July 10, 1996 発行 全地球史解読事務 113 文京区弥生1-1-1 東京大学地震研究所 瀬野徹三 tel 03-3812-2111 ex 5747 fax 03-5802-2874 e-mail seno@eri.u-tokyo.ac.jp
鳥居雅之(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)
全地球史解読プロジェクトは,言葉通り地球の歴史のすべてをカバーしようとして いる.もっとも尖鋭な興味はArcheanの環境復元に向けられているが,ごく最近のこと にも,ちゃんと興味を示す余裕があること自体が,お世辞ではなくこの計画のすばらし さを示している.計画を進めている中枢の人達のそのような懐の広さに付け入った感も なきにしもあらずだが,全地球史解読の公募研究のなかに,最近の数万年の古環境変動 研究をターゲットとした琵琶湖の湖底堆積物の研究計画を組み込んでいただいた.昨年 7月に複数のピストンコアの採取に成功し,この3月の合同大会では4件の第一報を報告 できるくらいのペースで分析が進んでいるので,簡単な報告をさせていただく.第0報 は,昨年まだ作業の熱気が冷めやらないうちにしたので,今回は合同大会での発表を踏 まえての報告と今年の計画についてである.
私たちの中期的な目標は,大平洋などの深海底堆積物に記録されている古気候記録 と,ユーラシア大陸内部の陸成堆積物である黄土層に記録されているそれとが,ちょう ど中間に位置する日本列島の堆積物にはどのように記録されているかを検証することで ある.もともと,深海底の古気候記録と陸成堆積物の記録とが結びつけられて議論され るようになったのは,2つの研究の流れが出会ったからであった.1982年にD.V. Kentは, 古気候と地球磁場強度の関係をインド洋の深海底堆積物について調べているときに,酸 素同位体比と初帯磁率の間のきれいな相関を発見した.この発見は彼の論文の主題では 必ずしもなかったが,その後の大きな展開の起爆剤となった.一方,F. Hellerと劉東生 によって1984年に中国洛川の黄土層のボーリングコアの初帯磁率が測定結果が発表され, 大平洋の堆積物の酸素同位体比記録と対比が可能であることが示された.以後,堆積物 の示す初帯磁率記録は,古温度のproxy(代替指標)として急速に注目されることになっ てきた.
このような,堆積物の岩石磁気学的な特徴から古環境を推定しようとする試みは, 最近では環境岩石磁気学と呼ばれている.その中でも中国黄土層の研究はまさに百花撩 乱の感がある.今では,初帯磁率を用いてSPECMAPと対比することにより,まず時間 軸を明らかにし,その上で個々のproxyの意味を厳密に理解したり,あるいは新しい proxyを見つけ出すために,堆積条件の異なる場所で次々と新しい研究が行われている. しかし,意外にもそもそもの発端であった深海底堆積物との対比は,対応するのが当然 のこととして,あらためて問題とされることは少ない.しかし,中国内部でさえ,タク ラマカン砂漠近くの黄土層と,西安近くのそれとではproxyの記録が大きくことなる. このような地域的な差こそが,proxyとしての限界や信頼度を明らかにしていくための 重要なデータである.中国黄土層と深海底堆積物の記録を比較して,そこから新しい情 報をしぼりだすためには,大陸−大洋の境界に位置する日本列島にある堆積物の記録の 持つ意味は少なくないはずである.
琵琶湖の湖底には約250mのほぼ均質な粘土層が堆積している.北湖の中央部に堆 積しているこの粘土層(T層)の年代は,これまでの研究によっておよそ43万年と見積 もられている.T層には,数十枚の火山灰層を別にすれば,砂層などの粗粒な堆積物は いっさい含まれていない.これら火山灰層を広域テフラと対比することによって,T層 の詳細な年代推定が可能となっている.そして,火山灰層を除けばほぼ均質な粘土層の 存在は,琵琶湖が過去43万年間は安定した湖盆として存在してきたことを強く示してい る.いいかえるなら,ごく周辺の環境変動に直接支配されることのない,より広域的な 変動が精密に記録されていることが期待できる.
