リリース

原始惑星系円盤のリング構造が惑星形成の歴史を残している可能性を示唆

茨城大学,工学院大学,東北大学らの研究グループは,国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値流体シミュレーションにより,原始惑星系円盤にて観測されるリング構造が惑星形成の歴史を示している可能性を明らかにしました.惑星は生まれたての若い星の周囲にある「原始惑星系円盤」で作られます.近年,チリの大型電波干渉計「アルマ望遠鏡」によってその詳細な構造が明らかになってきており,原始惑星系円盤にはリング状の構造がたくさん存在することなどが分かっています.このリング構造を作り出す要因のひとつに,円盤内で形成される惑星の存在が考えられています.これまで惑星によって作られたリング構造には,常に惑星が付随するものと考えられてきました.しかし今回の計算から,惑星が生まれたときに形成されたリング構造はその場所に残る一方,惑星は中心の星に向かって,リングを「置き去り」にして移動する場合があるということが分かりました.移動した惑星はその先で新たなリングを作ることから,原始惑星系円盤内で動いた惑星の「始点」と「終点」に2つのリングが作られることになります.この計算結果は,観測されているリング構造が惑星形成の歴史をそのまま残している可能性を示唆しています.今後,次世代の望遠鏡であるTMTやngVLAによって,内側に移動した惑星を直接見つけることが出来れば,この説が裏付けられると期待されます.この成果は,2021 年 11 月 12 日付で,米国の天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されました.

世界最大規模の“模擬宇宙”を公開―宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて―

千葉大学 石山智明 准教授を中心とする国際研究グループは、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイII」の全 CPU コアを用いて、世界最大規模のダークマター構造形成シミュレーションに成功し、100 テラバイト以上のシミュレーションデータをインターネットクラウド上に公開しました。現在、国立天文台のすばる望遠鏡などを用いた大規模天体サーベイ観測が進められていますが、観測から多くの情報を引き出し検証するには、銀河や活動銀河核の巨大な模擬カタログが必要です。本データはそのための基礎データとして位置づけられ、宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けた研究に役立てられます。本研究の成果は、2021 年 9 月に英国の『王立天文学会誌』に掲載されました。( 2021 年 9 月 10 日プレスリリース)

埋もれた暗黒物質の地図を掘り起こす ―観測・シミュレーション・人工知能のタッグで描くクリアな宇宙―

【概要】

これまでの天文観測により、我々の宇宙を占める物質の80パーセント程度は光を発することのない物質であることが示唆されています。この物質は暗黒物質と呼ばれ、その正体はいまだ謎に包まれています。暗黒物質の正体を解明するには、暗黒物質が宇宙のどこにどれくらいあるかを調べる必要があります。暗黒物質の地図を作成するために、遠方銀河の重力レンズ効果を利用する手法が近年注目されています。今回、統計数理研究所で研究をすすめる白崎正人 国立天文台助教らの研究チームは、実際の銀河データから暗黒物質地図を作成する際に生じるノイズを軽減するため、最先端の深層学習技術を応用し、これまでノイズに埋もれていた暗黒物質地図を描くことに成功しました。この深層学習に必要な大量の学習データを、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた大規模なシミュレーションによって構築しました。研究チームの提案する手法は、既存の手法では調べることの難しい暗黒物質密度が小さい領域を明らかにでき、平均密度や粒子質量など暗黒物質の基本情報を厳しく制限することに役立てられます。

