スーパーコンピュータで時間を戻して探る宇宙の始まり

【概要】

 国立天文台,統計数理研究所などの研究者から成る研究チームは,スーパーコンピュータを使った大規模シミュレーションによって,宇宙のごく初期の様子を探る新しい解析方法を開発しました.
 宇宙に無数に存在する銀河は,ランダムに分布しているのではなく,群れ集まって泡状の構造を形成しています.「宇宙の大規模構造」と呼ばれるこの構造は,「インフレーション理論」が予言する宇宙初期の密度ゆらぎが起源とされていますが,いまだ多くの謎が残されています.宇宙の大規模構造の銀河の分布を観測し、密度ゆらぎの影響を検証する研究が進められていますが,138億年にわたる銀河同士の重力相互作用の影響を取り除くことが難しく,十分な検証に至っていません.この問題に対し,白崎正人 助教(国立天文台・統計数理研究所),杉山尚徳 特任助教(国立天文台),高橋龍一 准教授(弘前大学),Francisco-Shu Kitaura 教授 (スペイン ラ・ラグーナ大学)から成る研究チームは,大規模構造の銀河分布の時間を戻すことによって宇宙初期の状態に近づける「再構築法」に着目し,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」を用いた数値シミュレーションによって,その効果を初めて詳細に検証しました.その結果,従来行われてきた方法によるインフレーション理論の検証と同等の検証を,従来の約10分の1の数の銀河で実施できることが明らかになりました.これは,実際の大規模構造の観測データをもとにインフレーション理論の検証を行う際,観測時間を約10分の1にすることができる「時短テクニック」といえます.再構築法を将来の観測計画によって得られる銀河ビッグデータに応用し,効率的に解析を行うことで,宇宙開闢の謎に迫ることが期待されます.(2021年2月16日 プレスリリース)



図1:宇宙の大規模構造と再構築法のイメージ図.再構築法は,右前から左奥への移り変わるように,現在の大規模構造の時間をもどし,初期の密度ゆらぎの分布に近づける作用をもつ.(クレジット:統計数理研究所)

【詳細】

 宇宙には,太陽のような恒星が数千億個ほど集まって構成される「銀河」が無数に存在しています.たくさんの銀河が宇宙の中でどのように分布しているのかを見てみると,全くランダムに分布しているわけではなく,群れ集まって泡状の構造を作っていることがわかってきました.この構造は「宇宙の大規模構造」と呼ばれ,典型的な大きさは1億光年程度に及びます.しかしながら,この宇宙の大規模構造がどのようにしてできたのかは,現在も多くの謎が残されています.

 宇宙の大規模構造の起源を説明する有力な仮説に「インフレーション理論(注1)」があります.この理論では,今から138億年前のごく初期の宇宙にはミクロな密度ゆらぎが存在しており,このゆらぎが銀河形成の種となります.この密度ゆらぎがどのような統計的な性質(注2)をもっているかは,138億年前の宇宙でどのような現象が起こっていたのかを知る有力な観測量です.現在までに複数のインフレーション理論が提唱されており,それぞれが予言する密度ゆらぎの性質が異なります.

 インフレーション理論が予言する密度ゆらぎは,その中の密度の高い部分が周囲の物質を重力によって集めていくことで,次第に銀河に成長します.このようにしてできた無数の銀河が,138億年にわたって互いに重力を及ぼしあうことで,現在私たちが観測する宇宙の大規模構造ができあがります.この仮説が正しければ,宇宙の大規模構造に初期の密度ゆらぎの痕跡が残されているはずです.そこで,大型望遠鏡によって膨大な数の銀河を観測し,そのデータ(銀河ビッグデータ)から大規模構造の統計的性質を導き出すことにより,多数のインフレーション理論の中から実際の宇宙と合致するものを選び出そうという試みが行われています.しかし,現在観測できる大規模構造は,宇宙初期の密度ゆらぎとその後の重力相互作用の効果が足し合わされたものです.そのため,観測された大規模構造から初期の密度ゆらぎの性質に関する情報を引き出すためには複雑なデータ解析が必要になり,多くの困難が生じることが先行研究から予想されていました.

 このような問題に対し,統計数理研究所および国立天文台の白崎正人助教らによる研究チームは,大規模構造の重力相互作用の時間を戻して初期の状態に近づける「再構築法(注3)」と呼ばれる方法に着目しました.再構築法は,異なる目的のために1980年代から研究されてきた方法です.もし重力相互作用の影響を完全に取り除くことができれば,時間を戻して得られる銀河の分布は初期宇宙の密度ゆらぎを反映したものになるはずです.しかし,再構築法はあくまでも近似的な方法であるため,その結果得られた銀河の分布にインフレーション理論の検証に使える精度があるかどうか,明らかになっていませんでした.

