シミュレーション天文学を支える人々(2):石川将吾さん

2018年からCfCAの特任研究員として働く石川将吾(いしかわ・しょうご)さん.自身の研究を行いながら,コンピュータの運用にも携わっています.もともとすばる望遠鏡で観測的な研究を行ってきた石川さんですが,CfCAに来てシミュレーションも手掛けるようになったとのこと.そんな石川さんにお仕事のこと,研究のことを伺ってみました.



画像1:水沢キャンパスの特別公開で,アテルイⅡの解説を行う石川さん(2018年8月撮影).日頃も主にアテルイⅡに関連した仕事を主に担当しています.(クレジット:国立天文台)

――石川さんは,普段CfCAでどんなお仕事をされているんでしょうか?

石川:日常的な仕事では,アテルイⅡのユーザーより寄せられたご質問やご要望への対応,またアテルイⅡで障害が生じた際の対応などを行なっています.アテルイⅡを研究に活用しているユーザーから,アテルイⅡの利用方法やトラブルに関しての質問や,より良くアテルイⅡを使うための要望や提案をいただくことがあります.必要に応じてベンダーとユーザーの橋渡しをしつつ頂いた意見への対応を行ない,皆さんの研究を陰ながらサポートしています.

また,アテルイⅡはコンピュータなので,時折予期せぬ故障や不具合が生じることがあります.その際にはベンダーと連携を取りつつ,ユーザーの研究への影響が最小限となるよう障害への対処や障害の詳細についての報告を行なっています.

―― アテルイⅡ周りの仕事が多いんですね.

そうですね.他にもCfCAが行うアテルイⅡの講習会や,アテルイⅡを使って行われる「流体学校」なども企画・開催していました(※現在は別なスタッフに担当が移行).アテルイⅡの講習会は,新規ユーザーを対象とした初級講習会や,現在のユーザーがより効率的にアテルイⅡをご利用できるようになることを目的とした中級講習会を年に一度開催しています.また,流体学校というのは,数値流体シミュレーションの基礎とアテルイⅡを利用して数値流体シミュレーションを実際の研究に応用する方法をレクチャーするものです.石川さんによる流体学校の報告はこちら.国立天文台ニュース2019年5月号より

―― 研究者でもある石川さんにとって,研究者を支えるお仕事ってどんなお仕事ですか?

プロジェクトのスタッフとして運用に携わっていると,普段自分の研究をしているだけでは触れられない,様々な方々の研究に接する機会が増えます.こういう機会は,自分にとっても勉強になりますね.業務に時間がとられてしまうというところはありますが,自分にも返ってくるものがあると思っています.あとは,学会や研究会では聞けないような,実際の研究を行なっている現場を垣間見ることができるのもこの仕事ならではだと思います.

―― では,石川さんがどんな研究をされているのか,教えて下さい.

私の研究の目標は,謎に包まれた「宇宙のダークサイド」を解き明かすことです.

広大な宇宙空間には銀河が満ちているように思われますが,実は宇宙空間のおよそ80%以上は何もない空間なんです.この宇宙の大空洞を「ボイド」と呼んでいますが,これまでの研究では銀河や銀河団など宇宙の光り輝く天体が集まった高密度領域ばかりが注目され,ボイドはあまり注目されてきませんでした.ところが現在では,この低密度領域であるボイドは,謎に包まれたダークマターやダークエネルギーの正体を解き明かす重要な鍵として脚光を浴び始めています.

例えば,ダークマターは宇宙の大規模構造を作る骨格となります.宇宙にどのような大きさのボイドが存在するかを調べることで,どのような骨格で宇宙ができているのか,つまり,ダークマターの性質やそれに基づく構造形成を明らかにできると考えています.

また,宇宙は謎のエネルギー源であるダークエネルギーで加速膨張していることがわかっています.ボイドには物質がほとんど存在しないため,その形は重力の影響を受けづらく,ダークエネルギーによる加速膨張の効果を色濃く反映しています.宇宙の時代ごとのボイドの形を調べて,その進化を追うことで,ダークエネルギーがどのように空間を加速膨張させているのかを解き明かすことができます.

―― 石川さんはどんな手法でボイド研究にアプローチしていくんでしょうか?

私は大規模シミュレーションを用いてボイドの性質を探り,その結果をすばる望遠鏡による観測データと比較することで,宇宙の暗黒部分に光を照らすことを目指しています.具体的には,次のようなステップです.

まずは,「ΛCDMモデル」と呼ばれる標準的な宇宙論モデル(ダークエネルギーと冷たいダークマターによる宇宙論モデル)を採用した大規模数値シミュレーションを用いて,ボイドの形状や大きさといった統計的な性質を明らかにすることを目指しています.従来のボイド研究ではダークマターのみを考慮した重力多体シミュレーションが用いられてきました.ですが,実際の宇宙観測ではダークマターではなく光り輝く銀河しか観測できないので,必然的にボイドも銀河を用いて検出しなければなりません.