直角に折れ曲がるジェットが描き出す銀河団の磁場構造

【概要】

国立天文台,ノースウェスト大学(南アフリカ),東京大学宇宙線研究所,オランダ宇宙研究所,鹿児島大学,名古屋大学,九州大学,南アフリカ電波天文台,SKA機構などからなる国際研究チームは,はと座の方向6.4億光年の距離にある銀河団Abell 3376を,南アフリカ電波天文台が運用する電波干渉計「ミーアキャット」を使って観測しました.この銀河団は,大小ふたつの銀河団が合体している現場で,この観測から銀河団の中心に位置する銀河から噴射されるジェットが,小さい銀河団の境界面で二手に折れ曲り,細くたなびくようすが初めて捉えられました.
この構造を作るメカニズムを解明するため,国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を用いたシミュレーションを実施しました.その結果,銀河団を包み込む磁場にジェットがぶつかることで二手に折れ曲り,折れ曲がった先から磁場に沿って細く伸びる構造を再現することに成功しました.
本研究によって,銀河から吹き出すジェットと銀河団磁場の相互作用の現場が初めて捉えられました.ジェットの構造を詳細に調べることで,直接観測することが難しい磁場の構造を明らかにするという新しい手法が得られたことになります.

多波長同時観測でさぐるM87巨大ブラックホールの活動性と周辺構造―地上・宇宙の望遠鏡が一致団結―

【概要】

2017 年 4 月、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)と地球上の各地の望遠鏡、さらに宇宙空間にある電波望遠鏡、可視光線・紫外線望遠鏡、X線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡が、一斉に楕円銀河 M87 の中心にある巨大ブラックホールを観測しました。これら多波長域の観測データを組み合わせた結果、巨大ブラックホールから噴き出すジェットの詳細な姿が描き出され、この時期のブラックホールの活動は非常に「おとなしい」状態にあったことが明らかになりました。
さらに今回の観測結果と、理論・シミュレーション研究で得た結果との比較から、EHTで観測されたブラックホール近傍のリング状の電波放射領域とは異なる場所からガンマ線が放射されていると考えると、観測結果をうまく説明できることが分かりました。これは、巨大ブラックホールから噴き出すジェットが複雑な構造を持っていることを示す結果であり、ジェットの形成や多彩な電磁波放射メカニズムの解明の手掛かりとなる重要な成果です。

日本チームのバーチャル宇宙の解析に米国の2チームが挑戦 ―宇宙の根源的な謎に迫る精密宇宙論への確かな一歩―

【概要】

 京都大学基礎物理学研究所の西道啓博 特定准教授(兼:東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 客員科学研究員),Kavli IPMU 高田昌広 主任研究者をはじめ,スタンフォード大学,ニューヨーク大学,欧州原子核研究機構,プリンストン高等研究所,中国科学技術大学の研究者からなる国際共同研究チームは,コンピュータ上の仮想宇宙の銀河データを用いて,データ作成者と解析者を完全に分離した「宇宙論チャレンジ」を初めて行い,物理解析の手法で宇宙の誕生と進化を支配する宇宙論パラメータ 注1を正しく測定することができるか検証しました.

スーパーコンピュータで時間を戻して探る宇宙の始まり

 国立天文台,統計数理研究所などの研究者から成る研究チームは,スーパーコンピュータを使った大規模シミュレーションによって,宇宙のごく初期の様子を探る新しい解析方法を開発しました.
 宇宙に無数に存在する銀河は,ランダムに分布しているのではなく,群れ集まって泡状の構造を形成しています.「宇宙の大規模構造」と呼ばれるこの構造は,「インフレーション理論」が予言する宇宙初期の密度ゆらぎが起源とされていますが,いまだ多くの謎が残されています.宇宙の大規模構造の銀河の分布を観測し、密度ゆらぎの影響を検証する研究が進められていますが,138億年にわたる銀河同士の重力相互作用の影響を取り除くことが難しく,十分な検証に至っていません.この問題に対し,白崎正人 助教(国立天文台・統数研),杉山尚徳 特任助教(国立天文台),高橋龍一 准教授(弘前大学),Francisco-Shu Kitaura 教授 (スペイン ラ・ラグーナ大学)から成る研究チームは,大規模構造の銀河分布の時間を戻すことによって宇宙初期の状態に近づける「再構築法」に着目し,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションによって,その効果を初めて詳細に検証しました.その結果,従来行われてきた方法によるインフレーション理論の検証と同等の検証を,従来の10分の1の数の銀河で実施できることが明らかになりました.これは,実際の大規模構造の観測データをもとにインフレーション理論の検証を行う際,観測時間を10分の1にすることができる「時短テクニック」といえます.再構築法を将来の観測計画によって得られる銀河ビッグデータに応用し,効率的に解析を行うことで,宇宙開闢の謎に迫ることが期待されます.(2021年2月16日 プレスリリース)

