全地球史解読ニュースレター No. 6

          November 8, 1996

          発行 全地球史解読事務局

−目次−


●Research Activities / 研究活動状況

○東工大ICPMSラボ進捗状況

                              平田岳史(東工大理)

東工大にICP質量分析計が導入されてほぼ1年が経過しました.昨年10月から検出器の 改造(増設)にとりかかり,12月の段階で同位体分析が可能となりました.約1カ月にわ たり基礎データの取得を行い,本研究で進めている鉛の同位体分析において新しい分析法 を開発することができ,溶液試料においては目標としていた分析精度が得られました.こ れらの結果は,昨年12月の「とる班」の研究会および,本年2月の「とけい班」研究会, そして合同学会において口頭発表し,また「分析化学」誌6月号に誌上発表いたしました. さらに,英国ロイヤルアカデミーのAnalyst誌にも投稿し,先月,受理されました. 実験面では,4月からレーザーを導入し,固体試料の直接同位体分析の試みを続けてお ります.分析法の確立と,装置の改造のために,本年前半は固体試料中の主成分元素の同 位体分析を試みており,これまでにオスミウムという元素(年代測定法に用いられる元素) について,予想を上回る高精度同位体データが得られました.ここで得られた結果は8月 末の日本地球化学会年会において口頭発表いたしました.また,装置の改造に関しては, 感度の向上をめざした新しいイオン検出器「PlasmaImage」の製作が終了し,先月になっ て,はじめてイオンビームの検出に成功しました.ジルコン年代測定の実用化の要となる イオン検出器ですので,今後,基礎データを集め,開発を進めたいと考えています.レー ザー分析法および,新しい検出器のいずれも,現段階では,まだ基礎データが不足してい るため,当分は基礎実験を続けさせていただきます.10月をめどにジルコンの鉛同位体分 析(年代測定)にとりかかりたい,というのが現段階での計画です. 以上が研究進捗状況の概略ですが,もう少し厳密な総説を書いてみました.御関心のあ るかたは一読ください.また,東工大ICPMSグループの進捗状況および最新の成果は, ホームページ( http://www.geo.titech.ac.jp/yurimotolab/yurimotolab.html)上で読み出すことが できます.また,詳しい資料をご希望のかたは,平田までご連絡ください.

1. Re-Os年代測定法の確立

Re-Os年代測定法は,187Reのβ-壊変(半減期410億年)による187Osの同位体存在度の 生長に基づいた年代測定法である.Re・Osは地球化学的に共に親鉄性元素に分類される が,Reは地殻内の条件では親銅性が高いことも知られている(Dickin, 1995,Faure, 1986). これまで実用化されている年代測定法の親核種の殆ど全てが親石性元素(例えばRb,K, Sm,Uなど)であるのに対し,Reはこの点で対照的に際立った特異性を有している.こ のため,Re-Os年代測定法は,鉄隕石や石鉄隕石(Herr et al., 1961, Luck and Allegre, 1983, Hirata and Masuda, 1991, Horan et al., 1992),あるいはコンドライト中の金属インク ルージョン(Walker and Morgan, 1989)といった金属試料や,モリブデナイト(Hirt et al., 1963, Luck and Allegre, 1982)などの硫化鉱物の年代を決定できる唯一の年代測定法となっ ていた.1980年代から現在までに,二次イオン質量分析法(SIMS,Shimizu et al., 1978) や加速器質量分析計(AMS, Fehn et al., 1986),レーザーイオン化質量分析計 (LAMMA, Lindner et al., 1989, およびRIMS, Walker et al., 1988),そしてICP質量分析 計(Date et al., 1987, Masuda et al., 1986, Russ et al., 1987, Dickin et al., 1988, Gregoire, 1990, Hirat and Masuda, 1992)などによりOsの高精度同位体データが報告されてきたが,主として 分析感度の問題から,Re-Os年代測定法は広く普及するには至らず,正確なRe-Os年代が決 定された試料は,比較的オスミウム存在度の高い隕石物質や鉱床・硫化鉱物に限られてい た.しかし,1991年になって負イオン表面電離質量分析法(NTIMS)が実用化されると (Creaser et al., 1991),分析感度と精度は一気に向上し,高精度Os同位体データに基づく 地球化学的議論が進められるようになった(例えばHoran et al., 1992, Morgan et al., 1995). こうして,Re-Os法は,試料のバルクの年代測定に関してはRb-Sr法,Sm-Nd法などと同様, 実用段階に入った年代測定法となった.しかし,SHRIMPが挙げた目覚ましい成果に代表 されるように,試料からより精密かつ正確な情報を得るためには,近い将来,局所同位体 分析に基づく年代測定が重要となることは自明であろう(仏パリ大学のAllegreらのグルー プはOs同位体分析に際してSIMSを用いていたが,試料からOsを化学的に抽出し,フィラ メント上に塗布し,その上から一次イオンビームを照射してイオン化する,という手法を 用いており,Osの局所同位体分析は実現されていない).ICP質量分析計によるOs同位体 分析は,分析感度の点ではNTIMSに劣るものの,レーザーアブレーション法 (LaserAblation法)を組み合わせることにより固体試料中の微量元素の局所同位体分析が 可能である点に大きな特長がある(Walder et al., 1993, Thirlwall and Walder, 1995).レー ザーアブレーション法とは,固体試料にミクロンサイズに絞り込んだレーザービームを照 射し,試料の微小部分を高温で蒸発させ,試料から発生した蒸気(厳密には蒸気およびサ ブミクロンサイズの微粒子)をICPに直接導入し,分析元素の存在度や同位体分析を行う ものである(Gray, 1985, Arrowsmith, 1987, Feng et al., 1993, Fryer et al., 1993). そこで本研究では,まずOs存在度が高い「Iridosmine」とよばれるOs鉱物中のOs同位体 分析を行ってみた.今回分析に用いた試料は,ウラル産およびカリフォルニア産の Iridosmine試料である.試料(0.2〜1mmサイズ)を両面テープによりスライドガラス上に 固定し,研磨することなく,そのまま分析に用いた(レーザー光を照射するため, charge-upの問題がなく,試料表面をコーティング処理する必要がない).照射したレーザー は,15μmに絞り込んだ紫外レーザー(波長266nm)であり,発振周波数は5Hzである. レーザー照射によりたたき出されてきた試料は,アルゴンキャリアーガスにより,直接プ ラズマイオン源に導入され,マルチコレクター質量分析計により184Os, 186Os, 187Os, 188Os, 189Os, 190Os, 192Os信号を同時検出した.Os同位体分析に必要な時間は,1スポッ トあたりおよそ20秒程度であり(5秒積算×4回の繰返し測定),ICP質量分析計の最大の 特長である分析操作の簡便性と迅速性は全く失われていないことがわかる. 表1に,イリドスミン試料から得られた187Os/186Os同位体分析結果を示す (187Os/186Os同位体比が年代測定に重要となる).参考のために,溶液試料(JMC社製 原子吸光分析用標準試薬)について得られたOs同位体分析結果も示す. この表より,レーザーアブレーション法を用いた固体試料の直接同位体分析においても, 従来の溶液試料の分析の場合とほぼ同等の同位体分析精度が得られていることが分かる. ここで得られたOs同位体データは,分析元素存在度が非常に高い試料の分析例である とはいえ,クレーターサイズ15μm,深さ10μm程度の"微小領域"から得られたはじめて の局所Os同位体データであり,今後,様々な固体地球化学試料の分析に応用できるもの と考えている.表1を見る限り,ここで分析したIridosmin試料においては,同位体変動の 期待される187Os/186Os同位体について測定誤差(0.02%, 2σ)を越える有意な変化は検 出できなかったが,今後,固体試料の化学組成の不均一(Re/Os存在比の変動),あるい は形成時間の差に起因する同位体組成の不均一を検出する有力な分析法となるものと期待 できる. 現時点でのOs分析感度では,局所同位体分析が可能な試料はごく限られたものとなっ ているが,これまでに筆者らが実用化したいくつかの手法により元素検出感度を向上し (Hirata et al., 1989, Hirata and Masuda, 1990, Hirat aand Nesbitt, 1995),より微小量のOsに ついても高精度な局所同位体分析を行えるよう,分析法の開発を行う予定である. Table1.(略)

2.東工大ICPMS改造計画

ICP質量分析法において,四重極方式を磁場型マルチコレクター方式に置き換えれば同 位体分析精度が向上するのは自明のことである.このことは,本論文で紹介したOsやGe の同位体データを見ても容易に理解できよう.しかし,現行のマルチコレクターICP質量 分析計の最大の欠点は,その検出感度の低さにあるといえる.マルチコレクターICP質量 分析計には,9つのFaraday検出器が備え付けられているが,検出器としてのイオン検出下 限は,およそ1,000 cps程度となっている(ノイズレベルが1 x 10^{-16}Amp.とした場合).こ れに対し四重極質量分析計型のICP質量分析計に採用されているパルクカウンティング方 式は,基本的にはイオン1個から検出することが可能であるため,Faraday検出器の1000倍 近い感度を持っていることになる.したがって,Faraday検出器に代わる高感度イオン検出 器を用いれば,装置の元素検出感度を高めることができるはずである.