この琵琶湖湖底堆積物の重要性は,堀江らによって早くから指摘されてきた.1971 年には200mのコア試料が堀江らによって北湖の中央部で採取され,均質な粘土層と多 数の火山灰層の存在が明らかにされるとともに,多分野の研究者による共同した解析作 業という研究形態に先鞭がつけられた.1982年にはほぼ同じ場所で全長1400mのコアが 採取され,約800mの湖底堆積物の全貌が明らかになった .この他にも湖底・湖岸での コアリングが多数行われ,世界的に見てもよく調べられている湖成堆積物といっていい だろう.
1995年7月に北湖の3ヶ所でピストンコアを採取した.ピストンコアラーは高知大の 岡村らによって改良を重ねられてきたアルミパイプを用いる方式で,20mと25mの2種 類の長さが試みられた.1番北のSite 1(高島沖:水深63 m)では,BIW95-2と-3の2本の 20mコアを採取した.この地点は安曇川のファンデルタの先端部にあり,今回採取した コアのなかでは細砂層を含む最も粗粒な堆積物が採取された.これらのコアは高知大学 に運ばれ,1mに切断された後押し出され,記載や初帯磁率測定などがされた.さらに, 半分が京大に転送され試料が採取された.
Site 2(白髭沖:水深67 m)は,1986年に地質調査所によって140mのコアが採取さ れた地点とほぼ同じ場所である.ここでBIW-4と-5のそれぞれ20mのコアが採取された. BIW-5は当日のうちに1mに切断されて押し出しされ,直ちに冷凍されて翌日にはクール 宅急便で都立大に送られて,有機地球化学分析用の試料とされた.
Site 3(雄松崎沖:水深76 m)は,200mと1400mのコアの採取地点とほぼ同じ場所 である.25mのBIW-1と20mのBIW-6と-7の3本が採取された.ただし,3地点いずれのコ アでも,実際に採取された堆積物の長さは10〜15m程度であった.
岡村方式のアルミパイプを用いたピストンコアラーには大きな特徴がある.加工や 取り扱いの容易さなどの技術的なことはすでに他所に報告されているが,今回実際に使 用してみて試料の処理という面でも非常に優れていることが判明した.BIW-1,-4,-6, -7のコアは,いずれまずも2.5mずつに切断し,次にアルミパイプだけを縦に切断し, その後に堆積物試料をワイヤ−で半切する方法で処理をした.この方法の最大の利点は, 堆積物を押し出す必要がないので変形が非常に小さいことである.堆積構造や組織の観 察,あるいは非磁性であるので残留磁化測定用の試料採取にも最適である.また,プラ スティック・ライナーを使用しないため,有機化学分析用の試料としても優れている. アルミパイプの厚さは5mmであるが,市販の電動丸鋸でチップソーを用いれば容易に 切断できるので,簡単なガイドさえ用意すれば誰でも切断できる.ただし,アルミの切 り屑による試料のかなりの汚染だけは避けられないという問題は生じる.
コア試料は,地点ごとに多少処理の仕方は異なっているが,長期の保存による試料 の劣化をさけるため,すでに大部分の試料は分割配布が完了している.試料の配布を現 在までに受けている研究グループの代表は,高知大の岡村(層序),都立大の石渡(有 機地球化学),ミシガン大のP.Meyers(有機地球化学),京大の竹村(火山灰),同志 社大の林田(古地磁気),京大の鳥居(岩石磁気と古地磁気),都立大の福沢(堆積構 造と粘土鉱物),北大の豊田(無機地球化学),日文研の北川(14C年代)などである. 試料の分析はそれぞれの研究室で進行中であり,一部の結果は1996年3月の地球惑星科 学合同大会で発表された(鳥居他,根岸・石渡,竹村他,アリ他).まず,火山灰層の 対比によって,Site 2とSite 3の間の対比と年代推定が行われた.火山灰層の発見には, 初帯磁率の測定が極めて有効であり,肉眼的に確認が困難であった火山灰層も初帯磁率 の異常として検出された.両者の対比はカワゴ平火山灰層(3.0 ka)と鬼界アカホヤ火山 灰層(6.3 ka)によって確実なものとなっている.Site 2では約10mに深度に姶良Tn火山灰 層が発見されたことから,最下部の年代はおよそ3万年と推定された.Site 3の堆積速度 はSite 2のほぼ3倍である.1つの湖盆から堆積速度の大きく異なる堆積物を複数採取し て比較したいという当初の目的にふさわしい試料が採取されたことが分かる.
