% 計算機にコキ使われず、計算機をコキ使おう 〜Macintoshのすすめ〜 % % 天文学データ解析計算センター 伊藤孝士 % (国立天文台 天文学データ解析計算センター 年次報告 No.6) 年報に文章を載せろという上司命令が下ったので、今まで誰がどのようなこと を書いているのかを調べるために過去の年報をあたってみました。すると、本 センターとしての公式見解や現状報告、将来への展望などは既に偉い先生方が 十二分に書き尽くしているということがわかりました。そこで、真正の天の邪 鬼を自認する私としては、保守本流の意見とはまったく関係のない事柄を書か ざるを得ないという気持ちになりました。以下に書くことはその気持ちの現わ れですが、今後の計算機動向に大きく関係することでもあります。 私が初めて触れた計算機は、大学一年生の時に教養の図学の講義で使った富士 通の FM-R でした。OS は MS-DOS で、超高速のコンパイルスピードで名高い Turbo Pascalを使いました。次は大学三年生の時、物理学教室にあった VAXで す。これはOSがVMSでしたが、MS-DOSに比べるととっつきにくかったという印 象があります。まあ、慣れの問題でしょう。さて、大学四年になると学部演習 なるものでPC9801上でのMS-DOSを使用しましたが、このころ(1990年)からい わゆるワークステーションが急速に普及し始め、UNIXというものにも触れるよ うになりました。以後、大学院に入ってからは何をするにもUNIXで、研究も日 常生活もすべてUNIXを中心に回るようになってしまいました。また、最近では AT互換機の高コストパフォーマンスも棄て難く、研究用の長時間数値計算には Windows-NTを塔載したPC互換機も使用しています。いわゆる正統的なワークス テーションに比べると最近のAT互換機はコストパフォーマンスが10倍くらい良 いですから、これは魅力的です。恥ずかしいことに、本センターで現在稼働中 のメインフレームのOSであるMSPや、これの本家本元であるIBMのMVS、日立の M-VOSなどについては、私はまったく触れた経験がありません。東大の大型計 算機センターのユーザでもありましたが、主システムのアカウントは取らず、 もっぱら副システムのUNIXばかりを使用していたからです。本センターの日常 業務に於いてはMSPマシンの維持管理が重要な地位を占めているのですが、先 輩諸氏に手取り足取り教えてもらっているという情けない状況です。 平成8年度から共同利用が開始されるスーパーコンピュータシステムのOSもす べてUNIXになることが決定していますし、ワークステーション群はもちろんす べてUNIXで統一されます。UNIXはもちろん優れたOSで、慣れればかなり使い易 いとは思います。しかしながら、UNIXの上で仕事をしていると、往々にして 「計算機にコキ使われている」という感覚に襲われ、突如として救い難い疲労 感に包まれてやる気を失なうことがあります。これはMS-DOSなどでも同じこ とで、キーボードからコマンドを打ち込む作業の連続に空しさを覚えたことが ある人は少なくないでしょう。また、設定や管理も非常に面倒です。メーカー 吊しのワークステーションであっても、まともに使えるようにするにはフリー ウェアなどのインストールを飽きるほどやらなければなりませんし、ましてや 自分でAT互換機の部品を掻き集めてきてPC-UNIXを動かそうなどとすれば、機 械いじりがよほど好きな人でないと途中で挫折することは目に見えています。 計算機を使って省力するつもりが、逆に計算機に使われてヘトヘトになってし まう、ということがしばしばあるのです。 そう、だからこそMacintoshを使いましょう(以下、Macintoshを『マック』と 略して呼ぶことにします)。世の中に計算機の種類は無数にありますが、使っ て楽しい計算機のカテゴリーでマックに右に出るものはありません。まず、買っ て来てすぐに使えます。難しいことは何ひとつ考える必要がありません。箱を 開け、ケーブルを繋ぎ、電源を入れたとたんにいきなり使えるように Plug & Play が徹底されています。ソフトウェアのインストールも極めて簡単で す。フリーウェアにせよ何にせよ、バイナリで配布されるのが普通ですから、 単にコピーして展開するだけで終了しますし、それらの作業もすべてマウスの ボタンをクリックするだけで済みます。コマンドというものを覚える必要がな いのです。