 してからであった。)
今日はカプリコーン造山帯の調査における山場である13 kmトラバースである。私は病み上がりであるばかりか,カプリコーンに来てから睡 眠不足が続いていたため,当然アシストにまわった・・・・・と書きたいところであ るが,Tさんと二人で13kmの旅にでることが昨晩のミーティングで決まった。二 度と熱にうなされたくない私はおにぎり,サンドイッチ,そして5リットル強の水を 持ち,まだ暗い6時前に東に向かって歩きはじめた。我々二人の負担を少しでも軽く するため,西端と東端の3kmずつはそれぞれOさんとMさんが調査することになっ ていた。朝は分担範囲の境界までOさんと共に三人で向かった。キャンプサイトから 5km離れたその場所に着いたのはすでに陽が昇った7時であった。例のごとくコー ラを飲み,お互いの無事を祈って別れた。ここからMさんが待つポイントまで直線で 7kmである。
(2時間後)2kmで30個のサンプルを採った。まだ9時にもかかわらず昨日の 正午並の暑さだ。こんな日に限って暑くなる。まるで○○○の法則だ。ノースポール の悪夢が蘇る・・・
(6時間後)約束のポイントにMさんの姿が見える。無事にたどり着いたと思った のもつかの間,つい先ほどまでMさんが立っていた場所に行ってみると,Mさんが見 あたらない。我々に気づかなかったのだろうか?
(15分後)我々が歩いてきた 500mほど西方の山頂にMさんの姿が見えた。今日はできるだけ省エネで済むよう に位置エネルギーをセーブし,必ずしも尾根を歩かずにここまでやってきた。そのこ とが災いしたのか,我々に気づかなかったようだ。風が強く,叫んでも聞こえない距 離だ。我々は仕方なく,非常事態の連絡方法である“狼煙”をあげた。スピニフェッ クスという植物に火をつけると,松ヤニのような樹液のため瞬く間に燃え上がる。谷 から風が吹き上げ,風下に飛び火していく。普段は,数十cmにもなる松のような葉 先で,我々の行く手を妨害する厄介者(シリカを含む 葉先の針は,足に刺さると痛が ゆい)もこんな時には役に立つ。ただ,狼煙”と行っても煙はそれほど出ないため, 炎の勢いだけが勝負である。背後の山が燃えているのに気づいたMさんは同時に我々 の存在にも気づき,こちらに近づいてきた。
(5分後)到着するや否や,日頃火遊び の好きなMさんが慌てはじめた。火が強風に煽られ手がつけられない程にまで燃え広 がってしまったのである。(この日の疲労の最大の原因が消火作業だったことは言う までもない。)
[目次へ]川上紳一 (岐阜大教育) ・ 熊澤峰夫 (名大理)
1995年11月28日から12月1日にかけて標記シンポジウムが名古屋大学シンポジオン で開催された。参加者は米国、オーストラリア、中国、韓国、台湾、ロシア、 インドネシアなどからの約40名の外国人を含め、約80人であった。表題のIGBPは International Geosphere-Biosphere Projectの略で、次世代の国際的 大プロジェクトとしてかねてから提案されていたものが、今や動きだしているもの である。この計画はリソスフェア計画など弱小国際研究プログラムの乱立を憂い、 人類の生存をかけた研究に重点を起きつつ、諸研究プログラムを包含するもの として、欧米の強力なリーダー達が動かそうとしてきたらしい。このプログラムの 提案が日本の学術会議に持ち込まれたとき、地球科学関係の高い立場にある偉い ある先生が、われわれには関係がないと発言して識者を呆れさせたこともあった、 とのことである。こんなわけで、バスはすでに発車している。
PAGESとは、Past Global Changesの略であり、産業革命以後の人間活動の 環境への影響を過去2000年(1万年)の環境変動の流れの中で把握しようというもの である。(IGBP-PAGESの活動の概要紹介については、松本英二 (1993) 地質学論集 第39号 、1-6を参照して頂きたい。) そのサブプログラムの一つがPEP (北極ー赤道ー南極 pole-equator-pole の略) であり、過去2000年の環境変動を地理的パターンの変化として把握することを 意味している。すでにPEP-I、PEP-II、PEP-IIIが計画されており、それぞれ南北 アメリカ、アジア-オーストラリア地域、ヨーロッパ-アフリカを縦断してデータを 取得することになっている。つまり、今回のシンポジウムでは、アジア-アフリカ が対象であった。また、気候変動と しては、ENSO、小氷期 (15世紀から19世紀にかけて、世界的に寒冷化したとされ、 小氷期と呼ばれているが、いつ始まりいつ終わったのか、グローバルな現象である のかなど、盛んに議論されている)、中世温暖期(12世紀ごろは逆に世界的に温暖 であったとされているが、よくわかっていない)などの実態解明に注目している。 さらに、太陽からのエネルギーのかなりの部分は、PEP-II地域から極域へと伝達 されているので、この地域での変動がグローバルな気候変動とリンクしている 可能性が高いこと、チベット-ヒマラヤ高地の存在がアジア-モンスーンやジェット 気流の蛇行に影響を与えており、これらの変動もグローバルな気候変動とのリンク が注目されている。