イオンの検出感度を高めることのみに注目すると,既に実用化されている二次電子増倍 管やデイリー(Daly)検出器を利用すればよいことになる.しかし,これらの検出器はイ オンビームを電子に変換したのちに検出・計測するため,イオン−電子変換効率(増幅率) のばらつきがそのまま出力信号強度の変動となる.例えば,二次電子増倍管では,増倍率 が経時変化するとともに,イオンの入射位置に強く依存することが知られており,マルチ コレクターとして用いた場合,それぞれの検出器の感度を厳密に補正することが困難であ る.また,特にDaly検出器の場合,物理的な大きさの問題から(Faraday検出器は幅が2mm 程度であるが,チャンネルトロン,二次電子増倍管,デイリー検出器などは10mm以上の 幅を持ち,重元素の同位体分析においては,隣り合わせる同位体を同時に検出できない), 検出器を並べ複数の同位体を同時検出し高精度同位体分析を行う目的には適さない.そこ で我々は,AMI(Amplified MOS Imager)とよばれる固体撮像素子を用いた新しいイオン 検出システム(PlasmaImage)の開発を進めている. 本研究で開発を進めているAMI検出器は,250, 000画素(単一ピクセルの大きさは5μ mX10μmで全体の大きさは8mmX6mm)からなり,イオンビーム強度の二次元分布を調 べることができる.つまり,一つのAMI検出器で複数の検出器の役割を果たすことができ る.さらに,AMI検出器の一つの画素の物理的な大きさはFaraday検出器にくらべはるかに 小さいため,高分解能の質量分析計においてもマルチイオン検出を行うことができるとい う特長を有する.また,実験的なことになるが,AMI検出器では,リアルタイムにイオン ビーム形状を確認することができるため,イオンレンズや質量分析計の調整,分析条件の 最適化が容易である,という利点もある.AMI検出器は,

  1. イオン(荷電粒子)を直接検出できる唯一の固体素子である,
  2. 素子内部に信号増幅回路をもっているためS/N比が高い,
  3. 検出器が積分型であるため微弱な信号についても正確な強度情報が読み取れる,
  4. 正イオンだけでなく,負イオン,電子の検出も可能である,そして
  5. 検出部の25万画素がそれぞれ独立した検出器として機能するため,入射位置ごとにイオンビーム強度を計測することができる,
などの優れた特長を有している.AMI検出器については,既に圦本らが SIMSに応用し,固体試料の同位体マッピングについて成果をあげつつあるが(Matsumoto et al., 1993, 圦本, 1996),本研究では,AMI検出器を二次元撮像素子としてではなく,同 位体分析に注目したマルチコレクター用高感度検出器として用いる.本研究では,AMIを 超高真空質量分析計内に導入する真空導入部とAMIを駆動させる電気回路を製作し,シス テムとして"PlasmaImage"と名付けた.真空導入部は,真空領域内でAMI検出器を上下・前 後方向に±15mm移動することが可能であり,AMI検出器をよりFocul Plane付近に配置す ることができる.また,AMI検出器のノイズレベルを抑えるため,真空導入部には冷却用 液体窒素小型デュワー瓶が備えられている.本システムでは,従来のFaraday検出器との併 用により,最大で20%の質量分散が得られ,6Liおよび7Li同位体,あるいは,PbおよびU 信号を,磁場強度を変化させることなく同時に検出することが可能となる. AMI検出器を駆動するためのデジタルパルス類は,AMI Driverユニットから発生される. このデジタルパルスによって,25万におよぶ各画素のリセット,および,信号強度情報を 順次読み出しをおこなう.AMIにより検出されたイオンは,まず,AMI近傍のプリアンプ により一旦増幅された後,16ビットA/D変換によりデジタル化され,ホストコンピューター により計測・信号処理される(永島・国広,卒業論文1996).次にPlasmaImageにより実 際に得られたイオンメージを紹介する(ホームページ上の図を参照ください).ここで用 いている質量分析計(VGElemental社製Multiple Collector-ICPMS,Plasma-54)の磁場セク ターの実効収束半径は540mmであるため,質量数190amu周辺での質量分散はおよそ 2.5mm程度となる.AMI検出器の幅は8mm程度であるため,OsとIrの混合溶液を分析すれ ば,3つの同位体信号(193Ir, 192Os, 191Ir)を同時に検出することができるはずである.1 μg/gに調製したOsおよびIr溶液から得られたイオンイメージを図に示す.左図は信号強度 を色の濃さで表示したもの,そして右図は3D画像処理したものである.3D画像をみると, 山の高さ(検出した信号強度)が各元素の同位体存在度を反映したものとなっていること が分かる.また,イメージ像から,イオンビームの大きさがほぼ幅1mm,高さ3mmであ ることがよみとれる.ここで測定されたイオンビームの横幅は,Faraday検出器と質量分析 計の磁場走査により測定したもの(幅400μm)より若干大きくなっていることが分かる が,これは,AMI検出器が質量分析計のFocul Planeからずれた位置に設置されていること が原因であると考えられる.このことは,イオンビームの形(図を詳細に観察すると,画 像が右に流れているように見える)からも推測される.この問題に対しては,AMI検出器 のマウントをより薄型のものとするとともに,検出器の可能移動距離を大きくする改造を 行い,AMI検出器をよりFocul Planeに近づける改良を行う予定である.イオンビームの形 状を観察しながら,質量分析計のレンズセッティング状態や,イオンビームの収差を調整 することができる,というのは,PlasmaImageを用いる一つの大きな利点となっている.

我々のグループでは,これまでAMI検出器およびPlasmaImageシステムの基礎的な特性 評価を行ってきた.このため現段階では,イオンのPlasmaImageにより得られる元素検出 感度は,Faraday検出器の数倍程度にとどまっている.現在,我々の研究グループは,いよ いよ当初の目標である「マルチコレクションのための高感度検出器の開発」に向けて PlasmaImageの性能向上にとりかかっている.PlasmaImageをマルチコレクターICP質量分 析計に応用することにより,鉛について高精度同位体分析を行い,ジルコンの高精度年代 学を推進したいと考えている.

御意見,御質問等は,東工大・平田までご連絡ください.

                    平田岳史(Takafumi Hirata)
                    東京工業大学理学部地球惑星科学科
                    〒152 東京都目黒区大岡山2-12-1
                    電話:03-5734-2243
                    ファクシミリ:03-3727-4662
                    E-mail:thirata@geo.titech.ac.jp
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○アフリカ調査速報

                         西川健史・広瀬 敬(東工大理)

7月19日から8月31日までの約6週間,南アフリカのカープファール地塊のBarberton Greenstone Beltと,ジンバブエのジンバブエ地塊のBelingwe Greenstone Beltを中心として, アフリカ太古代緑色岩体の地質調査及び資料採集を行った.参加者は,丸山茂徳・廣瀬敬・ 小宮剛・西川健史・清水健二(以上東工大),岩森光(名古屋大),小澤大成(鳴門教育 大),角替敏昭(島根大)の8名である.今回はアフリカへの初めての調査ということで 右も左も分からずという状態ではあったが,南アでは現地において南アフリカ地質調査所 のCloete博士に初めの1週間ほど,宿泊施設の紹介から状態のよい露頭への案内までと, まさに寝食を共にしてつきあっていただいた.これには我々は日本ではほとんど現地の情 報が得られなかったために非常に助かった.

まず我々はBarbertonの調査から始めた.Barbertonは南アフリカの首都Pretoriaの東約 280kmにある小さな町で,Swazilandとの国境に程近い.ここは35〜32億年前の緑色岩体で あるBarberton Greenstone Beltとそれをとりまくおおよそ30億年前の花崗岩体からなる.こ の緑色岩体は層序学的にいくつかに分類されているが,そのうちコマチアイトの模式地を 含むKomati層とその上位のbasaltを主体とするHooggenoeg(アフリカーンス語でウッフノ フと読む)層を中心に調査は行われた.今回の調査は初年度ということでどこにどのよう な露頭があり,どのような産状なのかという情報がほとんどなかったので,地質調査より も資料採集をメインに行った.現地に着くまで,どこまでいってもなだらかな起伏の続く 一面の草原といった大陸的な光景を見続けていたために果たしてしっかりとした露頭はあ るのだろうかという心配をしていたのであるが,Barbertonに近づくにつれ風景は草原から 山岳地帯へと変化していった.Komati層からHooggenoeg層に向かって山は連なっており, 我々の調査の大部分は山登りからはじめなければならなかった.またかたいチャートやコ マチアイトを効率よくサンプリングするために,およそ15kgある大ハンマーをかついで調 査をした.

Barberton Greenstone Beltの地質はジルコン年代学の進歩などにより次第に明らかにされ つつあるものの,Komati層やHooggenoeg層の成因に関してはいまだ議論が絶えない.案内 役のCloete博士は,当時Komati層とHooggenoeg層は一体となって厚い海洋性地殻(海台) を形成していて,それが大陸縁辺部で付加したと考えている.実際,挟まれるチャートに 特に強い変形は見られず,また大きな破砕帯もないことから,個人的には彼の説は正しい という印象を受けた.これら2つの層には,層序的に下位からkomatiite, basalt, basaltic komatiiteというMgO量の異なる(定性的にはマグマの温度の異なる)3種類の火成岩が含 まれている.またそれらのMgO量の分布がトリモーダルであることから,これら3種類の マグマはみな異なる温度をもったマントルから生成されたのではないかという推測が成り 立つ.すなわち,当時部分融解をおこしているマントルの中にも温度が500度以上も異な る温度の不均質が存在していたのかも知れない.今後岩石学的にこれらの問題に取り組む とともに,これら3種類の岩石について化学分析を行い,化学的にも不均質があったのか 否かを検討したいと考えている.