何しろコマンドラインという概念がなく、コマンドに相当するもの はアイコンとしてすべて眼前に示されているので、それを探してクリックする だけでアプリケーションが動き出します。アプリケーションは目と耳で楽しむ ことが可能になっており、充実したグラフィックとサウンド機能はどのように 使っても飽きることがありません。グラフやお絵描きのソフトはWindowsや UNIX上のものとは比較にならないくらい高機能で使いやすくなっています。ネッ トワーク機能も極めて洗練されており、AppleTalkはもちろんのこと、UNIX標 準のTCP/IPに関しても抜かりなく整備されています。telnetやftpなどの基本 的ツールに関しては、UNIXワークステーションのものよりもむしろずっとビジュ アルに使い易く出来ています。ファイル共有やユーザ管理にはUNIX上ではNFS だのNISだのという面倒な作業が必要ですが、これらもマックの上でならば非 常に簡単に行なうことができます。 本センターの周辺にはまだまだマック教徒(狂徒ではありません)が少ないよ うなので、この宣伝をするにあたり、本センターに常駐している富士通のSEさ んと相談して、Macintoshを使うことのメリットをまとめてみました。 Macintosh派とUNIX派、あるいはWindows派の争いは既に世の中の至る所で見ら れる日常的な宗教戦争の様相を呈しており、雑誌などでも「Macintosh vs. Windows」「UNIX vs. Mac」といった特集がしばしば組まれていますが、ここ でも敢えて列挙する愚を冒してみましょう。なお初めにお断わりしておきます が、私はApple Computer Inc.の手先でも何でもありません。また、ここに書 いていることは本センターの公式見解ではありません。私が一個人として Macintoshに抱いている感想を述べたものに過ぎないということに注意してい ただきたいと思います。 ・設計の初期段階からGUI(Graphical User Interface)を採用しており、ユー ザから見た操作性の完成度が非常に高い(要はOSが使いやすい)。 ・DTP分野やデザインソフト関連、マルチメディアタイトルの作成などに関す る優れたアプリケーションが数多く出回っている。 ・かゆいところに手が届く、きめの細かいフリーソフトウェアやシェアウェア が数多く出揃っている(これらの恩恵を被るためには、どのような時にどのよ うなフリーウェアが有効で且つそれがどこにあるか知っている人が側にいる必 要があるが、この事情はUNIXでもWindowsでも同様である)。 ・インターネット関連のフリーウェアも極めて充実している。これらはUNIX上 の同等品に比べると極めて使いやすく、操作も簡単である。電子メールについ てはEudora、NetNewsについてはNewsWatcher、ftpならばFetch、Gopherならば TurboGopher、telnetならNCSA telnet、WWWブラウザとしてはNCSA Mosaicと各 種のhelper application群、そして最近の流行はTV会議(MBONE)のための Cu-SeeMe、など。これらはすべてネットワーク上のサービスをクライアントと して受けるものだが、マック自体がサーバとなることももちろん可能であり、 そのためのフリーウェアも多く存在する。ftp関連ではftp-dやNCSA telnet-d、 WWW関連ではhttp-dやHTML-EDITなど。 ・MS-DOSに於ける面妖なメモリ管理(例えばコンベンショナルメモリの壁) のような制約が存在せず、基本的には物理的に挿し込んだメモリがそのまま有 効に利用される。 ・PowerPCチップの採用により、「Macintoshは遅い」という伝説の時代は終焉 を迎えた。価格もかなり下がっており、コストパフォーマンスは劇的に向上した。 ・クローンMacintoshが登場してきたので、今後はAT互換機市場と同様に激烈 な価格競争が展開されると思われる。Appleの独占市場にradiusやバンダイ、 パイオニアなどが参入してきており、今後の価格破壊が楽しみである。 ・アップルのロゴマークやClassic系マシンの瀟洒な作りに代表されるように、 各種のデザイン面に於いて優れたものがあると言わざるを得ない。自分の車に アップルのロゴマーク(例の林檎のあれ)を張った人を見かけることはあるが、 Windowsのロゴを張った車は見たことがない。 ・何と言っても、遊び心に満ち満ちている。