【概要】
惑星は太陽のような恒星の周りを回る天体です.しかし,鹿児島大学と国立天文台の研究者からなるチームは,この常識を覆す理論を提案しました.まったく新しい「惑星」の種族が銀河中心の巨大ブラックホールの周囲に形成される可能性を世界ではじめて理論的に示したのです.現在,3000以上の恒星のまわりで太陽系外惑星が見つかっており,その形成理論が提唱されています.研究チームはこの理論が正しいならば,銀河の中心に存在している太陽の1000万倍もの質量をもつ巨大ブラックホールの周りにあるマイクロメートルサイズの塵から,地球質量の10倍程度の「惑星」が1万個以上も形成されることを明らかにしました.この「惑星」はブラックホールから約10光年ほど離れたところを周り,その形成には数億年ほどかかるとされます.今回の発見は,まったく新たな研究分野の創設につながり,将来の技術革新によって,この新天体が実際に検出されるのではないかと研究チームは期待しています.
本研究成果は,2019年11月26日のアメリカ天文学会誌 Astrophysical Journal に掲載されます.
(2019年11月25日 プレスリリース)
【詳細】
惑星とは、どのような場所にある天体でしょうか.もっとも身近な惑星である地球は,他の7つの惑星と共に太陽の周りを回っています.1995年には,マイヨールとケローによってペガスス座51番星という恒星に惑星が発見され,太陽以外の恒星の周りにも惑星があることが初めて明らかになりました.この功績によって,二人は2019年のノーベル物理学賞を受賞しました.1995年以降現在までに,3000を超える恒星の周りで惑星が見つかっています,いまや「惑星は恒星の周りにある」というのは天文学のみならず,広く一般に知られていることです*1.
しかし,鹿児島大学の和田桂一教授と塚本裕介助教,国立天文台の小久保英一郎教授からなる研究チームは,銀河中心の巨大ブラックホールの周囲を回る岩石と氷からなる「惑星」という,これまでまったく考えられていなかった新しい天体が存在する可能性を,世界で初めて理論的に提唱しました*2.「惑星は恒星の周りにある」という常識を覆したのです.
惑星が存在する場所は,その形成過程と密接に関わっています.太陽のような恒星が誕生する時,星の周りにはガスと塵でできた原始惑星系円盤が形成されます.惑星はこの円盤の物質を材料に作られると考えられています.太陽系や他の系外惑星系を回る惑星もこのようにして誕生し,現在もその星の周りを回っているのです.
一方,ブラックホールは,光すらも脱出ができないほどの強力な重力を持った天体です.私たちが住むこの天の川銀河をはじめとするほとんどの銀河の中心には,太陽の重さの100万倍から10億倍もの巨大ブラックホールが存在していることが,近年の観測からわかってきました.巨大ブラックホールの一部は周囲から非常に大量のガスを飲み込み,その周りには大量のガスと塵からなる円盤が存在しています(図2).
これまでは,巨大ブラックホールと惑星の誕生の間に接点があるとはまったく考えられていませんでした.しかし,巨大ブラックホールを取り巻く円盤には惑星の素となる塵が太陽の10万個分という莫大な量で存在していることに,研究チームは着目したのです.これは原始惑星系円盤に含まれる塵の10億倍にものぼります.「条件さえ整えば,どんな恒星の周りでも惑星の形成は起こりえます.ある時,われわれは巨大ブラックホールの周りにある塵の円盤で,惑星形成の条件は満たされるだろうか,という大胆な発想転換をしました」と和田氏は語ります.銀河や巨大ブラックホールを専門とする和田氏と,原始惑星系円盤での塵の成長や微惑星形成を専門とする塚本氏と小久保氏という,異なる分野の専門家同士が議論する中でこの着想を得たのです.
まず,一般的な恒星の周りで惑星が作られる過程を見てみましょう.若い星の周りの原始惑星系円盤には,マイクロメートルサイズの塵が含まれています.中心星から遠く温度が低い場所では,岩石の塵が氷をまとった状態で存在しています(図3,左上).このような氷をまとった塵が互いにぶつかると,ふたつの塵がつながります.これが繰り返されると,たくさんの塵の粒がゆるやかにつながり,塵の集合体が成長するにつれて隙間がたくさんある「ふわふわ」な状態になります.これは「ふわふわダスト(高空隙率ダスト)」と呼ばれています.数センチメートル程度のふわふわダスト同士がさらに衝突を繰り返すと,今度は衝突の衝撃や自身の重力によって隙間がつぶれて密度が大きくなり,やがてキロメートルサイズの微惑星へと成長します.このようなふわふわダストの段階を経る惑星形成のメカニズムは,主に日本の研究者の一連の研究によって知られていました.
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「われわれは,このふわふわダスト理論を巨大ブラックホールの周りに適用したらどうなるかという着想で,詳細な理論計算を行いました.すると驚いたことに,巨大ブラックホールから10光年くらいのところに,地球質量の10倍くらいの岩石と氷を主成分とする『惑星』が,1万個程度できることがわかったのです」と小久保氏は語ります.
巨大ブラックホールに流れ込む大量のガスは,ブラックホールの直近では高温になり非常に明るく光りますが,その周りのガスと塵からなる円盤の内部では温度が低く,岩石でできた塵は氷をまとっていると考えられます.そのような塵は,原始惑星系円盤と同様にふわふわな構造をつくりながらメートルサイズまで成長します.その後,互いの衝突と自身の重力によって隙間が潰れます(図4,右上).そのあと重力によって一気に周りの物質を集めて大きくなることで,地球質量の10倍程度の「惑星」へと成長することが,研究チームの計算から導かれたのです(図3,右).
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塚本氏は「ブラックホールの大きさにもよりますが,惑星の成長時間は塵が合体成長をはじめてからおよそ数億年です.この時間は,銀河の年齢の100億年に比べれば短い時間です」と述べています.
現在のところ,これらの新しい種類の「惑星」を発見する有効な観測手段はありません.通常の系外惑星とは異なり,はるか遠くの巨大ブラックホールの周りの小さな天体を検出する技術は今のところ存在しないからです.今回,巨大ブラックホールを回る「惑星」が存在するという理論的可能性が新しくみいだされたことにより,これまで考えられていなかったまったく新しい研究分野が開け,今後多くの研究者によって詳細な研究や,実際に「惑星」を検出する観測手段の研究が進むことが期待されています.
今回の研究成果は,アメリカ天文学会誌「Astrophysical Journal」11月26日号に掲載されます.なお本研究は,2018-2020年度科学研究費補助金 18K18774「挑戦的研究 活動銀河核での惑星形成の可能性を探る」によってサポートされています.
[注釈]
*1現在,太陽のような恒星以外にも,大質量の恒星が寿命を終えて爆発を起こした後に残される「パルサー」と呼ばれる超高密度天体の周りにも惑星が見つかっています.現在このような惑星系は4例報告されています.参考:NASA Exoplanet Catalog
*2 ここでは,ブラックホールの周りに存在する惑星であることを,かぎ括弧つきの「惑星」として表すことにします.一般に考えられている惑星とは異なる新しい種類の天体であり,まだ名前がついていないので,通常の惑星と区別するために,ここではかぎ括弧をつけることにしました.
【論文について】
題名:Planet Formation around Super Massive Black Holes in the Active Galactic Nuclei
掲載誌:Astrophysical Journal
著者:Keiichi Wada, Yusuke Tsukamoto, and Eiichiro Kokubo
DOI:https://doi.org/10.3847/1538-4357/ab4cf0
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