南アでの調査を終了後,我々は約800km北上しジンバブエのBelingwe Greenstone Beltの 調査にうつった.こちらは29〜27億年前の緑色岩体であり,Barbertonのものにくらべて比 較的低変成度の岩石とされている.実際カンラン石もいくつかのサンプル中にルーペで確 認することができた.ジンバブエでは南アのように案内してくれる人がみつからなかった ため,文字どおりルートマップに頼った手探りの調査であった.このため,地図上では小 さな川だからいいと思って進めば目の前にとても渡れそうにない川が出現したり,農地区 分用のフェンスにぶつかったりと目的の露頭を目前にしてなかなかたどりつけないという 具合であった.また南アとくらべて状態のよい露頭は少なく,歩いても歩いても転石だら けという日もあった.また,至るところに動物保護区や金の産地があり,いちいち王様の ような地主(ほとんど白人)に許可を得るのが大変であった.一度許可を得たつもりが, こちらの語学力不足で立ち入り禁止の保護区に侵入してしまい,地主に車のタイヤをはず されてもって行かれるという憂き目にもあった.小雨の降る町から35kmはなれた山奥で, 夕方5時近く重いリュックを担いで車までやっとたどり着いた我々を待っていたのは,こ のタイヤのない車であった.その後の苦労はとても書き尽くせない. このBelingwe Greenstone Beltのコマチアイトは,カンラン石中に液体包有物まで見いだ すことのできる世界で一番フレッシュな(火成岩としての情報が残されている)コマチア イトである.そのためもちろん研究はよくされていて,これまでイギリスのグループによっ て数多くの報告がされている.我々は,これまでコマチアイトを主体とするReliance層の みならず,その上位に位置しbasaltから構成されるZeederbergs層までを含めた地球化学的研 究を,とくにこれまでなされてきた全岩化学分析のみならず,より火成岩としての情報が 残されていると考えられる液体包有物や残存鉱物の分析を中心に行いたいと考えている. 太古代の緑色岩の地球化学的データもかなり蓄積されつつあるが,緑色岩とは所詮玄武岩 ではなく,変成岩である.そのため,より信頼性の高い火成岩としての情報を今後集めて いくことが次なる発見を生み,混乱しつつある議論にも決着がつけられよう.変成岩から 火成岩としての情報を得る,この問題にそろそろ真っ向から取り組まなければ行けないと 思う.全体の感想を述べると今回のアフリカ調査は概ね順調であったと思われる.サンプ リング個数も南アで660個,ジンバブエで520個,その他Greatdykeでのサンプリングなどを あわせれば総数約1500個となった.今後のアフリカ調査に足がかりをつくるということも まずまず達成されたといっていいだろう.しかし,病気には参った.マラリアを特に注意 していた我々は,2種類の発病予防薬,蚊取り線香1000巻,蚊よけ腕輪など数々の防備で 臨んだが,ほとんど蚊を見ることなく終わった.しかし,ダニがいた.我々のうち3人は, おそらくダニからもらったリケッチアにより高熱に見舞われ,10日間も寝込んでしまった. 広瀬にいたっては,軽い肝炎も患い,やっとおいしいビールにありつけたのは10月に入っ てからだった.

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●Reports / 学会・研究集会(終了分)報告

○「1996年オーストラリア調査報告会」レポート

                              椛島太郎(東工大理)

10月15日(火)午後に東京工業大学において「1996年オーストラリア調査報告会」が行 われました.その内容について簡単に御報告します.丸山先生を中心として東工大のグルー プでは,過去7年にわたって西オーストラリアのピルバラ地塊の調査・研究を行ってきま した.94年からは海外学術調査のサポートもあり(94・96年代表:磯崎;95年代表:浜野), 多くのデータと岩石試料が採取されてきました.今年も3000個を越える試料を採取しまし た.7年間で東京23区に匹敵する面積で1/5000スケールの地質図を作成し,のべ参加人数 も100名を越えると思われます.このような経過を踏まえて,今回の集会では発表者に発 表内容必須項目として次の3つの課題が義務づけられました.

  1. 初期・大目的の確認
  2. 研究のprogress report
  3. 研究予定スケジュール及び論文化期日(作成予定の図表一覧添付).
そのため(?)どの発表者にも緊張感がみなぎり,午後1時から始まった白熱した議論 は午後10時頃まで続きました(終了予定は午後6時でした). 以下はそれぞれの発表の タイトルと概要です.

1. 磯崎行雄(東工大)「報告会の主旨説明及びピルバラ地塊の地質概要」
過去7年 間で調査に投資された金額が報告され,これまでに重要な成果があげられていること及び 早急に論文化する必要性が熱く語られた.来年度末に提出する国際学術研究の報告書に成 果を載せる義務があることも指摘された.
2. 畠山唯達(東大)
「クリーバビル地域のBIFによる古地磁気学的研究とその問題点」
第三紀の風化の影響について疑問をもたれたことと,それに対する反論について報告.
3. 隅田育郎(東大)
「ピルバラの岩石を用いた古地磁気,岩石磁気の研究と課題」 
これまで太古代の地球磁場の強度は小さく,27億年前頃から急激に増したと考えられてい るが,ピルバラの35〜27億年前の岩石の残留磁化は従来の推定値の数10〜100倍あること を報告.
4. 椛島太郎(東工大)「ノースポール地域の地質」
従来報告されているジルコン年代 と付加体という解釈との間の矛盾点を指摘し,より精度の高い年代測定法での多数試料測 定の必要性を強調.
5. 寺林 優・増田優記(香川大)「ノースポール地域の変成作用」
約1800+α枚 (卒論世界一記録?)の岩石薄片検鏡結果に基づき,広域変成作用の欠如と海洋底変成作 用の存在を指摘.
6. 加藤泰浩・北島宏輝(山口大)「ノースポール地域の変質作用」
微量元素及び REEパターンから中央海嶺付近でおこる熱水変質以外に,海嶺から離れた場所での変質作 用の重要性を強調.
7. 上野雄一郎・磯崎行雄(東工大)「初期生命の探究」
三次元形態を示す微化石の 産出地点の再検討結果から,その年代が付加体形成後であると推定.
8. 吉岡秀佳(名古屋大)
「縞状鉄鉱層中のマンガンノジュールに伴う脂肪酸の発見」
約33億年前の縞状鉄鉱層中から有機分子を発見したが,分析の追試が必要であること, 効率の良い分析装置を開発中であることを報告.
9. 加藤泰浩・木村進一(山口大)
「ハマースレー地域のスペリオル型縞状鉄鉱層の成因」
縞状鉄鉱層中にある種のバクテリア類似の構造があることを指摘.
10. 太田 宏(東工大)「キャメルクリーク地域の地質と岩石学」
約35億年前のコ マチアイトの産状は,プレート内火山岩である可能性を示し,当時のプリューム活動によ る海山の付加が推定された.
11. 加藤泰浩・河上貴範・中村健太郎(山口大)
「マーブルバー地域の地質及びチャートの地球化学」
化学分析結果は中央海嶺起源の玄武岩上に堆積したチャートと海山・海 台起源の玄武岩上に堆積したチャートとの間に,堆積場を反映した違いがあることを指摘.
12. 寺林 優(香川大)「マーブルバー地域の変成作用」
ノースポール地域に比較 してサンプルの数が少ないため,まだ十分な議論ができない.今年採取したサンプルに期 待.
13. 南間利之・廣瀬 敬・丸山茂徳(東工大)
「27億年前の洪水玄武岩の岩石学」
世界最古の洪水玄武岩と推定されるマウントロー玄武岩のサンプリング状況を説明した.
14. 真砂秀樹・金子慶之(東工大)太田 努(新潟大)
「世界最古の大陸衝突型造山 帯カプリコーン造山帯の変成作用」
約19億年前のピルバラとイルガルン地塊間の衝突で 形成された造山帯をヒマラヤと比較し,類似点を指摘した.

当日の午前10時頃,石川台2号館が全館停電するという突然のアクシデントに見舞われ ましたが,会場を変更してなんとか予定通り(?)に報告会を行うことができました.原因は 工事関係者が誤って高圧ケーブルを切断したことによるものでした(午後11時頃復旧). 参加者のみなさんに御迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます.最後に,遠方より参 加された方々に深く御礼申し上げます.

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全地球史夏の学校(8月26-29日,茨城県高萩市)報告

【全地球史夏の学校のまとめ】

                              吉田茂生(東大地震研)

去年に引続き,今年も全地球史解読夏の学校が行なわれた.今年は私(吉田),瀬野 (東大地震研),伊藤(国立天文台)が世話人となり,生命の進化に関する話題を中心と するプログラムで実施した.

