地球上で起こるさまざまな変動は,大気,海洋,生物圈,地殻,マントル,および地球の中心核など多様な時定数を持った多自由度力学系が,さらに複雑に絡み合って相互作用をする結果として生じていることだと考えられる. このような地球の姿は一つのシステムとして把握すべきだとの考えから,最近「地球システム」と呼ばれるようになった. 例えば,気候システムは,太陽放射など地球外からの入力に対して複雑だが規則性のある応答をする場合も,全く混沌としているように見える挙動をする場合もある.気候システム自体が多数のサブシステムからなっていることに加えて,固体地球システムとの強い相互作用が働いているからである. 固体地球内部の現象では,マントル対流やプレートテクトニクス,地球磁場をつくる核内の電磁流体ダイナモなどは,それぞれ一つのサブシステムの典型であって,それ自体の解明にも他のサブシステムとの相互作用を考慮しなければならない.
このような地球システムに内在する相互作用を解明しようというのが「地球システム科学」の立場である. これは直感的には素直に分かることではあるが,その鍵となる相互作用の物理的実体についてはまだ良く分からない. それは短い時間スケールでしか地球をみていないからである. たとえば,簡単な振動的な現象でも短時間だけ観測すれば永年変動に見えてしまい,現象もその本質も理解困難であろう. しかも地球システムは著しい非線形性をもっていることが知られている.最近の非線形力学系が示すカオスとその性質についての研究結果から,このような系の挙動の一般的特徴が少しずつ分かり始め,物理的実体を抜きにしても議論できるようになってきた. しかし,そのような議論は手段あるいは研究のある段階なのであって,それだけでわれわれが地球システムを分かったことにならないと考える.
制御した反復実験のできない地球システムを支配している相互作用を明らかにするには,深い洞察にもとづいた物理的な数値モデリングによって現象を研究室内で反復再現し,予測されることを再び観測データとつきあわせるプロセスを必要とする. 精度は多少あらくとも長い時間スケールの観測的物証が,このような研究推進に決定的な働きをする. これが次世代の地球惑星科学の最大の課題であり,その具体化が本重点領域研究である.
我が国の固体地球科学界は,60年代の上部マントル計画,70年代の地球ダイナミクス計画,80年代のリソスフェア探査開発計画(DELP*, Development and Evolution of the Lithosphere Program)を実施してきた. DELPの後にも継続している国際プロジェクトに対応して,学術会議にDELP専門委員会が設けられている. 90年代に入ってからは,地球システム科学がフロンティアをなすという思想から,DELP専門委員会はMULTIER (= Multisphere Interaction,Evolution and Rhythm)計画の研究推進をはかってきた. この計画は,多圏からなる地球システムの進化を,物理的側面,非線形システムの相互作用,地球のはじまりとおわりという時間的側面からみようとするものである.それらに対応する課題として,地殻/マントル,リズム,初期地球,リフティング(大陸の分裂)が取り上げられている. 本申請領域は,MULTIER計画の一環として申請されている.現在のところMULTIER計画は,予算のついた計画というよりは研究運動というべきものである.