また,各Siteでの複数のコア間の比較も現在さまざまな手法で行われている.たと えば,Site 3の3本のコア間では,初帯磁率の長周期のトレンドと異常ピークの全てがき ちんと対比できることが分かっている.図(省略)には,磁気ヒステレシス・パラメー タの1つであるBcr/Bc(残留抗磁力/抗磁力)の変化を示した.この比は堆積物中の磁 性鉱物の平均粒径を反映していると考えられるので,他の方法による粒度推定と合わせ て比較してみたいと考えている.いずれにしろ,このような岩石磁気学的なパラメータ が複数のコア間で詳細に比較検討されるのは,琵琶湖については初めてのことであり, 長周期と単周期の変動の意味を探っていくのが大きな楽しみである.
今回の大きな発見として,Site 2のコアの約1万年より古い層準には,ところどころ に黒色の薄層が多数密集しているゾーンがあることを指摘しなければならない.予察的 な分析によれば,黒色ラミナを構成している物質は,植物遺体などの有機物とシデライ トである.もしこのラミナが年縞あるいは季節を反映した堆積物であるなら,琵琶湖堆 積物により精密な時間スケールがはいることになり,研究の意義がますます大きくなる. また,そうでなくても,ラミナ出現の頻度がつぎつぎと変化しているのは,明らかに複 数の周期によって形成されたことを示しており,環境変動解析の有力な手がかりになる だろう.
この一連の作業のなかで行った他の重要な試みとして,コアの処理・保存技術そし て分配方法を再検討とするいうことであった.これは,単にハードを改良するというこ とだけでなく,運用面としてどのような手順でコアを処理し,各分野の必要に応じて適 切に分配していくかということである.これには,これまで琵琶湖で行ってきた何回か のコアリングと国際深海掘削計画(ODP)の経験が基礎となっている.この試みについて はここでは具体的にふれないが,多くの参加者の共通の感想として,いい試料がほしけ れば長期保存を考えないこと.むしろたくさんのコアを採取して,ゆったりと試料を分 配することの方が,結局時間や経費の節約になるのではないかということであった.も ちろん,保存場所や作業場所が十分あり,試料の保存に当てることのできる研究資金に 恵まれていれば,最低限の本数のコアで研究できるかもしれない.実際そういうことは ほとんどありえないので,あまり倫理的には好ましくないが,コアの使い捨ての方がい い結果がえられるということを何となく確信した.それでも,今回の試料の保存のため に,岩石磁気関係だけでも150リッターの冷蔵庫を新たに2台購入しなければならなくな り,なによりも保存場所の確保に頭を痛めている.