実施したのは,去年と同じく8月の最終週(8月26日から29日まで)だった.前の週まで はかなり暑かったのが,この週になって急に涼しくなり,ちょうど良く涼しい中での学校 となった.場所は茨城県高萩市の大心苑という主として合宿用の施設である.大心苑は高 萩炭鉱の跡地に作られていて,グラウンド等もたくさんある非常に大きな施設である.ス ポーツ合宿やサークル合宿に良く利用されるらしく,私が下見に行った時は,少年サッカー の大会をやっていたし,夏の学校の時は,毎日ブラスバンドが練習しているのが聞こえた. セミナー用の広いホールもいくつかあり,夏の学校はセミナーホール第三という250名収 容の広い場所で行なった.泊まったのは大心苑の中の第三はぎ荘という炭鉱時代からある 古い(大きな地震が起きたらすぐ潰れそうな)建物だった.冷房がないので,暑くて文句 が出るのではないかと,私は世話人として心配したのだが,幸い涼しくて掛け布団が要る ほどであった.建物は古かったけれども,安かったし,何より貸切りで使えたので,気兼 ねなく夜遅くまで宴会ができてむしろ好評だったようだ.

セミナーホールは非常に広かったけれども,参加者は昨年の半分の40人程度でこじんま りとした会になった.はじめは昨年の80人程度を予定して宿を仮押えしていたので,宿に は悪いことをしてしまった.下見の時には,冷汗をかきつつ宿に謝っておいた.人数が少 なくなった一つの大きな原因はちょうど日程が地球化学会と重なってしまったことにある. とはいえ,諸般の事情で,地球化学会と重なることに気付いた時は日程の変更はできない 状態になっていた.しかし,参加者全員の顔が大体わかるようになったことや,巡検のこ とを考えると,結果的には,この程度の人数で良かったのかもしれない.

今年の夏の学校のプログラムは生命の進化を中心としたものであった.このテーマを決 めるのにも紆余曲折があった.私は初めは地質的なものを中心にしようと思ったのだが, 全地球史解読に関わっている主要な地質屋さんが海外調査に行っていることがわかり,こ れはボツになった.次に,生物史と地球史の関連をやろうと思ったのだが,地球化学会と 重なったため,当初想定していた講演者にお願いできなくなったりして,いろいろ予定の 変更に変更を重ね,最終的に今回の形になった.結果的には,講演はたいへん充実したも のばかりだったし,お互いの内容的なつながりもあって,勉強になったと思う.どの講演 者の方にも周到な準備をしていただいて大変ありがたかった.

ところで,なぜ生命の進化を地球史で考えないといけないかというと,これは書くまで もないけれど,この全地球史解読のグループでは,生命と地球とがお互いに影響を及ぼし ながら進化しているという見方を重要視しているからである.とはいえ,言うのは簡単な のだけれど,実際問題の研究戦略としては,攻め方が難しいものがある.少なくとも私自 身としては,その方向の研究の糸口はいまのところ(セミナー後も)つかめていない.し かし,もちろん,私以外の人には戦略がある人もいるので,何とかなることなのかもしれ ない.私個人としてのセミナーの収穫は,いろいろと生物に対する見方が変わって,世界 観が少し進歩したことにある.どう進歩したかは,このあとで各講演の簡単なまとめのと ころに書くことにする.

さて,いよいよ本題の講演の簡単なまとめに入る.もう少し詳しいまとめは各講師の先 生に別に書いていただくことになっている.

プログラムの構成は次のようになっている.まず,生物の進化の講演が三題あった.下 山先生(筑波大)が生命の起源の話しをして,その後で山岸先生(東京薬科大)が単細胞 生物とくに古細菌の話しをして,それから堀口先生(北大)が葉緑体の共生の話しをした. この部分は生物の進化の順番あるいは大きさの順番で話しが進むように構成され,生物の 比較的初期の進化がどうなっているかの全体的な像が一応わかるようになっている.その あとはしばらく地球の話しになる.まず,高野さん(名大)が名古屋グループの最近の活 動について話しをして,久保さん(東大)がメスバウアー分光によって酸化還元状態を推 定する話しをした.生命との関係でいえば,高野さんからはストロマトラトライト関連の 話しがあったし,久保さんの酸化還元状態の問題は生物活動と密接に関係している.その 後,平先生(東大)の講演の予定がキャンセルになり,田切先生(茨城大)の巡検予習講 演があった.三日目には田切先生の案内で阿武隈変成岩の巡検を行なった.その日の夜に, 丸山先生と清水さん(東工大)がアフリカ調査の速報を行なった.最後の日には,池上先 生(東大)による哲学的な生命進化の考察があった.なお,最後の反省会の時に,全体の 問題意識を提示する講演が始めにあるべきだったと言われたが,その通りである.

以下,各講演の簡単な内容を紹介する.以下の講演のまとめの部分では敬称を省略する. 下山(筑波大)は,生命の起源から今話題の火星の生命までの話題を解説した.オパー リンやミラーによる生命の起源の科学のはじまりの解説があり,その後,隕石の有機物の 話しがあった.隕石には非生物起源の有機物が数多く見つかっていることが解説された. また,地球の初期の生物の痕跡を調べるのは同位体くらいしか方法がないことが示された. 最後に,ホットな話題である火星の生命に話が及び,芳香族が見つかっていることや形態 的な痕跡らしきものが見つかっていることが紹介されたが,まだ決定的ではないことが解 説された.特に,火星の生命という最新の話題を入れていただいて,excitingであった. 山岸(東京薬科大)は,古細菌の研究から地球上の生物の共通の祖先であると想定され るコモノートの正体に迫る話しをした.また,サーモプラズマの融合が真核細胞の内膜系 の発達につながるという仮説を披露した.たいへん明解な話し方で,質問に対する答えも 的確で,コモノートから真核細胞ができるまでが非常に良くわかった気がした.コモノー トが超高熱菌でしかも酸素呼吸ができたという話は,それがもし本当なら昔の地球環境を 考える上で非常に重要である.

堀口(北大)は,特に葉緑体の起源の解説をした.まず,最近の生物の分類が5界説か らさらに進んで8界説になっていることが紹介された.古くは一括されていた原生生物の 世界が大きく広がり,かつ整理されたことがわかって,私は世界が広がったと感じた.さ らに,光合成生物の葉緑体の起源が非常に複雑で,何度もの共生の過程を経ていることが 示された.最後に,渦鞭毛藻の世界で,現在も共生のいろいろな段階が見い出されること が紹介された.とくに,クリプト藻をつかまえて,しばらく奴隷にした後で食べてしまう 渦鞭毛藻の話は,私には非常にインパクトがあった.

高野(名大)は,全地球史解読の思想を解説し,その後,カナダ調査の様子の紹介と, 「5時からマシーン」の紹介があった.全地球史解読の思想は,この夏の学校の一番始め に解説していただくと良かったかもしれない.カナダ調査の様子は前の日の夜の宴会でも 写真をみせて紹介してもらった.乳房型の非生物的なストロマトライトもどきが印象的だっ た.また熊に遭遇した話しも面白かった.名大の「5時からマシーン」はいよいよ順調に 稼働を始めるようになったようだ.夏の学校会場にわざわざコンピュータを持ち込んでい ただいて,紹介があった.従来の分析法では見逃してしまいそうなことを発見できること が示された.これから,どんな成果が出るかが楽しみである.

久保(東大)は,P/T境界の無酸素事変をメスバウアー分析などを用いて検証する試 みを紹介した.メスバウアー分析によって鉄の2価,3価がきれいに分析できることが示さ れた.また,地質屋がいい加減に酸化的・還元的などと言っていることが,酸化還元電位 をもって定量的に語られ,それを決めることの難しさも精密に語られた.酸化還元を定量 的に語ることの重要さが良くわかった.

田切(茨城大)は,翌日の巡検の予習の講演をした.阿武隈変成岩は有名な割には日本 全体の地質の中での位置付けがはっきりしないことが紹介された.巡検で見る場所は大き く御斉所と竹貫の二つにわかれ,御斉所統は遠洋性堆積物が変成したものでJurassicであ り,竹貫統は陸源性の堆積物が変成したもののようだが,時代などわからないことが非常 に多いことが解説された.

三日目の巡検は田切先生の案内で行なわれた.雨模様のあいにくの天気だったが,何と か予定の場所を最後まで回ることができた.田切先生には,参加者のさまざまのレベルの 質問に,丁寧に答えていただき,勉強になった.4箇所で露頭を見学した.始めの二つの 露頭はいわき市内で御斉所統に属し,後の二つの露頭は北茨城市内で竹貫統に属する.第 一の露頭は鮫川の滝大橋下である.御斉所統の典型的な露頭が見られる.チャート起源の 変成岩と火山砕屑岩起源の変成岩(緑色片岩)の繰り返しである.強く変形していて細か い縞縞が見れる.第二の露頭は清動川の砂防ダムの上流側である.とくに,赤色チャート が見所で,BIFのようなものである.ヘマタイトの黒い部分と,マンガン等で赤くなった チャートの互層になっている.第三,第四の露頭は花園渓谷にある.第三の露頭では竹貫 統の典型的な様子が見られる.泥質変成岩ー角閃岩ー大理石ー珪質変成岩が同時に見られ る.ここは御斉所よりずっと高温の変成作用を受けており,とくに泥質変成岩にはミグマ タイト(部分的に融けた痕)がある.ここでは,T君がハンマーを振るっているうちに川 に落ちるという事件があったが,幸い怪我はなかった.第四の露頭では,ultramaficな岩塊 が堆積岩起源の変成岩の中に入っているという不思議な構造が見られる.このultramaficな 石は硬くて,若者がハンマーで壊すことを試みたがうまくいかなかった.最後に花園神社 を見学した.