このシンポジウムでは、約50編の論文が読まれた。年輪気候学のM.K. Hughes は、南北アメリカにおける年輪データベースの作成と、それからわかる過去2000年 の気候変動の実態を示した上、ロシアや中国の研究者と共同で研究対象をアジア 大陸へと拡大しつつあることを示した。アイスコアではL.G. Thompsonがアンデス 山脈やチベット-ヒマラヤ高地の氷床ドームの掘削の様子を紹介し、それらから 読める気候変動を比較した。一方、J. Coleは熱帯赤道域におけるサンゴの縞を 用いたENSO解読の現状を紹介し、西太平洋からインド洋へ研究対象を拡大しつつ あることを示した。これらの研究は、PAGESとしてのスコープがしっかりしている うえ、質、量ともにすぐれたデータを提示しており、欧米グループのレベルの高さ を見せつけられた。全地球史解読と関連した研究では、福沢仁之(都立大)が水月湖 の湖成堆積物の縞を解析し、それらが年縞として年代決定に利用できること、乾湿 の変動や気温の変動、海水準変動の記録計であることを示した。また、飛び入りで、 全地球史解読で開発している「5時からマシン」の見学ツアーを企画した。多数の 外国人を含む約20名が研究室を訪れ、各種装置と得られたデータを見学した。 参加者の多くから全地球史解読のコンセプトと分析機器開発がPAGESと共有できる という感想を頂いた。(翌日の講演の中で全地球史解読について触れる研究者も 現れた)。さらに、実際にインドネシアの研究グループと共同で、サンゴの縞の 解析を5時からマシンを用いて分析することになった。それらの試料の分析から ENSO、火山噴火、津波地震などのイベントを解読できるものと期待される。
このシンポジウムにおけるHughes、Cole、Thompsonらの講演等からわかるように、 過去2000年のグローバルは気候変動の実態解明に向けて、欧米諸国では高時間分解能、 高空間分解能で地球環境変動史を記録した試料の系統的採集、気温や降水量指標と してのproxy dataのキャリブレーション、地理的には全地球をカバーし テレコネクションのメカニズムの解明を目指しており、すでに多くの成果をあげて いる。また、中国、台湾、韓国の研究者もPEP-II地域ではアジアモンスーンが 解読の鍵を握るとして、独自のデータベースを作成し、成果をあげている。わが 国の研究の現状は、これらの国々からは遅れをとっており、古文書、氷床、サンゴ 試料を用いた個別地域、個別試料の環境解読が多く、人類生存をかけた環境変動 解読のためのプロジェクトとしてはあまりにも貧弱であるように思われた。この ままでは近い将来、中国、韓国、台湾など近隣諸国の研究者によって過去2000年の アジアモンスーンの変動史の大局的姿が明らかにされてしまい、日本はまた欧米の IGBP-PAGESに引きずられてついていく後進国に甘んじなければならなくなるのでは なかろうか。中国、台湾、韓国と比較しても、これらの国々のレベルも近年急速に 向上しており、日本はこれらの国々からも後進国とみなされるようになりかねない。
こうした危機的状況をいかにして乗り越えるか、真剣に検討すべきである。 ここでは、筆者の個人的な見解を述べ、具体的に何ができるかについて、議論を 喚起したい。「全地球史解読」では、物証の残る過去40億年の環境変動の解読を、 「とる」、「とけい」、「よむ」、「もでる」の密接な連携のもとに進めており、 研究の進め方については過去2000年の環境解読についてもお手本を示し、欧米、 アジア諸国に対して巻き返しが計れるものと考える。また、「全地球史解読」が PAGESに積極的に学ぶ所もある。「全地球史解読」では、地球表層環境の進化に 生命が積極的に関与していることを認識し、「生命と地球の共進化」という キーワードのもとに生命科学者との共同協力体制の確立を模索しており、新しい 研究の流れを生み出す気運が高まりつつあるが、PAGESを包含するIGBPは、その 名前が語っているように、GeoscienceとBioscienceの密接な連携を意識的に、 しかも強力に推進することを掲げており、その動向に注目していくべきであると 考える。
