長周期彗星が作るもう一つの黄道面

彗星(すいせい)のうち公転周期が長い長周期彗星は、あらゆる方向からまんべんなくやって来るのではなく、その軌道の向きは特定の二つの面に集中しているようです。この特徴が解析的手法を用いた研究で予測され、さらに数値計算と彗星カタログからも確認されました。今後の太陽系小天体の観測的研究を大きく飛躍させる可能性のある成果です。



図:欧黄道面(黄色)と空黄道面(青色)を示した概念図。オールトの雲からやって来る長周期彗星の軌道の向きは、黄道面、空黄道面の二つの面に集中していることを示している。また、二つの面は天の川銀河の円盤の面に対して互いに正反対の向きに約60度傾いている。(クレジット:国立天文台)

ハレー彗星のように歴史上何度も回帰が観測された彗星がある一方で、次の回帰が数万年以上先と予測され再び観測できない彗星もあります。後者のような軌道長半径が大きく公転周期が長い彗星は長周期彗星と呼ばれ、太陽系の外縁に存在する球殻状の「オールトの雲」からやって来ると考えられています。オールトの雲に貯蔵されている長周期彗星は、もともとは惑星と同じように、惑星の公転軌道面である黄道面付近で誕生した小天体であり、それが天の川銀河の重力を受けてオールトの雲へと運ばれたものです。これらの小天体は、天の川銀河の重力の影響でその軌道の形を変え、やがて長周期彗星として再び惑星領域に戻ってきます。その際は、軌道の形だけでなく軌道の向き(軌道の長軸の方向)も変化しています。
今回行われた研究では、こういった長周期彗星の軌道の「形の変化」と「向きの変化」に特徴的な関係があることを新たに示しました。そしてこの関係について、天体力学を用いた解析計算を行った結果、オールトの雲からやって来る長周期彗星の軌道の向きが、特定の二つの面に集中していることを発見しました。一つは黄道面であり、もう一つはここでは「空黄道面(くうこうどうめん)」と呼ぶことにします。黄道面も空黄道面も、天の川銀河の円盤の面に対しておよそ60度傾いていますが、その傾きの向きは互いに正反対になっています。
この結果が現実的な天の川銀河からの重力の効果をよく再現していることが、数値計算により示されました。さらに、米国航空宇宙局ジェット推進研究所(NASA/JPL)が作成する彗星のカタログを調査したところ、実際に観測される長周期彗星の軌道の向きは、確かに黄道面と空黄道面付近へ集中していることが裏付けられました。

今回の研究結果をもとに、長周期彗星がやって来る方向が予測できるようになれば、遠い距離にある彗星を早い段階で発見でき、尾やコマが現れる前の状態について理解を深められます。また、彗星探査のための準備も早い時期に開始できるようになるでしょう。現在南米チリに建設中の大型望遠鏡によるサーベイ計画(Legacy Survey of Space and Time、LSST)は、高い精度と広い視野を生かして遠方の彗星を多数発見できるとされており、今回の研究で予測された空黄道面の彗星が鮮明に描き出されることが期待されます。

本研究で行われた計算の一部には、国立天文台が運用する「計算サーバ」が用いられました。

この研究成果は、Arika Higuchi, “Anisotropy of Long-period Comets Explained by Their Formation Process”として、米国の天文学専門誌『アストロノミカル・ジャーナル』のオンライン版に2020年8月26日に掲載されました。

論文について

題名:"Anisotropy of Long-period Comets Explained by Their Formation Process"
掲載誌:The Astronomical Journal
著者:Arika Higuchi
DOI:10.3847/1538-3881/aba94d

本研究で使用されたコンピュータについて

本研究で実施された数値計算には,国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する共同利用計算機の一つである「計算サーバ」が使用されました.このシステムは,各々のモデル計算は小規模ながらも長い計算時間を必要とするシミュレーションや,超大型のスーパーコンピュータで行うシミュレーションの準備段階の計算に用いられています.2020年5月時点のシステム規模は240ノード,1344コアです.(画像クレジット:国立天文台)

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