丸山(東工大)は地質屋グループの思想と海外調査の状況を語った.それを受けて清水 (東工大)が南アフリカ調査の速報を行なった.とくに,Kaapvaalクラトンの全体的な説 明があった.清水君は不眠不休で準備をしてくれていたようで感謝したい.

池上(東大)は理論的に生命や進化の本質を語った.前半ではvon NeumanやTuringに始 まる自己複製,人工生命,計算理論等の研究の歴史とその意義の解説があった.後半では, DNAに書かれていない情報が集団の中での相互作用を通して子孫に伝えられるというこ とが,モデルを用いて示された.特に,突然変異のしやすさが,子孫に伝わることが示さ れた.話しの内容は,哲学的なものを多く含んでおり,ふだんものごとを軽率に考えてい る私には,大変啓発されるものがあった.たまにはもう少し深くものごとを考えようと思っ た.

ここまでで講演のまとめはおしまいだが,多少反省点などを書いておく.

全体的には,どの講師の方も周到な準備をして下さり,わかりやすくまとまった講演を していただいた.もちろん,学部生の方には少しむずかしかったかもしれない.ただ,お もな主題であった生物に関しては,私も素人であり,おそらく生物の知識は,学部の時の 方が今よりも多かったであろうということを考えると,学部生の方が私などより良くわかっ たのではないだろうか?

今年のプログラムの組み方は,昨年のデパート方式とは違って,テーマを絞った形になっ ている.テーマを絞るかどうかは一長一短だけれども,私としては,勉強のためには,テー マを絞った方がより系統的に深く学べるので良かったと思う.もっとも,このテーマだっ たために,デパート方式なら来たかもしれない人が来なかったという話しも聞いた.ただ, 参加人数が多ければ良いというものでもないので,これで良かったと思っている.また, 一つの講演時間も2時間程度と長めに取った.これもじっくり話しが聞けて良かった.講 演時間が長いと眠い人にはつらいのだが,私は世話人役で緊張していたので幸いあまり眠 くならずに済んだ(身勝手な言い方だが).

講師の選び方に関して,もう少し大学院,助手レベルの講師がいた方が良いのではない かという指摘があった.これは私たち世話人もプログラムを組む時に気になっていた点で はある.にもかかわらず,今回そのレベルの講師が少なかった原因は二つある.一つは, 本学校の年齢構成を見てもはっきりわかるように,全地球史に関わっている人で,博士課 程,助手レベルの人数が少ないということ.もう一つは,テーマが私たち世話人にとって 専門外だったので,有能な若手の名前を知らないということである.助教授レベル以上の 方は,科研費の研究代表者だったり,いろいろなところに文章を書いたりしているから, どういう方がいるか見当がつくけれども,若手は専門の近い人でないとよくわからない. 今回は,久保君が例外的に若い講師だったが,非常にきちんとした話しをしてくれて好評 だった.

講演のことはここまでとして,ポスター発表にも少しだけ触れる.ポスター発表は,今 回は数は少なかったが,時間は結構あったので,充分に議論ができたと思う.数が少なかっ たのは,宣伝不足が原因だったかもしれない.

河野(建設省)は,富士山の砂防の宣伝を行なった.河野さんは昨年から参加していた だき,特に夜の宴会では大活躍をした.

隅田(東大)は,ピルバラの石を使って,太古代の磁場強度の推定を試みている.太古 代の磁場が今より一桁くらい強かったという結果が得られている.今まで知られているス ケーリングでは,磁場が強かったことを説明するのは結構難しいので,非常に面白い結果 である.

瀬野(東大)は,ウイルソンサイクルによる海水準変動の計算をしている.海洋地殻の 厚さが海水準に結構効くというのは,私にとっては結構意外で新鮮であった.

岡(阪大)は,鍾乳石のESR測定をし,その気候変動との関連を議論した.ESRは直接 的に温度を反映している量でもないので,気候変動との比較はなかなか難しいものがある ようであった.

柳沢(東大)は,ウイルソンサイクルの物理的メカニズムを実験的に考察し,太古代に 超大陸が存在しなかった可能性を議論した.シンプルな物理的考察でウイルソンサイクル が議論できるので,大変面白い.

高橋(東工大)は,ホットスポットマグマに,古い海洋地殻成分がかなり混ざっている ことを示し,そういう目で地球内部の物質循環を考えていく必要があることを強調した. この仮説は非常にもっともらしくて説得力があった.

最後に,夜の宴会の重要性を強調しておこう.夜の宴会は大変盛り上がった.第三はぎ 荘には談話室があり,宴会用に大変適していた.盛り上がった理由は,第三はぎ荘が貸切 りだったことと,もう一つは,何より河野・久保のコンビが吉田松蔭論で盛り上げてくれ たことである.また,久保君や小森君が車で買い出しに行ってくれたおかげで助かった. なお,私が撮影した写真を中心とする 夏の学校写真集 (巡検写真を含む)が全地球史解 読仮ホームページhttp://www.comp.metro-u.ac.jp/~masudako/DEEP/index.htmlで見られるので,暇な時に御覧いただきたい.

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【夏の学校に参加して】

                              箕輪はるか(都立大理)

今年の夏の学校に参加する前には,多少のためらいがありました.今回のテーマは「生 命の進化」.私の今の研究テーマと直接関連はありません.また,日程の都合もあって, 同じ大学からの参加者は私一人だけ.そして,企画されていた「地質学の巡検」というの は化学科の私にはほとんどなじみのないものでした.しかし,実際に参加してみて,その ようなためらいはまったく不要だったことがわかりました.

講義は,『良く知っている』ような初歩的な話から,最新の話題をもとに『難しくてつ いて行けない』レベルの高い議論まで幅広く行なわれました.自分が自然科学という学問 分野のなかで,どのような位置にいるのか,自分にはどのような知識が不足しているのか を認識させられました.また,異なる専門分野の最先端の研究成果に接する機会は少ない ので,良い刺激になりました.

参加者の所属も専門も千差万別,一見雑多な集団のように見えるのに,不思議な一体感 と熱気にあふれている.それは,それぞれが自分の専門分野で独自に研究を進めていなが ら,「地球の,生命の,歴史を明らかにしたい」という共通の大きな目的がはっきり見え ているからだということを強く感じました.講義に対する質問も活発で,参加者の方々の 知識欲の旺盛さに驚かされました.また同時に,初歩的な質問にも丁寧に答えていた講師 の方々の姿勢も印象に残りました.誰でも,専門知識のあるなしに関わらず,自分の興味 の範囲に応じて議論に参加でき,またそれに応えてくれる人達がいる.だからこそ,まだ 専攻の決まっていない学部の学生達も,専門分野の異なる人々も,共に参加し,視野を広 げることが出来たのではないでしょうか.欲を言えば,講義のスケジュールにもう少しゆ とりをもたせ,周辺を散策したり,食後に休息したりする時間が取れれば良かったと思い ます.さすがにフィールド・ワークで鍛えられた方々はタフだなぁと感心させられました. 2日目にプログラムの変更があり少しのんびりできたのが,私にとっては幸いでした.

さて,3日目は巡検でした.前日の説明では,『阿武隈変成岩の成因については諸説あ るが,決論はまだ出ていない.大規模な変成を何度か受けたこと----堆積層がひどく褶曲 していること----を自分の目で確かめてみて来てください.』とのことでしたので,『つ まり,縞縞がめちゃくちゃに曲がっている,ワァー!スゴイ!と見て来ればいいのか.』 と,期待して出かけました.時折小雨の降る中,足場の悪い河原を歩き,ひとつひとつ説 明を聞いていくうちに,今まで室内で議論していたことが,足元の大地と直接結びついて いるのだということが実感でき,動いている地球の息吹のようなものを感じられたように 思います.先生の説明を聞いてメモをとる人,写真を撮る人,ハンマーを振るってサンプ リングする人,勢い余ってハンマーごと滝壺に飛び込む(?)人,いろいろな人がいらっしゃ いましたが... また,特に楽しかったのは,バーベキューと夜の懇親会でした.飲み,食 べ,歌い,笑い,夢とロマンと志を語り,高杉晋作氏を敬愛するK氏の熱弁,「宇宙戦艦 ヤマト」の技術に未だ遠く及ばない現代の地球科学の話など.普段交流のない人達と様々 な話ができたことは,私にとって非常に貴重な体験でした.

この夏の学校に参加するにあたり,事務局から十分な額の旅費の援助をいただき,宿泊・ 食費の負担だけで済みましたことに,たいへん感謝しています.このような配慮にも,諸 先生方が,これからの自然科学を担うであろう学生に大きな期待を寄せていることを感じ ました.とても楽しく充実した4日間でした.どうもありがとうございました.

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講演要旨

その1【生命の起源と有機宇宙・地球化学】
                              筑波大学化学系 下山 晃
生命の起源
1 化学進化の仮説と実験

生命の起源を分子のレベルで解明する「化学進化」の仮説を提唱したのがA.I. Oparin(1924)である.S.L. Miller(Science, 117, 528(1953))はこの仮説に基づき,アミノ酸を 非生物的に生成した.今日までに,多数の化学進化の過程を模した実験が行われ,有機物 の生成が報告されている.我々の研究室でも放電や紫外線照射によりアミノ酸を非生物的 に生成しており,それらを紹介する.また,化学進化は地球だけに限ることはなく,広く 宇宙化学的にも考察し,検証する必要があることを述べる.