宇宙空間でイオンが電子より高温になる理由を解明―プラズマ中の“音波”がイオンを選択的に加熱―

東北大学学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教(大学院理学研究科兼任)を中心とした国際チームは,国立天文台の「アテルイⅡ」をはじめ複数のスーパーコンピュータ用いたシミュレーションによって,太陽風やブラックホール降着円盤を構成する宇宙プラズマ中のイオンが電子よりも高温となるメカニズムの解明に成功しました.宇宙プラズマの乱流中には縦波的ゆらぎと横波的ゆらぎが存在していますが,これまで行われてきた横波的ゆらぎのみを考慮した研究では,イオンが高温となるような理由を必ずしも説明できませんでした.本研究では,世界で初めて縦波的ゆらぎを含む無衝突乱流を計算し,イオンが縦波的ゆらぎのエネルギーを選択的に吸収することで電子より高温になることを突き止めました.この結果は,2019年に公開されたイベント・ホライズン・テレスコープによるブラックホールの影の撮像結果を解析する際にも重要となります.
 本研究の成果は,2020年12月11日に発行された米国の科学雑誌「Physical Review X」に掲載されました.

ガニメデ表面に太陽系最大の衝突クレーターを発見

 神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻の平田直之助教,大槻圭史教授,大島商船高等専門学校の末次竜講師からなる研究グループは,ボイジャー1号・2号とガリレオ探査機の撮影した画像を詳細に再解析し,木星衛星ガニメデに残る非常に古い溝状地形の方向分布を調べました.その結果,溝状の地形がある点を中心に,ほぼ衛星全体にわたって同心円状に分布していることを発見しました.これは,この地形が衛星全体におよぶ巨大な一つのクレーターの一部であることを示しています.さらに,国立天文台が運用する「計算サーバ」を用いたコンピュータ・シミュレーションにより,この巨大クレーターは半径150 kmの小惑星が衝突した痕跡と考えられることを明らかにしました.これは,太陽系で最大規模の衝突の痕跡です.
 ガニメデは,欧州宇宙機関(ESA)が推進し日本も参加する木星氷衛星探査計画(JUICE計画)の探査目標です.この探査により本研究の結果が検証でき,木星の衛星系の形成と進化の解明が進むと期待されます.
 この研究成果は,米国の国際惑星科学誌『イカルス』オンライン版に2020年7月15日に掲載されました.(2020年7月27日 プレスリリース)

巨大ブラックホールの種になる星たち―大規模シミュレーションが描く新しい形成メカニズム

東北大学大学院理学研究科の鄭昇明 研究員と大向一行 教授は、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションにより、銀河中心に存在する巨大ブラックホールの起源に対する新説を提唱しました。従来の説では、水素とヘリウムからなる始原ガスからのブラックホールの種の形成が考えられていました。この説では、宇宙初期に存在する一部の巨大ブラックホールの起源は説明できるものの、銀河中心に位置するような巨大ブラックホールの数を説明することができませんでした。しかし、今回のシミュレーションは、重元素を少量含んだガスからの星形成時でも、小さい星が大きい星へ合体することで、巨大ブラックホールの種となる巨大星の形成も可能であることを示しました。これにより巨大ブラックホールの起源を統一的に説明できる可能性が開けました。本成果は、『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』オンライン版に2020年4月4日に掲載、また2020年5月号に掲載されました。(2020年6月2日 プレスリリース)