地球の科学 (竹内均・上田誠也 著, NHKブックス, 1964) ひとくちに地球科学といっても現代においては夥しい数の専門分野に細分 化しており、ひとりの研究者がその全貌を掴むことは限りなく不可能に近い。 しかし、一般的に「地球科学」と言えば固体地球・惑星物理学のことであり、 本書は、地球物理学の大発展契機となったプレートテクトニクスの黎明を、そ の只中において精力的に研究を行なって来た研究者の目から概観したもの である。著者は改めて言うまでもないほど有名人になってしまったが、本 学理学部地球惑星物理学教室の名誉教授であり、本稿筆者は彼の直系孫弟子に あたっている。 地球の表面は剛体的なプレートに覆われており、そのプレートは一億年スケー ルで生成消滅を繰り返し、大陸の分裂合体などの現象を通して地球環境の変遷 に大きな影響を与えてきた−というプレートテクトニクス(本書の中では 「大陸移動説」という用語が使われている)は今では誰しも疑うことのない定 説のようになってしまったが、巨大な質量を持つ大陸が地球の上をひよひよと 動き回るとなどいう考えは、斉一的地球進化観が支配的であった当時の地質学 業界にとんでもない大混乱を巻き起こした。初期の大陸移動説は、海岸地形や 化石の分布などのいわば主観的なデータによって支えられていたために、 結果の解釈に自由度が高く、その後の一時期は忘れ去られ、否定的雰囲気が 漂っていた。しかしながら、戦後の技術進歩と数理的地球物理学の発展によっ て大陸移動説は再び復活し、古地磁気データという客観的観測事実の礎を得る ことにより、今日では押しも押されぬ一大パラダイムとして地球物理学者達の 頭上に君臨している。本書はこうした思考錯誤と発見の歴史を、現在の知識の 単なる集約でも解説でもなく、この大革命に加わった当事者のひとりが一連の 事実の本質を見事に浮き彫りにしたものである。大胆な物理的直観と精緻な 論理的推論、困難な実験や観測から得られた事実を縦横無尽に織り込んで地球 の姿を明確に解明しようとする研究者達の試みが、本書において実に美しく再 現され、躍動しているように思われる。大陸移動説を組み上げて行った研究者 達や本書の筆者の末裔の一人として、強く感じ入る次第である。 本書のまえがきには「わたしたちは今の段階では、必ずしも大陸移動説が正し いと信じているわけではないけれども、最近数年間にわたって見い出されてき たいくつかの著しい事実が、この説にとって有利であることを認めないわけに はいかない」とある。本書の初版発行以来三十年、まさに隔世の感がある。 % Transcribed from /scr2/tabby/oldhome-mari/tex/hon/tikyu.tex (1994/02/19)