原始太陽系物質:炭素質隕石
1 隕石と炭素質隕石

地球上で40億年より古い岩石の存在は知られていないため,原始地球上での化学進化を 物質化学的に実証することは不可能である.しかし太陽系の原始物質である炭素質隕石中 には有機物の存在が知られており,これらを利用して地球および地球外での化学進化の過 程を検証することができる.

2 炭素質隕石中の有機物
  1. C,N,δ13Cの研究では(Shimoyama et al., 2013(1987); Chem. Lett., 371(1993))幾つ かの炭素質隕石はC(%), N(%)を一般的な堆積岩と同程度またはそれ以上に含んでいること が判明した.
  2. アミノ酸の研究(Shimoyam et al., Nature, 282, 394(1979); Chem. Lett., 1184(1985)),また,
  3. カルボン酸の研究(Shimoyama et al., Chem. Lett., 1561(1986); Geochem. J., 23, 181(1989))では,これらの有機物が非生物起源であり,生合成経路を経て いないことが判明した.したがって,炭素質隕石の母天体の形成時(46億年前)に化学進 化がアミノ酸などの生成段階まで進行したが,生命作用は存在しなかったと結論できる.
原始地球物質:38億年前の堆積岩
1 イスアの微化石

イスア岩石から微化石を見い出したと報告された(Pflug, Naturwissen., 65, 611(1978))が, それらは無機質な流体含有物であることが判明し(Bridgwater et al., Nature, 289, 51(1981)), 微化石は否定された.

2 イスアアキリアの炭素同位体比

グラファイトのδ13Cから当時光合成を営む生物の存在が提唱されていた(Schidolowskii et al., Geochim. Cosmochim. Acta, 43, 189(1979))が,我々のグラファイトのδ13Cではその 存在を確認できなかった(Shimoyama and Matsubaya, Chem. Lett., 1205, (1992)).本年7月の 生命の起源国際学会で発表されたアキリア岩石中の炭素物質の研究ではδ13Cが-20から -50‰であり(Mojzsis et al., Abst., 11th Intern'l Conf. Origin Life, Orlean, France, July7-12, 1996),38億年前の微生物の存在が提唱されたので詳しく紹介する.

火星隕石中の生命体

(McKay et al., Science, 273, 924(1996)の紹介と検討)

1 ALH84001が火星隕石である証拠

本隕石はSNC隕石に属し,岩石鉱物学的には小惑星よりも大きな母天体からのものと考 えられ,またSNC隕石でのδ15Nや希ガスの組成が地球大気のものとは違い火星の大気の ものと酷似している.

2 PAH(多環芳香族炭化水素)

フェナントレン,ピレン,クリセン,ベンゾピレンの4種のPAHがcarbonate-rich, fracture surfaceに検出され,特に溶融皮膜では検出されないことから,火星の隕石に固有であると 考えられる.これらのPAHはかつての生命体に由来するとの著者らの考えであるが,炭素 質隕石からは46種ものPAHが検出されており(Naraoka et al., Chem. Lett., 831(1988), Shimoyama et al., Geochem.J., 23, 181(1989)),これらは非生物起源の特徴を示し,生命体由 来とは考えられない.火星隕石のPAHについても同様である.

3 微化石

微化石としての根拠は形が卵形やチューブ状で,地球上での単細胞化石の形状に似てい る.しかし,サイズが1桁から2桁小さいことが大きな問題である.地球上での古い岩石 中の微化石として認められている根拠(Knoll and Barghoorn, Science, 198, 396(1977))のうち, 適合するのは形だけである. 総合的には本論文のデータでは微化石としての必要十分条件の5%を満足しているだけ と判断する.

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その2【生命の初期進化:古細菌の研究から解ること解らないこと】
                              山岸明彦(東京薬科大生命科学)

古細菌とは硫黄依存性好熱性細菌,メタン細菌,高度好塩菌の3つからなる生物群であ る.1から3μm程度の球菌,桿菌で,見た目には普通の良く知られている細菌の仲間(真 正細菌と呼ぶ)との区別はつかない.ごく最近までは,単に変わった細菌として知られて いるだけだった.ところがその遺伝子を詳しく調べることから,これらの菌が普通の菌 (真正細菌)とは大きく異なり,むしろ真核生物(核を持つ大型の細胞からなる,植物, 動物,カビ,原生動物などの仲間)に近い性質を持っていることが解った(1).

地球上の生物の進化の様子は生物の遺伝子の塩基配列に記録されている.様々な生物の 遺伝子の配列を比較することから生物の進化の様子を推定することができる.遺伝子の塩 基(あるいはアミノ酸)の配列を基に書かれた系統樹を分子系統樹と呼ぶ.rRNA:リボソー マルRNAと呼ばれる遺伝子やその他の遺伝子から系統樹を書くことにより,地球上のす べての生物の進化の様子が分かるようになってきている.

例えば,生き物の祖先をたどっていくと,例えば,人と魚との共通の祖先がいたわけで あるが,さらにさかのぼると全生物は一種類の共通の祖先(コモノート)から進化してき たことが解る.その共通の祖先コモノートはどんな生き物だったかを推定することも可能 である.すなわち,共通の祖先は大きさ1μm程度のたぶん球形の現在の球菌の様な形を していた.2本鎖のDNAを遺伝子の本体として持ち,その情報量は10^6塩基(大腸菌の5 分の1,ヒトの約1000分の1程度の量のDNAを持っていた.DNAからメッセンジャーR NAを写し取り,今と同じ遺伝暗号を用いてタンパク質に翻訳していた.すなわちこうし た点は,現在の生物とほとんど同じシステムが既にできていた.共通の祖先は解糖系,酸 素呼吸,NO呼吸,硫黄還元などの能力を持つ化学合成細菌であったことも推定できる. またおそらくは90℃ほどの高温に棲む超好熱菌であった.細胞の周りが脂質膜に囲まれて いたことは間違いが無いがその脂質がどの様な脂質であったのかについてはまだ,解らな い(1)

地球上の生物は大きく分けると原核生物と真核生物に分けることができる.原核生物は 真正細菌と古細菌であり,細胞の大きさ1から3μm程度で,細胞の中には膜系はほとんど ない.それに対して真核生物は植物,動物,カビ,原生動物などの仲間である.真核生物 は核を持つ大型の細胞(5から100μm)を持ち,細胞内に複雑な膜系を発達させている. 真核生物の細胞の中にはミトコンドリアや葉緑体と呼ばれる,二重の膜で囲まれた細胞内 器官がある.これらの細胞内器官は細胞の核とは別のDNAを持ち,独自のタンパク質合 成系を持っている.その他の様々な証拠から,ミトコンドリアや葉緑体は真核生物が古細 菌に共生してできあがった細胞内の器官であるという細胞共生説現在ほぼ確かなものとなっ ている(2).真核生物の元となった古細菌がどの様な生物であったのかについては不明の 点が多い.我々は,古細菌の中でも細胞壁を持たない古細菌サーモプラズマが,細胞融合 することによって細胞の大きさの増加,DNA情報量の増加,内膜系の発達をもたらした のではないかと考えている(2)

  1. 山岸明彦(1994) 古細菌と生命の初期進化;何が分かったのか,生化学 66(12), 1528-1533
  2. 山岸明彦(1996) 裸の古細菌サーモプラズマ,科学,66(7), 464-466
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その3【真核光合成生物の多様性と葉緑体の進化】
                              堀口健雄(北海道大理)
◆真核光合成生物の多様性

分子系統学の進展は生物の世界がわれわれが考えていた以上に複雑な構成になっている らしいことを教えてくれる.原核生物における古細菌,ミトコンドリアを獲得する以前の 原始的な真核生物アーケゾア,クロミスタ生物群と呼ばれる褐藻類や珪藻類,そして卵菌 類や一部の鞭毛虫類までを含む一大グループなどの存在が新たに認識されるようになった. このような知見をもとにCavalier-Smithは従来までの5界説に代わるものとして生物界全体 を8つの界に分類する8界説を提唱している.真核光合成生物はこの生物界の新しい全体像 の中でどのように位置づけられるのだろうか?18SリボソームRNA遺伝子による系統解析 によれば,光合成生物はいくつもの異なる系統に出現する.しかも同じ系統に属していな がら葉緑体をもつグループともたないグループが存在する例もかなり見られる.つまり光 合成生物は多系統らしいのである.しかも各グループの葉緑体の構造や光合成色素組成は 大変異なっている.これらのグループはどのようにして多様な葉緑体を獲得したのであろ うか?