ハードウェア・ソフトウェアを問 わず、至る所にセンスの良いユーモアが散りばめられている。使っていて飽き ない、疲れない、苦しくない。これこそ「使って楽しいコンピュータ」である。 まだまだあるでしょうが、こうして良いところばかり並べていたのでは単なる マック狂徒で終わってしまいますので、念のために短所も少しばかり書いてお きましょう。 ・世界的なシェアを考えると、やはりマックはAT互換機とWindowsには及ばな い。この事実はハードウェアやソフトウェアの価格に直結しており、AT互換機 +Windowsの組み合わせに対してコストパフォーマンスで勝る機種はなかなか 出て来そうにない。 ・普通に使っている分には特に問題ないが、内部の設定をいじりはじめてトラ ブルが生じた場合、OSの出来が良いだけに下手に中味が見えず、お手上げ状態 になることが多い。UNIXやWindowsの管理はかなり厄介なものではあるが、誰 が何をどう設定したかについてはすぐ見えるようになっているので、トラブル に際してもそれなりの知識があれば独力で解決することが可能である。しかし ながら、マックは設定の多くの部分を機械自身が勝手に行なってしまうので、 一旦何らかのトラブルが発生するとまったく手の付けようがなくなってしまう ことがある。 UNIX党がMacintosh派を糾弾する際に常套句として使用するのが上の第二の欠 点です。しかし考えてみれば、計算機の専門家でもない限り、我々自然科学の 研究者にとって計算機は単なる道具です。道具なのであれば、使いにくいもの よりも使いやすいものの方が良いに決まっているではありませんか。観測装置 や計算コードであればそれがブラックボックスであることは許されませんが、 使い易い計算機の中味がブラックボックスであることに、少なくとも私は抵抗 を感じません。しかも、これが重要なことなのですが、マックの「ブラックボッ クスさ」は、UNIXマシンのブラックボックスさと実はあまり大差ないと思われ ます。「中味が見えない」というマックの欠点は、本質的には「マックユーザ には計算機にあまり詳しくない人が多い」という事実が原因となっているので あり、UNIX上でバリバリにrootを張っているような人がマックと本気で取り組 めば、「何だ、やっぱりパソコンじゃねぇか」と感じるに違いないのです。 研究用や事務用といった正統的(?)な使い方だけではなく、純粋に遊び道具と してもマックは優秀です。AVマックはチューナを繋げば簡単にテレビになって しまいます。最近の機種にはCD-ROMドライブと演奏ソフトウェア、スピーカ がデフォルトで付いてきますので、CD演奏装置一式を買ったことにも相当しま す。フリーウェアのゲーム類は言うに及ばずは充実の極みです。 残念ながら、本センターが所有する計算機群の中にはマックが一台もありませ んので、こうして列挙してきた利点をユーザの皆さんに共同利用として提供す ることはできません。しかしながら、マックはPCです。パーソナルコンピュー タなのです。自分のオフィスや自宅の机の上に置き、毎日顔を見て可愛いがっ てこそ真価が発揮されるマシンなのです。計算機を生業(なりわい)としておき ながらも計算機にコキ使われる苦痛に悩んでいる方は多いと思います。私自身 もそのひとりです。そんな人こそ、次の購入機種にはマックを検討してみてく ださい。計算機に関する価値観が激変することは間違いありません。 * * * * * * * 自己紹介を忘れていました。平成7年度から本センターに勤務している伊藤孝 士と申します。東京大学理学部地球惑星物理学教室からやって参りました。天 文学業界に来て日が浅いのですが、職員の皆さんの足手まといにならないよう に気を付けつつ、自分に出来ることを積極的に見つけようと努力していますの で、今後もよろしくお願い申し上げます。冒頭でも述べたように私は本質的に 天の邪鬼ですので、国立天文台という保守本流のど真ん中に位置しながらも、 常に中心から少し離れた場所に立ち、本流に対してケチを付け続ける姿勢を保 つという、喉に刺さった魚の小骨のような存在であり続けたいと願っています。 また、残念なことに天文台では地球科学の地位が大変に低く、出張の理由ひと つにも気を使う始末です(理由如何によっては、「これは天文学とは関係ない ですねぇ。休暇にしてくれませんか?」などと言われかねません)。こうした 雰囲気を打ち破るとともに、『生涯一地球物理学者』としての意地をいつまで 張り通すことができるのか、自分自身へのチャレンジを続けて行きたいと思っ ています。