そのため,私はダークマターだけではなく銀河のもととなるバリオン(通常の物質)も含めたシミュレーションを利用して,ボイドの性質を調べ,実際の観測と比較可能なボイド統計を明らかにすることを考えました.そこで私が注目したのが,IllustrisTNG と呼ばれる研究プロジェクトが公開している世界最大の銀河形成シミュレーションデータです.このデータを用いて,ボイドの統計的性質を調べるというのが,私が現在進めているボイド研究のファーストステップです.このデータだけでも70 TBほどあるので,データを処理するのはなかなか大変です.



画像2:IllustrisTNGシミュレーションで形成された宇宙の一部分を切り取った図.左からダークマター密度,ガスの温度,磁場の強さを表している.IllustrisTNGではダークマターだけではなく通常の物質も含めてシミュレーションを行うため,ガス雲や銀河などの天体が形成する様子を実際の宇宙と直接比較をすることができる.ガスやダークマターはフィラメント状に分布しているが,その隙間の何もない空間は全てボイドである.IllustrisTNGのウェブサイトでは動画も見ることができる.(クレジット:TNG Simulations)

その後,すばる望遠鏡超広視野主焦点カメラHSCの観測データを使ってボイドの統計量を計算し,シミュレーションによる結果と比較します.IllustrisTNGでは標準的な宇宙論モデルを仮定してシミュレーションが実行されているので,ここで観測とシミュレーションの間に大きな違いがあれば,採用した宇宙論モデルによる構造形成が低密度領域では正しくない可能性があります.

その場合,自分自身で別の宇宙論モデルを仮定したシミュレーションを行います.温かいダークマターモデルを採用したり,ダークエネルギーモデルを変えたりして構造形成シミュレーション行い,ボイド統計を計算することで,どの宇宙モデルが観測されたボイドの統計量をよく再現するのかを調べます.

―― ボイドに着目すると,どんなよいことがあるのでしょう?銀河などの光る天体を調べる研究とはどのような関係にあるのでしょうか?

ボイドに注目する利点の一つは,銀河のような光る天体の観測とは独立に,宇宙論モデルに制限を与えられるという点にあります.宇宙の光る成分の観測と互いに独立かつ相補的に,なおかつ統計的に宇宙の暗黒成分への制限を与えられることが,ボイド研究の魅力の一つです.

ダークマターやダークエネルギーを調べる手法には,他にも宇宙マイクロ波背景放射やバリオン音響振動,遠方銀河の超新星を用いる方法など様々ありますが,これらの独立した観測量とも比較し,ダークマターやダークエネルギーモデルに制限を与えることを目指しています.加えて,宇宙の大部分を占める低密度領域においても,これまで高密度領域で調べられてきた構造形成モデルが正しいのかを検証できるという点も重要だと思っています.

―― 石川さんがボイドに着目することになったきっかけを教えて下さい.

私の出身研究室では,すばる望遠鏡による観測を通して原始銀河団やクエーサーなど高密度領域の研究を盛んに行っていました.では逆に,低密度領域からはどのようなことが明らかにできるのか,ということに興味をもったのが私のボイド研究の始まりです.加えて,私は以前よりすばる望遠鏡の観測データを使ってダークエネルギーの性質を明らかにする研究を進めています.これまで進めてきた研究とは異なるアプローチでダークエネルギーの正体に迫ることができるボイドに魅力を感じたのも,この研究を始めた要因の一つです.

―― もともと観測で研究をされていたところ,シミュレーションも手掛けるようになったのは,CfCAにいらしたことも関係するんでしょうか?

はい,きっとCfCAに着任していなかったら,自分でシミュレーションをやろうとはしていなかったと思います.大学院生の頃は主に観測研究に携わっていたのですが,ビッグデータの処理や解析を行うため16コア程度での並列計算は行なっていました. 大学院を卒業してCfCAで働くこととなり,スーパーコンピュータの運用に携わりつつ自身の研究に利用できるという環境の利点を生かす研究スタイルを模索して現在の形に行き着きました.自分のように,もともと観測天文学を軸に研究をしていた研究者が自らシミュレーションをおこなう,というのはあまりないかもしれませんね.どこまで観測で明らかにできるのか,またどんな情報を観測研究者が求めているのかを知っていることが私の強みの一つかもしれません.今後も観測とシミュレーションの両面から「宇宙のダークサイド」にアプローチしていきたいと思います.

―― どうもありがとうございました!今後の研究成果を楽しみにしています.

インタビュー担当:福士比奈子(CfCA/4D2U広報)
本記事は,2021年9月30日から10月22日にかけて,メールと対面(オンライン)で行ったインタビューをまとめたものです.