◆葉緑体の起源について〜葉緑体は単系統か多系統か?〜

葉緑体やミトコンドリアなどの自立性の高いオルガネラが共生現象を経て獲得されたで あろうことは今では広く受け入れられている.葉緑体は光合成原核生物であるランソウに 由来すると考えられており,現に葉緑体の様々な性質は原核生物的である.ここで問題と なるのは細胞内共生による葉緑体の獲得は一度だけ起こりその後,現在見られるように構 造や色素組成が多様化したのか(葉緑体の単系統説),あるいは葉緑体の獲得は何回も独 立しておこった(多系統説)のだろうかという点である.いろいろな遺伝学的な証拠は葉 緑体の単系統性を支持している.つまりランソウ様の原核生物が葉緑体に転換されたのは, たった一度だけだったらしい.このことは上記の光合成生物の多系統起源と矛盾する.し かしながら,葉緑体をもたない真核生物がすでに葉緑体を獲得した真核生物を二次的に取 り込んで(二次共生)葉緑体を獲得するというプロセスを仮定すると葉緑体の単系統性と 光合成生物の多系統起源を矛盾無く説明出来る(ある系統の生物が遠く離れた系統の光合 成生物を取り込んで葉緑体にしてしまうことが可能だから).実際,そのようにして葉緑 体を獲得したと考えられる生物として褐藻類・珪藻類などのクロミスタ生物群,ミドリム シ類,渦鞭毛藻類などが知られている.また,二次共生による葉緑体獲得の進化的中間段 階がクリプト藻類などで知られており,上述の仮説の傍証とされる.ちなみに緑色植物と 紅色植物,灰色植物は一次共生によって葉緑体を獲得したグループと考えられている(つ まりこの3つは単系統らしい).

◆今も続く葉緑体の進化 〜渦鞭毛藻の例を中心に〜

渦鞭毛藻類は単細胞の原生生物であり,赤潮の原因生物やサンゴの褐虫藻などとしてよ く知られている.渦鞭毛藻は生物学的に興味深い特徴を種々もつが,二次共生による葉緑 体の獲得という観点からも非常に興味深い生物である.すなわち,細胞内共生体獲得のご く初期段階を示す種,完成品としての葉緑体をもつ種,そして様々な進化的中間段階を示 す種などが見られる.細胞内共生現象の究極の理解は宿主と共生体の遺伝的な関係確立の 過程の解明にあるならば,各進化段階をずらっと目の前に揃えてくれる渦鞭毛藻類こそは そのような研究にとってまことに魅力的な材料なのである.

<参考文献>

(日本語総説のみ,詳細はそれぞれの引用文献を参照のこと)

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○ゴードン会議 {Composition,Structure and Dynamics of the Earth's Interior}報告

                    高橋栄一(東工大理)・本多 了(広島大理)

表記の会議が,1996年6月30日より7月4日の約一週間,米国ニューハンプシャー州プリ マスで開催された.参加者は米国,イギリス,フランス,オーストラリア,ドイツ,日本 などから約100名,Convenorは,G. Schubert(UCLA), J.M. Brown(Univ. Washington)であった. 日本からの参加者は,高橋(東京工業大学),本多,中久喜,岩瀬(広島大学),小河 (東大)の5人で,他にミネソタ大学の唐戸が講演者として参加した.この会議は,地震 波トモグラフィー,マントル対流の数値計算,高圧実験,グローバルジオケミストリーな どの知識を総括して,コアから地表のテクトニクスまでを,統合的に理解することをめざ すものであった.わが国からの参加者が少なく,且つ分野がマントル対流に偏っていたが, 主要な論点について簡単な紹介を試みたい.なお次回はM. Gurnis(Caltech),J.V idale(UCLA)がConvenorとなって,1998年に次のゴードン会議を開くことが参加者の投票に より決まった.筆者の印象は,SEDIに較べ,参加者が粒選りであり,且つ議論が本質的 なところへいく傾向がある.面白いところをみんな食われてしまいそうな迫力を感じた. ゴードン会議について簡単に説明すると,主に化学系のテーマにつき,基礎科学の情報 交換を目的として開催される会議である.会議は主要なテーマにつき十分な時間をとった レビュー講演と質疑応答で,そのほかにポスターが多数あった.今回の会議では,5日間 の会議を通じて,19人でそれぞれ約1時間の持ち時間いっぱいに話していた.会議の方針 として,午後は自由時間で,セッションは,午前中と夕食後である.午後が自由時間であ ることは講演者とゆっくり議論が出来るし,バレーボールなどをして,親睦も深められ, 大変ゆとりある会議として楽しめた.

ゴードン会議はUniv. of Rhode Islandが世話をするので,開催地は,米国東部だったが, 最近では,米国西部や,ヨーロッパ,日本などを会場とするゴードン会議も開かれている らしい.地球科学関係では,Silicate Melts,High Pressure Mineral Physics,Rock Mechanics, などのテーマで開かれたことがある.今回の会議はGeodynamics Communityの会議であっ たが,このテーマはちょうど10年前に同じ場所で会議を持ったことがあるらしい.Don AndersonがConvenorであったらしいが,そのときの参加者のマナーが会議の規則にふれる 部分があったらしく,以後このグループの会議は許可にならなかったという.ちなみに, ニューハンプシャー州は飲酒に関する制限があり,酒は今回の会場(Plymouth State Collegeとその寄宿舎)の場合,1階のロビーで夜11時頃までしか売っていなかった.筆者 は少しも不自由を感じなかったが,物足りないひともあったであろう.

以下プログラムに即して,筆者らが興味を持った講演と議論のやりとりについて簡単に 紹介する.なおゴードン会議では会議を通じて発表されたり,議論された内容を,当人の 許可無く公表することを禁じている.そこで以下の紹介はやや曖昧なものになることをお 許し願いたい.

MAPPING EARTH'S INTERIOR

トモグラフィーのレビューをUniv TexasのS. GrandとHarvard Univ.のA. Dziwonskiがおこ なった.筆者は地震学が良く分からないので,評価はできない.(日本人参加者にひとり の地震学者もいなかったのは,大変残念であった.)印象を述べると,グラントは(一部 波形情報を使った?)丁寧な解析で主に北米から南米の下の下部マントルに見られる,高 速度域が上部マントルからCMBまで連続したサブダクションプレートであると主張し, それなりに説得力があった.但し彼のデータセットは太平洋地域のカバーが悪く,肝心の 所が見えないものであった.Dziwonskiの仕事はあまりに有名なので,省略.

THE FATE OF SLABS

最近ANUからMITに移ったばかりのvan der Hilstが,未発表のトンガサブダクション帯の 構造を含め,スラブの地震学的イメージをレビューした.彼によれば,スラブが直接下部 マントルにそのまま沈み込んで入るとみられるのは,マリアナ,千島,カリブ海,トンガ などである.これに対して日本付近は670km上面にスラブがたまっていることが知られて いるが,むしろこれは例外的であるという.会場ではこのスラブスタグネーションの理由 について議論があり,比較的最近のフィリピン海拡大に伴うトレンチの後退によるとする 意見が多かった.東京工業大学の高橋は,670km不連続に関係した,高圧相平衡のまと めをして,不連続面の上にたまったスラブが一定の厚さを越すと重力不安定を起こして, CMBまで崩落するとみられること,D”層が様々な温度のスラブであると考えられるこ と,及び,Hawaii,Iceland,Coumbia River Basaltなどのマントルプルームは,均質なカン ラン岩の上昇流ではなく,大量のかつての海洋地殻の断片を含んでいると考えられること, などを示した.

PATTERNS OF MANTLE CONVECTION

UC San DiegoのJ.P. Morganは同位体地球化学の制約を駆使して,マントル対流のパター ンなどを推定しようと試みた.(本職のジオケミスト達,カーネギー研究所のR. Carlson, Max Plank Inst.のA. Hofmannなどから貴方本職は?とからかわれていた.)UCLAのP. Tackleyは主に,相変化が対流に与える影響,粘性率の変化や加熱形態が三次元(箱型) マントル対流に与える影響について話した.これらは既にJGR, GRLに発表されている. 相変化の影響は,それほど大きくないと考えていることに対し,Machetelが重要だと言い 張って(?)まくしたてていた.上部マントルと下部マントルが主成分元素において異な る化学組成をしていることが分かれば,二つの層の間に対流混合がないことの直接の証拠 になりうる.そこで,ANUのI. Jacksonはマントル遷移層及び下部マントル構成鉱物の物 性測定値にもとづいて,Mineral Physics Testを行い,下部マントルの化学組成が上部マン トルと同じパイロライトでよいことを示した.なお,このような議論をする上で基礎とな る物性値は,最近東大の八木らが下部マントル条件下で直接測定に成功したMgペロブス カイトのEOSである.新しい測定値について,以前1気圧下での物性測定をもとに下部マ ントルが鉄に富むと議論したUC BerkleyのR. Jeanlozも参加していたが,反論はなかった.

この他,以下のセッションが設けられていました.

この他,ポスターセッションがあり,本多,岩瀬,小河のpaperも含め発表されました.

記憶に残っているものについて感想を述べます.地震波トモグラフィーに関しては,プ レートがプレートらしく板状に見えだした事に驚きました.西太平洋の結果,即ち,スラ ブのスタグネーションや1000kmあたりに発見された地震波不連続面などについては,あ まり議論されませんでした.何となく全体の基調としてはJordanの全体対流説的であった 様に思います.私(本多)は,地震学の一部と対流が分かる程度で,他の分野,例えば地 球化学,ダイナモ等は,ほとんど分かりませんでした.しかし,地球化学の議論に関して は,彼らも混乱(?)しているらしく,安心いたしました.対流に関しては,”現実的” な物性,あるいは幾何学を入れて計算を行なおうとしているようです.M. Gurnisはプレー トのような振る舞いをする対流を実現しようとやっきになっていますが,仮定が人工的す ぎる(プレート境界で柔らかい層を仮定する)等の批判があるようです.しかし,目指し ていることはright directionであると思います.