昨年の計画のポイントは,複数の地点でコアを採取すること.各地点でも複数のコ アを採取すること.この一連の作業によって,得られたシグナルのうちから,意味のあ るものと,偶然のノイズがどのように混在するのかをまず見てみたいと考えた.さらに, 堆積速度が大きくことなる場所で,いろいろなシグナルがどのように表れるのかも検討 したかった.試料としては,これら当初考えた目的にふさわしいコアが7本採取できた と考えている.限られた予算,日数,人手を考えると望外の成功であった.これは,ひ とえに岡村方式のピストン・コアリングのすばらしさを示しているといえる. 私たちの計画は,いずれ近い将来琵琶湖でもう少し長いコア,たとえば10万年以上 をカバーできる試料を採取するための,基礎体力作りという面がある.そのためには, どうしても1本のコアでできることの限界を見据えたいと考えている.そのための作業 として,今年の夏には75cmのグラヴィティコアーを10本ほどSite 2とSite 3の付近で採取 し,湖底表層部で起こっていることを詳細にみることと,ピストンコアリングによって 失われる表層部の見積もりをきちんとしたいと考えている.資金不足ももちろんだが, 何と言っても不足なのは人である.とくに採取した試料を実験室で「腐らせない」うち に分析するための人手不足は深刻である.そういう意識もあって,コアを切断したり分 割したりするまえに行う測定が非常に重要であることが昨年の作業のなかで改めて認識 された.今後ODPで採用している複数の計測器の中をコアが流れていくMSTのような 非破壊の測定システムを開発していくことが非常に重要であろう.私たちも早く「24時 間マシン」を開発しなければ,結局は貴重な試料を宝の持ち腐れに終わらせてしまうの かもしれない.そして研究者の命を,過労によって文字どおり縮めることにもなるだろ う.
なお,今年,都立大の石渡良志教授を代表者に「湖沼堆積物による古環境変動の高 精度復元とアジアモンスーン」という重点領域研究が申請された.もちろん,簡単に採 択されるとは誰も思っていないし,内容的にも今後大きな議論をしていかなければなら ないだろう.しかし,どのような状況になろうとも,琵琶湖の湖底堆積物の研究が重要 な柱になっていくことだけは確かである.そういう意味でも,「全地球史解読」は湖底 堆積物による精密な環境変動研究にすばらしい踏み切り板を提供してくれたといえよう. 1つの研究グループが次々と新しい研究グループを生み出していくのは,本当にすばら しいことである.
[目次へ]廣瀬 敬(東工大)
今年からいよいよアフリカ太古代緑色岩体の調査を始めます.今年は南アフリカ・カ ーパバール地塊にあるBarberton Greenstone Beltとジンバブエ・ジンバブエ地塊に ある Belingwe Greenstone Beltを中心に,7月19日から8月31日までの約6週間 にわたって地質 調査・岩石採取を行う予定です.ジンバブエでは有名なグレートダイ ク(25億年前の 貫入岩)も調査地域に組み入れるつもりです.参加者は丸山・廣瀬・小宮・西川・ 清水(以上東工大),岩森(名大),小沢(鳴戸教育大),角替(島根大)の8人を予定 しています.
南アフリカのBarberton Greenstone Beltは35〜32億年前の緑色岩体で, なかでもKomati 層はコマチアイトがはじめて記載され,模式地として知られるところです. この緑色 岩体のコマチアイトはAl枯渇型で,もし無水条件下で生成されたとするなら ば1900度 程度のマントルの融解温度が必要であるとされています.またジンバブ エのBelingwe Greenstone Beltは29〜27億年前の緑色岩体で,Barberton Greens tone Beltの大部分が角閃岩 相の変成作用を蒙っているのに対し,こちらは比較的低変成度の(緑色片岩相まで) 変成作用しか受けていないことで知られるところです. コマチアイトを主体とする Reliance層では,複数の露頭に新鮮なカンラン石の斑晶を含むコマチアイトがみられ, マグマの化学組成を直接残しているメルト包有物の存在も報告されています.こちら のコマチアイトはAl非枯渇型で生成温度はやや低く1700から1800度と考えられていま す.両地域とも古くから多くの研究があり,いよいよ我々もこれまでの経験を生かし てコマチアイトの聖地に突入と行った感じです.今回は調査初年度ということもあり, 今後のアフリカ調査のまず足がかりをつくることがまず大きな目的です.地質調査に 関しては予察的なものになると思われますが, コマチアイトが噴火したテクトニック セッティングを明らかにしたいと考えています.岩石試料は古地磁気測定用および岩 石学・地球化学用のものを中心に採取する予定です.Greenstone Belt中に含 まれる ストロマトライトも採取してこようと考えてい ます.太古代緑色岩から当時 のマントルの 温度・化学組成を読むことは我々の大きな研究テーマの一つですが,緑色岩は変成岩 であり,どうしても変成作用の影響に目をつぶることはできません.そこで今後SIMS やICP-MSをはじめとした最新の化学分析機器によって,従来の全岩分析ばかりでなく, より変成作用の影響が少ないと考えられる残存鉱物の分析を目的としたサンプリング も計画しています.
