% 理論の望遠鏡とデータベース天文学 〜『置き屋』から『研究の場』へ〜 % (国立天文台ニュース No.47, 4-6, 1996) 天文学データ解析計算センターに於ける研究の大きな柱はふたつありますが、 何と言ってもそのうちのひとつは、実験室ではできない天文現象の再現を大規 模な数値実験を駆使して行うことです。近年の目覚ましい技術革新によって観 測の精度が極めて向上した現代の天文学に於いては、観測結果を物理的立場か ら理論的に説明することを目的とした数値実験についても、従来よりはるかに 精密で大規模なものが必要とされるようになっています。よって、現在の天文 学業界に於いて世界に通用する研究成果を上げるには、大量の観測データを迅 速に解析し、同時にその結果と比較すべき大規模で高精度の数値実験を遂行す ることのできる、いわゆる「理論天文学の望遠鏡」としての大型高速の計算機 システムが必要不可欠なのです。 国立天文台天文学データ解析計算センターでは、日本の天文学研究に於ける中 心的な役割を果たすための新しい計算機システムについて、長いこと検討を重 ねてきました。昨年まで設置されていた計算機システム(富士通製M780/10S) は導入後既に七年を経過し、能力不足が顕著でした。様々な議論を経た結果、 巨大な理論的数値実験や、膨大な観測データの快適な解析のためには、何とし ても大規模なスーパーコンピュータシステムの導入が必要であるとの結論に達 しました。その後、各種の手続きを経て、富士通製スーパーコンピュータシス テムVPP300/16R, VX/4R, VX/1Rとその周辺機器からなるシステムが導入され、 平成八年一月四日から共同利用が開始されています(写真1,2)。 16Rとは演算装置(PE)が16個あることを意味しており、うまくプログラムを組 むことによって16並列までの高速処理を行なうことができるようになっていま す。各PEにはそれぞれ2Gbyteずつの主記憶装置が付帯しており、主記憶の最大 値は32Gbyteという大きなものです。補助記憶装置も大型化し、総計で 200Gbyte以上の磁気ディスク装置が設置されています。更に、VHSテープを使 用した6Tbyteという巨大な容量を誇るテープライブラリも備えられました。こ のスーパーコンピュータ本体でジョブを走らせるための端末としては、従来と 同様のワークステーションが40台用意されています。これらは主として北研究 棟一階の第一・第二・第三計算機室に配備されています(写真3,4,5)。入出 力装置としては高速なネットワークプリンタや高解像度のカラープリンタ、各 種の磁気テープ装置や光磁気ディスクドライブなどが準備されています。ワー クステーション群とスーパーコンピュータシステム本体は100Mbyte/secのFDDI ネットワークで繋がれており、大規模なデータのやり取りも遅滞なく行うこと ができる配慮がなされています。 今回のシステムの目玉のひとつに、Silicon Graphics社のワークステーション Power ONYXを使用した画像処理・画像編集システムがあります。天文学データ 解析計算センターではこのONYXにAVSという画像処理ソフトウェアをインストー ルし、更に、こま取りなどをはじめとするアニメーション作製が可能なビデオ テープ編集装置を導入し、三次元の流体数値実験などを始めとする通常の方法 では可視化が困難な計算結果を効率良く且つ美しくビジュアライズする方途を 整えました。また、これら各種の機器やソフトウェアについての専門家を招聘 し、少人数演習形式の講習会を開催することにしています。 さて、天文学データ解析計算センターに於ける研究のもうひとつの大きな柱は、 言わずと知れたように各観測所・各観測装置から産出されるデータをアーカイ ブし、一般の研究者が容易に使用できるようにデータベース化するというもの です。数値シミュレーションを主体とする理論の望遠鏡計画に対し、こちらは 「データベース天文学」計画と呼ばれています。今回の新システム導入に於い ては、データベース天文学計画のための専用ハードウェアも同時に調達するこ とができました。第三計算機室の奥にあるデータベースプロジェクト室がこれ ですが(写真6)、スーパーコンピュータシステムに付属するものと同様のテー プライブラリを中心とし、プロジェクト専用のワークステーションや各種テー プ装置のオートチェンジャなども整備され、研究員や大学院生を擁しての研究 計画がスタートしようとしています。従来、天文学データ解析計算センターの 仕事と言えば不特定多数の一般ユーザに対する共同利用の応対が主でしたが、 今後の長期計画でははそのような「置き場」的要素の割合を次第に減らし、デー タを使用して研究を行う研究者が己の研究を推進するための効率的な道具とし てデータベースを整備構築するような能動的な仕事場としての場を運営して行 く必要があります。将来の天文学データ解析計算センターは、こうして立ち上 がって行くべきデータベース天文学と前述の理論望遠鏡の中心的橋頭堡となる べき機関であり、国立天文台の将来計画に於いては「計算情報天文学研究系 (仮称)」などへの発展的改組が議論に上っています。日本の、そして世界の天 文学業界に於いて、今後ますます重要な地位を担って行くことになるでしょう。 ところで、これだけ大規模なシステムになると天文学データ解析計算センター の職員だけですべてのサポートを行なうことはまったく不可能になります。そ のため、富士通からのシステムエンジニア三人が常駐し、トラブル対処やユー ザ対応に当たっています。もちろん、従来からの大学院生によるプログラム相 談員制度も健在です。また、データベースプロジェクト支援専門のシステムエ ンジニアにも来てもらい、天文学データ解析計算センターで進行している研究 計画についての各種共同作業を行ってもらっています。一般ユーザへの教育と しては、上述の画像処理装置講習会の他に、並列化・ベクトル化プログラミン グに関する講習会を開催する予定であす。並列化・ベクトル化プログラミング については、富士通から毎週一回その道のプロフェッショナルに来台してもら い、随時相談を受け付けるような体制を取っていますので、ぜひ利用してくだ さい。 1996年4月現在、様々なトラブルや予期せぬ事態を抱えつつも、この大規模シ ステムは徐々に本格的な稼働を開始しています。職員はもちろん最善を尽くし ますが、それ以上にユーザもどんどん利用してノウハウを蓄積し、最大限の活 用とそこからの成果の産出に向けて努力していただきたいと思います。