さて、PAGESは過去2000年間に焦点をしぼり、グローバルな環境解読を進めて いる。対象とする時間スケールには、すでに述べたようにENSO、アジアモンスーン 変動、小氷期、中世温暖期がある。これらの解読には、観測時代における気候の 地理的パターンとその変動を明らかにする必要があり、気象学、気候学、海洋学、 地理学などの研究者と、古い時代の物証を扱う地質学、地球化学の研究者が、 解読の進め方をめぐって協力を必要とする。
PAGESでは、過去2000年(深海底堆積物、氷床では過去25万年)を対象として いるが、過去1万年、あるいは過去10万(25万)年にまで、対象とする時間スケール を拡大して重要課題をしぼりこむ。この時間スケールには、ヤンガー・ドライアス、 最終氷期の中のインタースタディアル(温暖期)、ハインリッヒ・イベントなど、 短い時間スケールで大規模な気候変動が起こっており、古気候解読と氷期-間氷期 サイクルのモデリングの連携による「作業仮説ころがし」を行う材料が多数ある。 具体的試料としては、湖成堆積物、氷床氷、樹木年輪、サンゴなどのうち、 古環境記録として質のよいものを手に入れる必要がある。年縞をもつ湖成堆積物の 系統的採集・分析は、全地球史解読グループによって始まったばかりであり、 大きな発展が期待できる。また、湖成堆積物には、火山灰、地震・津波イベント なども記録されているので、PAGESとは異なったわが国独自の展開が期待できる。 また、年輪、氷床コアの 14C や 10Be の解析や堆積物の帯磁率、伏角、偏角の 測定を行って、地球磁場変動、太陽活動の長期的変化、超新星爆発イベントの 検出を目指すことも重要な課題となろう。湖成堆積物に関しては、福沢により 福井県三方五湖(水月湖)の試料を用いて過去1万年間の乾湿の変動、降水量の変動、 海水準の変動、地震イベントの検出が進められている。現在、東京大学地震研究所 特定研究(B)や重点領域「全地球史解読」の公募研究などの援助により、琵琶湖、 三方五湖(日向湖)、青森県十三湖、小川原湖、諏訪湖、浜名湖、鳥取県東郷池など のコアの採集・分析が始められている。将来的には、木崎湖、余呉湖などの内陸性 湖沼のほか、立山地獄谷縞状硫黄堆積物、栃木県那須塩原層群、宮城県潟沼などの 縞状堆積物も調査対象となる。湖成堆積物のコア採集手法に比較的安価で簡便な コアラーが開発されたため、従来に比べ、容易に試料が手にはいるようになりつつ ある。そのため、効率的な資料の記載が解決すべき課題となってきた。湖成堆積物 の分析の「5時から化」、ESR、OSR、14Cなどを用いた年代決定法とその精度の 向上のための「とけい」開発などが解決すべきテクニカルな課題である。特に、 14C年代の精度向上には、わが国の試料を用いた 14C変動曲線を構築する必要が あるだろう。一方、湖成る堆積物からどのような環境変動が読めるのか、あるいは 読み出したい情報を得るためには、どこへ出かけていってコアを採集すればよいの かは、アジアモンスーン変動やENSOに対する視点、地震発生のテクトニクスなど からの視点を必要とする。
時期をほぼ同じくして動き出したIGBPのPAGESと日本独自で立ちあげてきた 「全地球史解読」とは、基本的にはほぼ同じコンセプトと手法を共有しているが、 前者が当面の人類生存に焦点をしぼっているのに対して、後者がもっと広い視点と タイムスパンで理学としての地球をみていることにそれぞれの特徴がある。 新しい時代の地球史解読には質的、量的に豊富なデータがあるので古い時代よりは 解読作業は比較的楽であろう。しかも、「全地球史解読」よりは読めることの量は 圧倒的に多く、質は高い。また、地球の歴史にはこんなことが有りえる、という ヒントもたくさんあるはずである。したがって、古い時代の研究の推進にも、 IGBPの諸研究を常時フォローしておくことは極めて重要なことであると考えられる。 これからIGBPが地球科学における国際的学術研究環境にどのような影響を及ぼす ようになるか、まだわからないが、少なくとも学問的には将来を見た方向である ので、関係がない、などと思っていると将来困ることになるであろう。今や、 「全地球史解読」と同様に、さまざまな分野の研究者の密接な連携によって、 研究手法を刷新しながら、わが国独自の特色ある研究の流れをつくれるものと 思われる。
[目次へ]全地球史解読」もでる班では以下のような研究集会を開きます. だれでも参加できます.ポスター展示も歓迎します.ポスターは壁に自 由に貼ってください.遠くの方で旅費の援助を希望される方は相談に応 じます(瀬野まで連絡).