[目次へ]名古屋大理 高野雅夫
この夏、名大・岐阜大・東大グループが中心となって国際学術研究(代表者熊澤峰夫) に よるカナダ調査を行う予定である。この調査の目的は以下のとおり。
参加者は日本から川上紳一(岐阜大)隊長のもと磯崎行雄(東工大、アメリカから 参加)、高野雅夫、吉岡秀佳、岡庭輝幸、堀 哲(以上名大)、吉原新(東大)の7 名。現 地ではH. Helmshtaedt (Queen's Univ., 熊澤さんの古い友人), B.Padjam (Dep. Indians and Noth. Affairs (DIAND) Chief Geologist), Jhon Brophy(DIAND District Geologist)ら と協力 して調査・サンプリングを行う。すでに5月末に熊澤・川上が事前打ち合わせのため カナダを訪問し、計画をつめて来た。
日程は以下のとおり。
大江昌嗣(国立天文台)
瀬野徹三(東大地震研究所)
上記のワークショップが,東大地震研究所の共同利用研究集会として行われた.こ の会は,実質的に「全地球史解読」もでる班主催ともいうべきものであったので,ここ で報告する.プログラムは,全地球史解読ニュースレター第4号に載せてあるが,変更 点は,中西一郎(京都大)がキャンセル,
この集会を企画したのは,最近プリュームとマントル対流の,地球史に果たしてい る役割がますます認識されて来ているからである.プリュームによるエネルギーの放出 は全熱流量のせいぜい数10 %であり大きくないので,テクトニクスに対する意義はそ れほどでもないとする説がある.またプレートはむしろ自分に働く重力によって動いて いるので,その下のマントル対流からはデカップルしているから,マントル対流はテク トニクスとは直接関係がないという説も依然根強いものがある.しかしflushing eventの ようなグローバルなプリュームが起きた場合,あるいはマントル対流のレジームが急激 に変化した場合のテクトニクスに対する影響は,地質や環境に対するものを含めて甚大 である.また私自身,大陸プレートがマントル対流によって能動的に駆動されている証 拠を応力場の計算から最近得ている.このあたりで,もう一度プリュームとマントル対 流の地球史に対する役割を再認識したいというのが,このワークショップを開いた動機 であった.D. Yuen(ミネソタ大)が来日することが判っていたので,彼に呼びかける と,賛同して何人かの外国人に声をかけてくれ,おかげで5人の研究者を海外から費用 を出さずに呼ぶことが出来た.国内参加者を含めて,トモグラフィ,対流計算,テクト ニクスとそれぞれの分野から興味深い発表があった.トモグラフィから指摘された, 1000 km付近の深さの不連続面やスラブの停留が今後焦点となりそうだが,これとマン トル対流やマントル物性との対応づけはまだ容易ではない.いくつかの講演で,現実的 な下部マントル粘性率をもつ計算では,力強い高速プリュームが上部マントルに発生す る可能性が強調されたことも印象に残ったが,この集会には,地質学や地球化学からの 参加者をあまり含めることが出来ず,このような高速プリュームとデータとの対比とい う面では不足であった.今後,マントル対流計算の側の問題意識や計算結果と,地球史 でデータをとる・よむ側の問題意識とのドッキングが課題であろう.以下に個々の発表 の内容を列挙する.なおこの集会のアブストラクトは, http://banzai.msi.umn.edu/japan.html で見ることが出来る.
桜井太郎と深尾良夫は,データ数を増やしてFukao et al. (1992)のトモグラフィの安 定性と解像度を改良し,660 km不連続面の上でスラブがstagnantするケースとして,S. Kuril, Japan, Izu-Bonin, North of New Guinea, その下でstagnantするケースとして,N. Kuril, Mariana, Java,を得た.1100 kmより深いところには西太平洋ではスラブはない. これらのことからマントル遷移層は1000 kmまで及ぶと考えている.
