プルーム (plume) というのは、英和辞書を引けば分かる通り、元 来は羽毛を意味する。フランス語では、plume といえば、羽毛と同時 に、ペンの意味でも広く用いられる。それは、もともとペンは鳥の羽 で作られていたからである。それが変じて、「プルームテクトニクス」 という文字通りには羽毛造構学と訳される変てこりんな言葉ができた 経緯は興味深いとともに、全地球史解読計画の一つの性格を表してい る。
plume は、英語では、もくもく立ち昇る煙のようなものを表すのに しばしば用いられる。a plume of smoke は、もくもく煙が立ち昇って いることを表現する慣用句である。OED によると、この用法は 19 世 紀に遡るらしい。これは鳥の羽との形の上での連想から来ているので あろう。流体力学的に言えば、浮力によって上昇しつつ周囲の流体を 乱流で取り込みながら円錐状に広がる流れを表す学問用語としても定 着している。ひらたくいえば、これもやはりもくもく上がる煙のこと ある。地球内部の対流でその言葉が使われ出したのは、Morgan (1972, Nature, 230 42-43) が、ホットスポットがマントル深 部起源の plume によるものだという考え方を出したときからだろう。 Morgan の論文を読んでみると、形状は thunderhead(入道雲、積乱雲) のようなものになるだろうと書いてあるから、まさにもくもくとした イメージであった。
ところが、マントルは粘性の高い対流だから、上昇流があるとして、 それほどもくもくとした形のものにはならない。そのあたりが plume ということばの不幸(?)の始まりである。その後、単にホットスポッ トの源になるような流れを plume とよぶようになったから、形のイ メージも、もくもくとしたものから、オタマジャクシ型というかキノ コ型というか、頭と茎があるような形のものに変わってしまった。こ うなるともう羽毛はどこへやらである。そのうち、Larson (1991) が superplume という、ホットスポットが束になって上がってくるよう な巨大な上昇流という概念を出すようになっていた。こうなると、形 状はあまり問題にならない。
さて、そういう背景の下で、プルームテクトニクスという言葉を丸 山さん (1.2 節著者) が発明して日本中に広めた。そこでは、マント ル中の上昇流をホットプルーム、下降流をコールドプルームと呼ぶと いうかなり大胆な用語の拡張がなされている。私はそこまで行くとさ すがに抵抗を覚えるので、私自身はいまだにとくにコールドプルーム などという言葉は使わず、単に下降流と呼ぶことにしている。
しかし、プルームテクトニクスという言葉の本質は、もちろんそん なところにあるのではない。マントルの中の流れと、地表で見られる 地質現象とを密接に結び付けて議論した点にある。それは、本書の 1.2 節を読むとよくわかるだろう。聞くところによると、丸山さんが 深尾さん (当時名古屋大学、現東京大学地震研究所教授)のマントル の地震波トモグラフィーの図を見て、これは地質現象と結び付けられ ることに気付き興奮して、深尾さん、熊澤さん(本書編者、1.1 節、 7 章著者)を交えて議論を重ね、その考え方をプルームテクトニクス と命名したのが始まりだそうだ。もちろん、これはプレートテクトニ クスを意識した命名で、それに代わる新しいパラダイムという期待を 込めて命名したものである。
この命名は少なくとも日本では成功を収めた。科学ジャーナリスト が取り上げてくれて丸山さんは有名になったし、深尾さんの学士院賞 恩賜賞受賞もこの宣伝が効いているのかもしれない。世界では、まだ この言葉は一般化していないが、マントル内の構造と地球の歴史を結 び付けて考えるという考え方自体は、どこからともなく一般化しつつ ある。
そこで問題はこうである。言葉の狭い意味の上では、マントル対流 論という言葉を言い換えたに過ぎないプルームテクトニクスという言 葉を作った意味は何だったのか?口の悪い人はこういうであろう。こ れは新しそうなウケそうな言葉を作っただけで、何ら新しい内容はな いのだと。実は、全地球史解読計画自体もそうであった。当初は(今 も?)、単なる地質学と何が違うのかという批判だらけであった。
プルームテクトニクスという言葉は丸山さんや熊澤さんの戦略であっ た。平易に表現すればマントル対流と地質学的な地球の歴史を結び付 けて論じるという考え方に、プルームテクトニクスという名前を付け ることによって、宣伝効果を高めた、ということである。こうした命 名をするのはジャーナリスティックにはウケるし(ジャーナリズムは レッテル貼りが大好きである)、学生のリクルートにもなるであろう。 玄人から見ればかなり抵抗を覚える命名をしておいて、玄人を挑発す る意味もあったかもしれない。全地球史解読がどのような戦略であっ たかは、本書を読むとある程度わかるであろう。
そういうわけで、かくも傍観者的な私がこの本の編集に携わること になった理由の一つは、恩師の一人でありこの本の筆頭編者であり、 羽毛造構学(もくもく造構学?)の偉大なる扇動者の一人である熊澤 さんへの畏敬の念による。
もう一人の編者
吉田茂生