詳細

2013年4月1日より,国立天文台天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)が運用するスーパーコンピュータ「XC30システム*1が水沢VLBI観測所において稼働および共同利用を開始しました.XC30システムはスカラ型並列計算機に分類されるスーパーコンピュータで,CfCAが運用するスーパーコンピュータとしては第4世代にあたります.スカラ型並列計算機とは,多数のCPU*2同士をインターコネクト*3によって接続し,システム全体として非常に大きな演算性能を得るスーパーコンピュータのことを差します.このようなスーパーコンピュータでは,単体のCPUのことをコア,複数のコアがまとまったものをノードと呼んでいます.XC30システムでは,1ノードが16個のコアを有し,システム全体で1,512ノード,コア数にして24,192コアが演算に用いられます.このコア数は,2008年に導入されたCfCAの第3世代スーパーコンピュータ「XT4システム」の2,960コアに対して約8倍と,非常に大きなグレードアップとなったことを意味しています.このように非常に多くのコアを使用することで,XC30システムはシステム全体で理論演算性能502Tflops*4という高い性能を実現しています.それぞれのノードには64GBの主記憶装置が搭載されており,システム全体としては94.25TBの主記憶を持つことになります.また,数値シミュレーションのデータを格納するために820TBのハードディスクが搭載されています.

XC30システムの導入によって,数値シミュレーションによる天文学研究が大きく前進することが期待されます.非常にスケールの大きな宇宙の大規模構造や銀河形成の重力多体シミュレーションから,小さなスケールの天体プラズマシミュレーション,あるいは一瞬のうちの起こる高エネルギー爆発現象や長い時間を掛けて起こる星の誕生まで幅広い研究分野で天文シミュレーションが活躍しています.今回のグレードアップによって,これまでより細かい構造に迫ることができるシミュレーションや天体の進化をより長く追うことができるシミュレーションが可能となります.また,これまでは計算機性能の制約から取り入れることが難しかった物理プロセスを取り入れた,全く新たなシミュレーションが行なわれることも考えられます.

XC30システムが導入された水沢VLBI観測所と国立天文台三鷹キャンパスとは高速回線*5で接続され,全国の天文学者がリモートアクセスによってシステムを利用しています.三鷹キャンパスには,スーパーコンピュータで行なわれたシミュレーションの結果を解析・可視化するための解析サーバーや計算データを格納するファイルサーバーが設置されています.XC30システムの導入によって非常に高速に天文シミュレーションを行なえるようになっても,シミュレーションの結果を解析・可視化したり,データを格納する環境がなければ宝の持ち腐れです.高い性能を持った計算機の導入と並んで,その保守管理やネットワーク・周辺環境の整備によって研究者が効率的に天文シミュレーションを行なうことができる環境が実現されていることがXC30システムの一つの強みとも言えます.

天文シミュレーションプロジェクト長 小久保英一郎 氏は,今回のアテルイの導入についてこのように述べます.
「アテルイは,現時点で世界最速の天文学専用スーパーコンピュータです.これから『理論天文学の望遠鏡』として,惑星系の起源,星の誕生と死,ブラックホール,銀河の形成,宇宙の大規模構造など,様々な天体現象の謎を明かにしてくれると期待しています.」

アテルイの利用者の1人であり,星形成領域や超新星残骸などで起こる衝撃波をシミュレーションで研究している 青山学院大学 理工学部 助教 井上剛志 氏は,以下のように述べます.
「高速化によってより多くのパラメータについて調べられるようになりました.計算の結果,何が起きているのかを見極めるために条件を変えた計算をそれぞれ10程度行う必要がありました.前システムのXT4では数ヶ月必要だった計算が,アテルイでは1週間強で終了しました.これによって,複数あった異なる理論モデルから,すべてのシミュレーションと整合する正しい理論を選択することにも成功しました.1つのCPU自体が速くなっとのに加えて,より多くのCPUで並列化できるようになった効果です.」



注釈:
*1: クレイジャパン・インクによって開発されたシステムです.詳しくはこちら
*2: 中央処理装置.XC30システムではIntel社のSandy bridge 2.6GHzというCPUが使用されています.
*3: CPU同士を連結する高速回線.XC30システムでは"Dragonflyインターコネクトネットワークトポロジー"と呼ばれるスーパーコンピューター用に最適化された回線が使用されています.
*4: flops とは計算速度の単位で,1秒あたりの浮動小数点演算数のこと.1Tflops(テラフロップス),1Pflops(ペタフロップス) はそれぞれ1秒間に1兆回,1千兆回の演算ができることを意味します.
*5: 新世代通信網テストベッド JGN-X

愛称アテルイの由来

アテルイ(阿弖流為)は約1200年前に現在の水沢付近に暮らしていた蝦夷の長であり,朝廷の軍事遠征に対して蝦夷をまとめ勇敢に戦った英雄です.新しいスーパーコンピュータもその計算力を活かして果敢に宇宙の謎に挑んで欲しいという思いを込めてアテルイという愛称をつけました.

アテルイ化粧板 デザインコンセプト

アテルイ化粧板

高解像度版 JPEG (1.3MB)

デザイン:小阪淳 URL
1966 年大阪府生まれ.美術家.1992 年,東京芸術大学大学院美術学部建築科修了.グラフィックデザイン,空間デザイン,ウェブデザインなど,幅広い分野で活動をしている.一家に1枚宇宙図や,4D2U Navigator(文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門審査委員推薦作品,カンヌ国際広告祭Cyber Lions部門銅賞)などを手がけた.朝日新聞「論壇時評」にて,ビジュアルを連載中.

コメント:スーパーコンピュータ「アテルイ」は,凄まじい量の計算によってこれまでにない高精度で流体や粒子のふるまいを調べることができると聞きました.コンピュータの中に,計算によって仮想の世界が構築される状況に倣い,現実のコンピュータの機体上に仮想のコンピュータの姿を描きました.仮想の世界でコンピュータは計算の襞を重ねて,宇宙を生み出しているのです.

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