 研究チームは,まず仮想的な密度ゆらぎをもとに初期の銀河の分布を作り,そこから大規模構造形成の重力多体シミュレーションを行うことで,密度ゆらぎと重力相互作用の両方の効果が含まれた銀河分布を作成しました.その結果に再構築法を施して時間を戻すことで,重力相互作用の効果を軽減した銀河分布を作成しました.これらのシミュレーションには国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が用いられ,約1億体の重力多体計算を実行しました.再構築法で得られた銀河分布と,大規模構造シミュレーションの初期状態の銀河分布を比較したところ,大変良く似た統計的性質が得られることがわかりました.これは再構築法によって,重力相互作用による影響を確かに大きく軽減することができたことを表します.このようなシミュレーションを4000例の様々な初期状態に対して行うことで,初期状態によらず再構築法が重力相互作用の軽減に有効であることが確かめられました.



図2:本研究の解説図.(1)初期の密度揺らぎが進化したと考え,密度ゆらぎの影響を反映した銀河分布を用意し,それを初期状態として重力多体シミュレーションを行う.(2)密度ゆらぎと,重力相互作用の効果を併せ持った,大規模構造のシミュレーションデータができる.(3)(2)でできた大規模構造のデータに再構築法を適用し,時間を戻すことで,初期の密度ゆらぎの影響を反映した銀河分布に近いものを作り出す.(4)初期状態とした銀河分布と,再構築法で得られた銀河分布を比較し,大変良く似た統計的性質が得られることがわかった.(クレジット:白崎正人,国立天文台)

 今回の結果から,実際の銀河サーベイ観測で得られた宇宙の大規模構造に対して再構築法を適用することで,より単純なデータ処理で密度ゆらぎの情報を得られる見通しが立ちました.従来の方法では,密度ゆらぎの情報をもとにインフレーション理論の検証を行うためには膨大な数の銀河を観測する必要がありましたが,データ処理が単純になったことで,約10分の1の数の銀河を観測するだけで同等の検証が行えることが明らかになったのです.つまり,必要な観測時間を従来の約10分の1にすることができるのです.

 本研究の成果は,既存の銀河ビッグデータに適用可能であるだけでなく,国立天文台が運用するすばる望遠鏡に搭載予定の「超広視野多天体分光器(PFS)(注4)」を用いた銀河サーベイ観測データなどにも応用できます.本研究を主導した白崎助教は「この解析手法を応用することで,効率的にインフレーション理論を検証できることが期待されます.私たちはいわば,宇宙の始まりを科学的に検証できる “時短テクニック” を手に入れたのです」と,本研究の意義を述べています.

 この研究成果は,Shirasaki et al. “Constraining primordial non-Gaussianity with postreconstructed galaxy bispectrum in redshift space” として,米国の物理学専門誌『フィジカル・レビュー D』オンライン版に2021年1月4日付で掲載されました.

【注釈】

(注1) インフレーション理論:宇宙のごく初期に,ビッグバンの前に指数関数的に宇宙が膨張した時期があるとする仮説理論.急膨張が終わるときに宇宙は一気に加熱され,ビッグバンを起こすとされている.1981年頃に佐藤勝彦やアラン・グースらによって提案された.このインフレーションの結果,宇宙にミクロな密度ゆらぎが形成されることが予測されている.

(注2) 密度ゆらぎの統計的性質:インフレーション理論で生成される密度ゆらぎの大きさ(サイズ)は,正規分布を持つと考えられている(図参照).しかし,いくつもあるインフレーション理論の中には,密度ゆらぎが正規分布からずれた分布をもつことが予想されている理論もある.そのため,密度ゆらぎの正規分布からのずれを測ることによって,どのインフレーション理論が支持されるのかを限定することができる.

(注3) 再構築法:仮想的に一様な銀河の分布を考えて,どのように銀河を動かせば,観測される分布を再現できるかという問題を考える.この問題の近似解は,旧ソビエト連邦の物理学者ヤーコフ・ゼルドビッチにより発見された.この近似解は,宇宙初期の状態から観測される銀河分布を予言する.再構築法ではこの逆の操作を行うことで,観測された大規模構造から,初期の銀河の分布を推定する.

(注4) 超広視野多天体分光器(PFS):ハワイ島マウナケア山頂にある国立天文台すばる望遠鏡の主焦点に設置する分光装置.焦点面に光ファイバーを設置することで,直径1.3度という大きな視野中の,最大2400天体を一度に分光することができる.PFSを用いた観測計画では,私たちからおよそ50億光年離れた銀河を大量に観測し,宇宙の起源とその成り立ちについての謎を解明しようとしている.
https://pfs.ipmu.jp

【論文について】

題名:Constraining Primordial Non-Gaussianity with Post-reconstructed Galaxy Bispectrum in Redshift Space
掲載誌:Physical Review D
著者:白崎正人(国立天文台/統計数理研究所),杉山尚徳(国立天文台),高橋龍一(弘前大学),Francisco-Shu Kitaura(スペイン ラ・ラグーナ大学)
DOI:10.1103/PhysRevD.103.023506

【本研究で使用されたスーパーコンピュータについて】

研究チームが行った重力多体シミュレーションには,国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイⅡ」が使用されました.アテルイⅡは,2018年6月からアテルイの後継機として国立天文台水沢キャンパスで運用されているシステムで,理論演算性能は 3.087 Pflops をほこります.(クレジット:国立天文台)

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