12月24-25日
東京工業大(24日:石川台2号館318号室,25日:百年記念館)
25日の集会終了後に懇親会(中華料理)を計画しております。予約 の都合上,懇親会に参加を希望される方は電子メール (yishi@geo.titech.ac.jp)かファックス( 03-6499-2094)でご連絡下さい。 当日の飛び入りのご参加も大歓迎です。
寺林 優(tera@geo.titech.ac.jp) 東京工業大学 理学部 地球惑星科学教室 丸山研究室[目次へ]
地球惑星科学関連学会合同大会(1996年3月26-29日 大阪大学豊中 キャンパス)が開かれますが,全地球史解読では共通セッション「全地 球史解読」を企画しています(コンビナー:瀬野徹三・川上紳一).計 画研究班班員,95年度公募採択者はもとよりそれ以外の方々にも,地球 史解読に関連した多様な研究に関する講演を申し込んで頂くようお願い します(講演申し込み締切は1月8日です).
セッションの日にちは3月26日一日と27日午前の一日半*を予定してお り,講演数がこれに入り切らない場合は,ポスターにまわします.この 振り分けはコンビーナーが行いますのでご了承ください.
講演申し込み方法ですが,地球惑星関連学会(地震学会,火山学会, 測地学会,地球化学会,地球電磁気・地球惑星圏学会,惑星科学会,鉱 物学会,第四紀学会,岩石鉱物鉱床学会,資源地質学会**,地質学会**, 天文学会**,気象学会**,水文・水資源学会**)の会員の方は,地球惑 星科学関連学会連絡会ニュースno.10をご覧ください.
上の学会に属していないかたは招待講演としますので,下記小沢まで, 名前,所属,住所,tel, faxを明記の上,申し込み用紙+説明を請求して 下さい(電子メールで申し込み可). また上で**をつけた学会所属の方は,申込みと同時に下記へ名前,所 属,住所,学会名,tel, faxをお知らせください.これはプログラム配布 のためです(もし上記ニュースがない場合は請求してください). 以上よろしくおねがいします. (瀬野徹三)
113 東京都文京区弥生1-1-1 東京大学地震研究所 小沢正代 e-mail:masayozz@eri.u-tokyo.ac.jp tel:03-3812-2111 ex 5818[目次へ]
今年も暮れが押し迫ってきました.これまでの地球科学関連重点では 毎年報告書を出すのが慣例となっています.我々は毎年ということにこ だわるつもりはありませんが,もう少し実質的な意味で報告書をつくる つもりでいます.自分や班の研究の成果をおしきせ風に記しておしまい, というよりは,これまでの成果のみならず自分の研究および他の研究者 との相互作用をすすめ る上での問題点・これからの展望を書いてもら い,実質的に今後の研究や「全地球史解読」の実行に役立ちうるような ものにしたいというのが執行部の考えです.また計画班や公募採択者の みならず広く投稿を呼びかけたいと思います.近いうちにくわしい案内 をお知らせします.
「全地球史解読」に関連して行った研究ではかならず謝辞にその主 旨を入れて下さることを事務局よりお願いします.謝辞の文例は後ほど 示しますが,とりあえずそれまでは自分の判断で作文して入れて下さい.
[目次へ](1996年7月現在)
このページは、瀬野徹三さんから次のメイリングリスト記事として 提供されたものに基づいています。(ただしIGBP-PAGES-PEPシンポジウム報告 は、印刷版のニュースレターに基づいています。)
Date: Tue, 19 Dec 95 14:58:56 JST From: seno@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp (Tetsuzo Seno) Message-Id: <9512190558.AA00612@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp> To: multier-news@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp Subject: zenchikyushi-news no.3 HTML版作成: 1996-08-16, 改訂 1996-08-17 増田 耕一 (東京都立大学 理学部 地理学科、 「全地球史解読」総括班員・情報処理担当) masuda-kooiti@c.metro-u.ac.jp[目次へ]