Feng-Lin Niuと川勝均は,地震反射変換波をもちいて,日本とJavaの下で900 km付 近の不連続面の地域性を調べた.日本やJavaでは,Tonga (920 km)より変換点が深いこ とがわかった.またJavaでは,940 kmから1080 kmへと東から西へ不連続面が深くなっ ており,これは桜井・深尾で得られた高速度域が東から西へ深くなっていくことと相関 があるようにみえる.ただし,変換点は,東では高速度域の下になり,西では高速度域 の中に位置する.不連続面の原因に関して,phase changeであり高速度域の中で深くな る,あるいは化学的不連続でそれが垂れ下がっている,という二つの解釈を示 した.
谷本俊郎は,地震波トモグラフィを用いて,プリュームから排出される熱エネルギー の推定を行った.プリュームは境界層理論を用いてレーリー数でスケーリングさ,れる. プリュームヘッドの直径と厚さが観測されると,レーリー数が推定され,熱流量,プリュー ムの太さなどの諸量が推定される.これによって定量化された17個のプリュームから排 出される熱流量は,全地表熱流量の数パーセントであった.粘性率の温度依存性を考慮 しなくていいのか,またもしプリュームが遷移層から発生しているなら,プリュームの 太さと上下スケールが同じとなり,境界層理論が用いられないのでは,という指摘があっ た.
Craig Binaは,スラブやプリュームの中の温度圧力から推定される相転移とそれに 伴う化学成分・地震波速度の分布を上部・下部マントルにわたって詳しくしらべ,それ が地震活動,沈み込み,プリュームの上昇にもららす影響についてのべた.上部マント ルでは,650 kmの上に最も圧縮応力が大きくなるところが生まれ,ここで深発地震活 動が最も高くなる.スラブの中心部のmetastableなα相から相転移を起こすところでは 剪断応力が大きくなり,そこに二重深発地震面が見られる.すなわち深発地震は,個々 のfailure mechanismによらず応力と調和する.下部マントルでは,Liu et al. (1995)のpv --> mw + stの結果を用いると,プリュームの両脇の565-950 kmの深さでこの相転移によ りnegative buoyancyの領域が生じるので,トモグラフィの解釈に影響を与える,とした. Volker Steinbachは,下部マントルviscosityが温度と深さによる時に,上昇するプリュー ムが,660 km不連続面とどのように相互作用するかを調べた.少数の強いプリューム が下部マントルで安定に存在する,不連続面から2次プリュームが上部マントル中に上 昇する,遷移層では,viscous disscipationによりmeltingやLVZが発生する,などの結果が 得られた.
Brigit A. Schroderは,下部マントルでピークを持つvan Kakenのviscosityを採用し, さらに660 km不連続面でviscosityにジャンプがある時に,下部マントルでプリュームが ゆっくりと成長した後,上部マントル中へ爆発的上昇し(blast),リソスフェアの下部 へ達した後水平方向へ流れて温度異常をもたらす,という現象を見いだした.
玉木賢策と中西正男は,デカンの洪水玄武岩の噴出量と西太平洋のプリューム起源 とみなされるジュラ紀以来の海底台地玄武岩の噴出量を比べた.デカンは,mid-plateで 噴出している,ホットスポット軌跡がある,継続時間が短い,などの特徴があるが,西 太平洋は,海嶺の活動に関連して噴出している,ホットスポット軌跡がない,継続時間 が長い,などの特徴があり,両者に違いがある.これはプリュームの形態の違いによる らしい.
松野太郎は,マックスウェル型の粘弾性構成方程式を数値的に取り扱うことを容易 にするグリーン関数を用いた新しい方法を提案した.