今回の会議に参加して情けなく思ったのは,日本人の行なっている仕事が,ほとんど引 用されない点であります.もちろん,唐戸さん,高橋さんの様にinviteされ,ちゃんと認 められている方々もおられますが...おそらく,我々に今後,必要なものは独創性,そ れからちゃんとした情報の発信であると思います.

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○全地球ダイナミクス・全地球史解読ジョイント開催 研究集会「原生代後期-顕生代10億年の地球活動史」報告

                              瀬野徹三(東大地震研究所)

全地球ダイナミクス計画の一環として,「太平洋スーパープルームの活動史:その背景 と地球環境変動への影響の解明」へ向けた組織的研究が始まろうとしています.一方,原 生代ー古生代境界は地球史の重大イベントであり,「全地球史解読計画」の次の課題とし ても検討が進められています.とくに,原生代ー古生代境界イベントに先だって,スーパー プルームの活動,超大陸の分裂合体が起こっており,これら固体地球の変動と地球表層環 境の変動,さらに多細胞生物の出現との関連性の検証が重要課題の一つです.今後,世界 各地での野外調査や試料採集が行われる予定であり,上のような課題も含めて,どこで何 を明らかにすべきかについて,広い視野から議論する場を持つための研究会を大野照文・ 川上紳一・丸山茂徳・瀬野徹三が企画しました.以下プログラムと報告です.

場所:東京工業大学理学部地球惑星科学教室318教室

10月12日(土) 13:00 川上紳一(岐阜大)原生代後期の地球システム変動 14:00 大野照文(京大)Pc/C境界の生物界 15:30 瀬野徹三(東大地震研)10億年前ごろの沈み込み様式の変化と海水準変動 16:50 磯崎行雄(東工大)ニューファウンドランドのPc/C境界 10月13日(日) 10:00 渡辺輝夫(北大)東オーストラリアの付加体地質学 11:00 石渡良志(東京都立大)有機地球化学からのアプローチ 13:30 海保邦夫(東北大)中国とニューファウンドランドのPc/C境界 14:40 松本 良(東大)炭素同位体と希土類元素:イラン,エルブールズのPc/C境界 からP/T境界へ 16:00 丸山茂徳(東工大)オーストラリア調査の計画全体の概要 17:00 計画案の検討

各講演内容の紹介は省略し,どのように調査のターゲットを絞るべきかについて行われ た議論を紹介する.古地理・古環境の復元をglobal, shallow, deepの三つの視点で行うべき であるということになった.以下各項目について述べる.

globalでは,オーストラリア,北米,アフリカなどの陸塊が,Pc/C境界でどのような地 学的環境にあったかを世界的な視点から復元する.東オーストラリアの地質については, リフトによる海盆の生成と,その外縁の収束域への転化=付加体の形成の歴史を明らかに する.原生代後期にどのような海水準変動があったかを復元することは当時の気候変動を 知る上で重要である.アクリタークの種の数の時間変化は瀬野が計算した海水準変動とよ い相関にあるらしい(海保).微化石から堆積環境(水深)を知ることが出来るはずだが, 東オーストラリア内陸のように大陸分裂が起きたところは,大陸高度がリフティングの後 沈降するので,海水準変動を求めるのは無理である(丸山).安定大陸でそのような解析 をする必要があるが,可能かどうかは今後の検討課題である.Pc/C境界時代の堆積物は, 大陸分裂が起きて開きつつあった海盆の縁にしか分布していない(丸山).大陸の外縁= 沈み込み帯側には前弧海盆などの海盆が存在していたのだから,探せばこの時代の堆積物 は見つかる可能性は否定できない.インドやカザクスタンなどには部分的に存在するらし い.

shallowの視点では,ハーバード大グループなどによって最近徹底的に硫黄や炭素同位 体などの詳細な研究がなされつつあり(日本ではイランを対象に詳しい分析がなされつあ る,松本),同じことをやって成算があるとは思えないことが指摘された(川上,磯崎). 海洋の有光層の厚さの変化が海洋循環や生物種と関係するらしいこと(石渡),したがっ て浅層・深層での酸化還元状態や絶滅を議論する上で有効な手段になり得ることが指摘さ れた.これの有機化学(同位体)分析には1kg以上のサンプルを必要とするらしい.とも かくP/T境界のサンプルでやってみるべきこと,さらにPc/C境界で行うべきかどうかは, 石渡で紹介された文献をzebra netで配布し,検討することになった.

deepの視点は,P/T境界で成功した付加帯地質学を原生代後期に適用するものである. 東オーストラリアは7.5億年前に分裂をはじめて以降,その外縁に深海堆積物が付加を始 めたと考えられるから,この試みには成算がある.P/T境界と同様な真っ黒なチャートが 見つかるかもしれない.それをもとに海洋深部での酸化還元状態を議論できる.

その他議論されたことを挙げる.中国のPc/C境界は保存が悪い(海保).ニューファウ ンドランドは調査域としてはよくない(磯崎).エディアカラ動物群が絶滅してからその 空いたニッチを埋めるように多細胞動物群が現れているという説があるが,ナミビアでは オーバーラップしており,エディアカラ動物群の栄えた時代とshelly fauna(カンブリア紀 の最初の立派な動物のかけら)の時代間隔は約6myと縮まっている.葉っぱのように見え るエディアカラ化石の筋が,細いエアマットが積み重なったものか,環形動物のひだひだ のようなものか,切り刻んで調べたいという提案(大野)があったが,医学のトモグラフィ 機器を利用すれば刻まなくてよいのではという指摘があった.最近どこをPc/C境界とする か意見が異なる場合もあるようだが,それはどこでもよいので,それによって現象が変わ るわけではないし,またイベント的に変化するように見えてもその背後には緩やかな変化 が隠れていることを忘れるべきではないという指摘があった.

全地球ダイナミクスの方の計画としては,原生代後期-カンブリア紀のスーパープリュー ムの活動を知るために,環太平洋(東オーストラリアを含む)で,付加体などに含まれる 火成岩のサンプリングを行おうとしていること,地磁気の逆転や強度を知ることもマント ル/核の活動を知る上で重要なので(白亜紀が中心だが)6億年までサンプリングを行お うとしていることが,丸山から紹介された.以上のような議論をふまえて,今後調査計画 をさらに練る予定である.

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●お知らせ

○合同学会について

1998年地球惑星科学関連学会合同学会(名古屋大学3/25−3/28)で,共通セッション 「全地球史解読」(convener:伊藤孝士・吉田茂生・瀬野徹三)を申し込んでありますので, 参加よろしくお願いします.申し込み締め切りは来年はじめころと思いますが,関連学会 以外の学会の方には,申し込み方法など後ほど連絡します.

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○論文謝辞について

重点「全地球史解読」から有形・無形の援助を受けて論文を出すときは,以下のような 文例を参考にして,謝辞に入れてくださるようお願いします.

<英語>

This study (or a part of this study) was supported by the Decoding the Earth Evolution Program, Intensified Study Area Program of Ministry of Culture and Education (No.259, 1995-1997).

<日本語>

本研究(あるいは本研究の一部)は,文部省科学研究費補助金重点領域研究「全地球史 解読」(領域番号259:研究期間:1995-1997)の援助を受けました.

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重点領域研究「全地球史解読」連絡先

代表者
熊澤峰夫
名古屋大学理学部, 教授, 464-01, 名古屋市千種区不老町, 052-781-5111ex2536, 052-789-3013, 052-789-3033, kumazawa@eps.nagoya-u.ac.jp
とる班代表
丸山茂徳
東工大理学部地球惑星, 教授, 152, 目黒区大岡山2-12-1, 03-5734-2618, 03-5499-2094, smaruyam@geo.titech.ac.jp
とけい班代表
大江昌嗣
国立天文台水沢観測センター地球回転研究系, 教授, 023, 水沢市星ガ丘町2-12, 0197-22-7136,0197-22-2715, ooe@gprx.miz.nao.ac.jp
よむ班担当
川上紳一
岐阜大教育学部, 助教授, 501-11, 岐阜市柳戸1-1, 0582-93-2262, 0582-30-1888, kawa@cc.gifu-u.ac.jp 
もでる班代表・事務局
瀬野徹三
東大地震研究所, 教授, 113, 文京区弥生1-1-1, 03-3812-2111 ex.5747,03-5802-2874, 03-3816-1159, seno@eri.u-tokyo.ac.jp
総括班データベース担当
増田耕一
東京都立大,助教授,192-03八王子市南大沢1-1, 0426-77-2603, 0426-77-2589, masuda@geog.metro-u.ac.jp
全地球史解読WWW(仮):
http: //www.comp.metro-u.ac.jp/~masudako/DEEP/

このページは、瀬野徹三さんから次のメイリングリスト記事として 提供されたものに基づいています。

Date: Tue, 19 Nov 96 19:37:50 JST
From: seno@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp (Tetsuzo Seno)
Message-Id: <9611191037.AA05863@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp>
To: multier-news@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp
Subject: zenchikyushi news no.6

HTML版作成: 1996-11-19
増田 耕一 (東京都立大学 理学部 地理学科、
「全地球史解読」総括班員・情報処理担当)
masuda-kooiti@c.metro-u.ac.jp
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