解読とは: 試料の確保と記載,内容と意味の解読の4段階

古文書を「解読」する時,いくつかのステップがある.適切な場所をかぎつけて適切な「資料を発見確保」する段階,後の時代についた傷やよごれとオリジナルな記号文字とを区別し欠損部を補って「記載」をする段階,文字や言語,文法を解明して「内容」を理解する段階,さらに,そのような内容のことが記載された社会的背景や歴史的必然性などの「意味」を読む段階である.これらの各段階に順序があるのではなく,混み入ったループからなっている.そして,内容の社会的背景の理解は,新資料を発掘できそうな場所の推定に役立つ.

全地球史解読が古文書解読の場合と類似している点は,適切な試料があるところを見つけるのが本質的に重要な課題であることである.一方,古文書の場合と本質的に異なるのは,そこに起こる現象はなんらかの物理的必然性(非線形系のカオスもふくめて)に基づくので,得られている基礎データの意味を解釈するために,作業仮説としての「地球多圏相互作用の物理モデル」を創り,それを逐次刷新するという方法を用いる点である.


ヒトの全ゲノム解読プログラムに例えて学ぶ

全地球史解読編纂はヒトのゲノム解読プログラムに例えて比較できるほど,野心的で波及効果の大きい重要な研究である.ちなみに人間の全遺伝子暗号の情報は 10^{10}程度であり,地球の年令は 10^{10}年で同程度である.さまざまなテクノロジーの発達した現代において高々 10^{10}の情報を扱うことは技術的に充分可能である.しかし,従来地質学で行なわれているように,われわれが多量の試料を一つ一つ分析していたのでは手間と時間がかかりすぎて,実質的な研究の実行はできない.

ヒトゲノム解読計画に学ぶならば,自動解析の方法と装置の開発導入など,データ取得をどのように近代化,自動化するかが研究の成否を左右する.本研究でもこれに重点をおきたい.


地球惑星科学における意義

地球回転力学系の進化

月地球回転力学系の進化(地球の自転速度と自転軸方向の変化)を解読することが,地球惑星物理学にとって極めて本質的な役割を持っている.というのは,いままで謎とされてきた多くの地球現象の原因が,実は地球の回転とその変動を介した地球各層の相互作用によると考えられるようになったからである.地球の回転の変動の歴史は,次の事項に密接に関係している.

  1. 地磁気を生成する核内のダイナモと地球回転の変動との相互作用,
  2. 核内の密度構造進化と潮汐との相互作用,
  3. 惑星軌道の摂動,
  4. 地球内部構造の変化にともなう慣性モーメントの急激な変化の有無.

地球表層環境の日常的変動とその進化

われわれの地球環境に関する定量的な知識は古いものでせいぜい200万年であり,近代的な観測データの蓄積は数十年に過ぎない.われわれはそれらに基づいて現在の環境問題を検討している.しかし,長い地球史を調べてみると,われわれに将来起こりうるさまざまな環境とその変動が過去に実現しており,その実態と現象の因果関係の理解は,現在の環境問題に本質的に役立つものと考えられる.本研究の意義は,地球が過去に行った実験結果を記したテープを読みだして使うことである,と言ってもよいであろう.

固体地球内部と流体地球の相互作用

固体地球は,その幾何学的形状が大気と海洋の容器として,また,そのテクトニクスが物質の貯蔵供給過程として,流体地球の状態とその変動に大きな効果を持つ要因として位置づけられる.流体地球の示す環境変動は,地球外要因(太陽変動,惑星軌道変動による太陽輻射エネルギーの変動など)の励起と固体地球の境界条件の変化に対する全地球システムの応答として位置づけられる.本研究では,固体流体地球の変動が月の軌道運動に及ぼす効果も解明できそうである.これまで地球外要因と考えられてきた月-地球力学系も固体流体地球系と共進化する一つのシステムである,という新しい地球観の描像も得られよう.


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