木戸元之は,海嶺の下に低速度の根がある場合とない場合で,海嶺のダイナミック トポグラフィが違ってくることを取り入れて,海底の年代/深度曲線を補正し,新たな 海洋プレートの冷却モデルを得て,いずれの場合が地学的にあり得るかを検討する考え を提案した.また,中波長のジオイドを用いてマントル粘性構造を推定する際に, generic algorithmを用いた逆問題法を試みて,遷移層に低粘性の層があるという解を得た が,まだ使用したトモグラフィに解像力が欠けており,信頼性がおけないと述 べた.
小河正基は,溶融を伴ったマントル対流の数値計算を行い,メルトがマントル対流 によって十分撹拌されるTCブランチ,活発な火成活動で化学的不均質な層が出来るCS ブランチの,二つのブランチが生じること,温度を上げていくと,TCからCSへの転移 が起きるが,これは非線形力学系の分岐現象と考えられることを述べた.CSブランチ で発生したテクトスフェアは,温度が下がるとTSブランチに移行し破壊されて困るが, これは下部マントルを考慮に入れた2層対流の場合には,保存される可能性があると述 べた.
岩瀬康行と本多了は,中心核の冷却を伴った地球の熱史の計算を3次元対流数値計 算によって行い,ローカルNuがローカルRaの0.3乗に比例する結果を得た. 得られた熱史はパラメーター化対流による熱史とよい一致を示した.
David Bercoviciは,いくつかのマントルのレオロジーを仮定し,吹き出し口と吸い 込み口を設けて,トロイダルな速度場が発生するか否かを調べた.stick-slipレオロジー の場合,あるいは温度依存性レオロジーの場合は,トロイダル速度場が発生する.これ らのレオロジーは同等である.
中久喜伴益は,相転移と深さ依存粘性率を考慮して大陸プレートを入れて対流計算 を行い,その影響を調べた.対流セルのアスペクト比が大きくなる,flushing eventが大 きくなる,大陸の下でプリュームは長時間とどまる,プリュームの下降流との相互作用 が大きくなる,などの結果を得た.
David Yuenは,n=3のnon-Newtonian power law rheologyを持つ流体で,かつ深さ・温 度依存粘性率を入れた場合,non-Newtonianの効果として,下降するプリュームに反応 して,プリュームが数m/yrの急速度で上昇する現象を見いだした.高速域とそうでない ところの間は50 km程度である.この現象は,地質現象の時間スケールの解釈に重要で ある.
Desiderius Masaluと玉木賢策は,ホットスポット系に対する中央海嶺の運動を調べ た.地磁気の縞模様の現在の位置から出発して,プレートの運動の復元を用いて過去の 中央海嶺の位置を復元する.大西洋中央海嶺の南の部分はほとんど動いていない.東太 平洋海膨は,イースター付近を回転極として時計回りに回転している.海嶺の移動速度 と玄武岩から推定されるメルトの発生の深度とは関係があるようである.
瀬野徹三は,大陸プレートを動かす原動力は吸い込み力ではなく,マントルドラッ グであり,深部のマントル対流が,プレートの底でプレートとカップリングしているこ とを,南米プレートの応力場の計算から示した.西太平洋は,ユーラシア大陸のドラッ グの働く前縁ではなく脇にある.このような大陸縁では,圧縮も伸張もあり得るが,そ れはスラブ上部の応力で決定される.しかし伸張応力下にあるマリアナは,スラブが down-dip tensionで,背弧は圧縮が期待されることと矛盾する.マリアナ弧の下では,プ リュームが上昇し,マリアナ弧前弧を東へドラッグしている可能性がある.
Dongping Weiと瀬野徹三は,ユーラシアプレートの応力場の観測と計算された応力 場を比較することにより,南海トラフ−琉球海溝での負のスラブ引っぱり力(吸い込み 力)が,応力場の形成に重要な役割を果たしていることを示した.この場合,ヒマラヤ での衝突力はさほど重要でない.今後3次元のより詳細な検討が必要である.
木村学は,過去6億年のプリューム活動の復元を行い,太平洋プレートの中で起き たプリューム活動が,環太平洋の沈み込み帯における付加体を調査することによって定 量的に見積もられる可能性を述べた.
丸山茂徳は,西太平洋のメガジャンクションの沈み込み帯の背後が地震波速度が低 速となり,マントルが高温状態であること,そこで縁海が開いていること,などの事実 は,stagnantしたスラブが下部マントルへ落下するとき,生じた上部マントルの空隙を 埋めるように下部マントルから暖かい物質が上昇するためであるという考えを述べた. このような落下が起きるときは,むしろ上部マントルの物質は引き込まれて下へ移動す るので,そのような穴埋めは起きないのではという意見があった.
[目次へ]「生命と地球の共進化」--重点領域研究「全地球史解読」公募成果発表会-- が6月6-7日 京都大学理学部においてひらかれた.ここにはプログラムのみ掲載し,報告は次回に回 します.
山本啓之(岐阜大)
微生物生態学の関係でも,地球史のイメージと考え方のうえに微生物の進化と生態 をのせて,8月24から25日の2日間で下記のような研究会を開きます.全地球史解読の関 係者で興味のあるかたにも参加してもらいたいと期待してます.
生物の多様性,中でも微生物の多様性はきわだった特性であり,これは太古から現代 に続く地球環境の変遷を映して進化してきたものと言える.すなわち,夫々の場面にお いてそれまでとは異なるストレスの多い環境へのレスポンスがあり,その結果,新しい 環境での適応と進化を遂げることを可能にした.化石の形態だけでは構造や機能を推定 できない太古の微生物を探るためには,現生の遺伝子塩基配列に残された分子進化の痕 跡から系統を辿るのも必然的である.また初期地球の環境と環境変化の歴史を地層に残 された痕跡から探ることも必要である.さらに今の環境に生息する微生物の生態から類 推する作業も必要である.地球史において微生物が果たしてきた役割は定性的で概括的 にしか理解されてない.初期地球の環境でどのような種類の細菌が存在したのか,どの ような物質が細菌の作用で生成されたのか,また生態系としての構造は,など多くの疑 問が漠然の海に浮かんでいるように思われる.今回の生態研セミナーでは,微生物をひ とつの共通項に地球科学と微生物学の二方向から地球生態系を眺めて,その昔になにが 起こりそして今なにが観察できるのか,過去から現在までの流れを整理できればと期待 してます.
京都大学工学部 薮下 信
過去2回にわたって行われました国際研究集会(Dynamics and Evolution of Minor Bodies ... 1991,及び Small Bodies of the Solar System and their Interactions with the Planets 1994)に続きまして,1997年8月(IAU総会の前)に同じ趣旨の国際会議が企画され, その大要がまとまりつつあります.外国からは招待講演者の形で約20名に参加して貰う べく,準備を進めております.
全地球史解読も2年目の半ばを迎えつつあり,このプロジェクトの重要な部分をしめ る海外調査によるサンプル採集が,文部省海外学術を含めてこの夏行われようとしてい ます.廣瀬敬と高野雅夫が本号で報告しているアフリカ,カナダの調査の他,西オース トラリア(代表磯崎行雄)が行われます.さらに将来Pc/C解明のために,東オーストラ リアで調査を行う予定であり,ピンポイントを絞り込むためのワークショップを8月 の下旬頃に開くつもりでいます(世話人大野照文).この合間をぬって,夏の学校が8 月下旬開かれます.若い人たちは(年寄りも)ふるって参加されるようお願いします.
[目次へ]このページは、瀬野徹三さんから次のメイリングリスト記事として 提供されたものに基づいています。
Date: Thu, 18 Jul 96 12:40:18 JST From: seno@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp (Tetsuzo Seno) Message-Id: <9607180340.AA00750@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp> To: multier-news@seno-sun.eri.u-tokyo.ac.jp Subject: zenchikyushi newsletter no.5 HTML版作成: 1996-07-23 増田 耕一 (東京都立大学 理学部 地理学科、 「全地球史解読」総括班員・情報処理担当) masuda-kooiti@c.metro-u.ac.jp[目次へ]